武田信玄と塩と上杉謙信
「んん? この汁物、ちと味が薄いのう」
「お館様。塩留めにございます」
お椀に口をつけた武田信玄が眉をひそめると近くに控えていた家臣が伝えた。
「なに? また塩を切らしたか・・・」
「はい。これでは調理はおろか厄除けもままなりませぬ。いかがいたしましょう?」
「う~む・・・。よし分かった。毘沙門天に頼むとしよう」
武田信玄は膝を叩いて立ち上がった。
◇
武田信玄は上杉信玄がいる城の正門に単身やってきていた。
そして天守閣に向かって大声で尋ねた。
「け~ん~し~ん~! お塩ください~な~!」
「・・・・・・」
なにも反応がない。
「け~ん~し~ん! 聞こえてる~?」
「うるさいよ信玄! 近所迷惑だ!」
天守閣から顔を覗かせた上杉謙信が門前の武田信玄を睨みつけた。
「謙信さあ。また塩くれないか~?」
「また~!? お前これで何度目だよ信玄~。お前のそのシオニズム運動どうにかしろよ」
「いいじゃん謙信。川中島で合戦し合った仲じゃん俺ら」
「だから嫌なんだよ。というかそれが人に塩を頼む態度なわけ? もっと塩らしい態度で頼めよ」
「別に神対応求めてるわけじゃないんだって。塩対応してくれればいいからさ」
「なにに使うんだよ。顔に塩でも塗り込んで塩顔武将にでもなろうとしてるのか?」
「傷口に塗る塩をちょっとね」
「塩責めに使うのかよ。っどうせ、調理に使いたいってのが本音だろうが」
突き放すように言うと信玄が意味ありげな顔を浮かべた。
「謙信さあ。昨日の敵は?」
「今日も敵だろが。自分の汗でも使えよ」
「そんなこと言わずに頼む。かたきを手塩にかけると思ってさ」
「手塩にかけたら俺が危ねえだろ」
「信玄と謙信ってなんか名前似てない?」
「似てねえよ」
「え~。でも信じるの『信』をお互い使ってるじゃ~ん。ということで信じてるぞ謙信」
「名前の、それも一文字だけで図に乗るな」
「謙信さあ。俺の好きな漢字なんだと思う?」
「なんだよいきなり。どうせ『風林火山』のどれか一文字だろ。いや『信』とかでも言って俺を喜ばそうたってそうはいかねえぞ。それとも『塩』とか言うんじゃねえだろうな」
「ふっ。謙信よ。『しょっぱいこと塩のごとし』。俺の好きな漢字一文字は――『餅』だ」
「おい。そこは嫌でも『信』とか『塩』って言うところだろ」
「とにかく頼む。塩をくれたら謙信のこと『しょっぱい野郎』って言いふらしてやるからさ」
「それはいただけねえな信玄よぉ」
「え、まだこっちはなんにもあげてないけど?」
「そうじゃない。俺のことをしょっぱい野郎呼ばわりは許さんぞ」
「もっとさ献身的になってくれてもいいんじゃない?」
「俺の名前とかけたつもりかよ・・・。とにかく頼んでも無駄」
「あっそ。じゃあもう川中島で合戦できなくなるけどいいの?」
信玄が含むような言い方をすると謙信は眉をひそめた。
「なにそれ脅し? こっちは別にいいんだよ。塩に困ってるわけじゃなし」
「ほんとにいいの~?」
「いいんだよ」
「またまた~。そんなこと言ってさ。俺たち友達だろ?」
「いつから友達だ」
その言葉を聞いた途端、武田信玄は真面目な顔つきになった。
「謙信よ。『強敵』と書いてなんと読む?」
「あ? 『きょうてき』だろ」
「ふっ。謙信よ。『強敵』と書いて『とも』と読む」
「信玄。俺はしおうのない友はいらん」
「そんなこと言わないでさ。謙信さあ。最近高血圧ぎみだって聞いたよ。減塩したほうがいいんじゃない? 減塩するならこっちも協力するよ。友として」
「減らした塩の分をお前がもらうってか。こんの減らず口が。いい加減にしないとその口に塩投げつけるぞ信玄」
「いい塩加減で投げつけてくれ謙信。その塩をもらうからさ」
「ほんっといい根性してんな。お前が帰ったら即塩まいてやる」
「そしたらそのまいた塩ももらう」
「今度お前がこないように盛り塩してやる」
「逆に来るよ?」
「来んな! 帰れこのお!」
勢いで上杉謙信は手に掴んだ塩を武田信玄目掛けて叩きつけるようにまいてしまった。
「あっ! し、しくった~! おもわず塩をまいてしまった!」
「かたじけない! 今度お礼に塩餅でも送るからな~!」
「いらねえよ! つうかもっと大事に使えよなあ!」
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