球拾い先輩

野球部の練習中に外野のさらに奥に転がってきたボールを入ったばかりの新入部員が拾うとすると後ろから声がかかった。


「待ちな」


後ろを振り返ると腕を組んで睨みつける部員がいた。


「それは俺が拾おうとしていた球だ。勝手に拾ってんじゃねえよ」


「え?」


「おい。後輩のくせに先輩に拾わせない気か? その手に持ってる球、今すぐ地面に置きな」


「え、あ、す、すんません・・・」


あまりの迫力に思わず手に持っていたボールを地面に置いた。


「ふん」


不機嫌そうに鼻を鳴らしたあと、その部員は地面に置かれたボールを拾った。そして新入部員の顔をジロリと見た。


「お前、新入部員か?」


「は、はい・・・」


「俺は球拾いを1年間やってきたんだ。拾いたきゃ俺に一言断ってから拾いな」 


「で、でも、先輩に拾わせるなんてそんな・・・」


「おい。後輩のくせに俺の球拾いに文句あんのか? お前はまだ球ぁ拾えるタマじゃねんだよ」


「す、すんません・・・」


高圧的な言い方に怖気づくしかなかった。



「先ぱーい! この球拾っていいですかー!?」


「そいつは俺が拾う! 後輩は手ぇ出すな!」


しばらく日が経ち、練習にも慣れてきた新入部員は先輩に尋ねるが拒否されてしまった。


「先輩! そろそろ俺にも拾わせてくださいよ!」


ボールを拾う先輩に不満を漏らすと先輩は新入部員を睨みつけた。


「あ!? 10年早えよ!」


「10年って、卒業しちゃいますよ~」


「いっとくが俺は球拾いの才能があったからこそ、この部に拾われたんだぞ。捨てたもんじゃねえってな。お前はまだ拾いもんにもなんねえな」


「せ、せめて一球くらい、俺にも拾わせてください」


「くらい、だと? 俺は一球入魂して拾ってんだ。お前とは気持ちの拾い方が違えんだよ」

 

「で、でも・・・」


「俺の領域に侵入し球拾おうとする侵入部員なのかお前は?」


「ち、ちが・・・す、すんません・・・」


 また迫力にやられてしまう新入部員であった。



「あ! お前今、俺に隠れて拾ったな!?」


まるで隠れて物を懐にしまいこむように背中で隠しながら拾ったのを先輩が目ざとく見つけ叱りつけた。


「お、俺だって拾いたいんです!」


「馬鹿野郎! 勝手に球拾ってんじゃねえよ! そいつはお前に拾い扱える球じゃねえ!」


「でも俺にだって拾えます! 現にほらっ! 拾えてます!」


そう言って手に拾ったボールを見せつけた。


「今すぐその球から手を離せ!」


「い、イヤです!」


「離せと言ってる!」


「イヤです! 俺にも拾えます!」


「お前は守備練でもバッティング練習でもしてりゃいいんだよ!」


「でも俺は先輩を差し置いて練習なんて出来ません!」


「このっ・・! もう二度と拾うな! お前の球拾いなんざ見たくもねえ!」


「先輩!」 


 先輩部員は怒って背中を向けて行ってしまうのであった。



「ど、どういうことだ!? 俺が拾おうとした球が一つも見あたらねえ!」


さらに月日が流れ、いつもの練習に来た先輩はグラウンドを見て驚きの声を上げた。


「先輩! 球は全部俺が拾っておきました!」


「なっ!? い、いつの間に・・・」


向こうからボールを一杯にしたカゴを持って走ってきた新入部員を見て先輩は驚きの表情を浮かべた。


「先輩。俺も多少拾えるようになりましたよね?」


笑顔の新入部員にあっけに取られていた先輩部員はしばらくしてフッと笑った。


「認めるよ。気づかない間にお前も拾えるようになってたんだな。俺も、お前に全部拾われちまっちゃあそろそろ引退どきかもな・・・」


「そんなこと言わないで下さいよ先輩。ほらあそこに」


悲しげな表情を浮かべる先輩に新入部員はグラウンドの一角を指さした。それを目で追うと先にはひとつだけボールが落ちていた。


「先輩のために1つだけ残しといたんです。拾ってください」


「俺の、ために・・・」


「はい。拾ってください」


「・・・あんがとな」


感動して涙をこらえながら後輩の肩を感謝の意味を込めてポンと叩きそのボールを拾いに行く先輩なのであった。



「先輩、俺、レギュラー入りすることになりました。だからもう球拾いは・・・」


しゃがみこんでグラウンドに散乱しているボールを拾い集める先輩部員の背中にし新入部員が寂しそうに報告していた。


「・・・そうか」


黙って聞いていた先輩はしばらくして一言だけ放った。


「先輩・・・」


先輩は拾い集め終わり立ち上がり肩を落としていた後輩の背中をバンと叩いた。


「なにをくよくよしてる! 堂々としていけ、堂々と! 別に失敗してもいい! お前のエラーした球は、俺が拾ってやる!」


その威勢のいいエールに後輩は最初唖然としていたが、そのうちにひとつうなずいてから決心したような顔つきになった。


「先輩! 俺、頑張ります! だから先輩も球拾い頑張ってください!」


先輩もサムズアップをして応える。


「ああ! もし試合に負けても俺が骨を拾ってやる! だからお前は全力で勝ちを拾いに行け!」


「はい!」

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