お悩みゾンビ

ゾンビで溢れ世界にて――。


河原の土手で汚れ切った制服を着たゾンビが体育座りで夕日を浴びて黄昏ていた。


そこへ同じ制服を着たもう一体のゾンビがやってきて声をかけた。


「お前こんなとこでなに腐ってんだ?」


その声に振り返ったゾンビは驚愕した。


「うわっゾンビ!」


「お前もだろ!」


「あ、そうだった」


「そうだった、じゃねえよ」

 

「ワリ。1年前まで人間やってたから未だに慣れなくて」


「なに言ってんだ。今じゃどこ向いたってゾンビだらけで見慣れた風景だろ。っつうかお前は俺より1週間も早く人間辞めたくせに」


「お恥ずかしい限りで」


「照れくさるなよ・・・。そんで? なんでこんなとこで腐ってたんだ?」 


「いや腐ってるんじゃなくて黄昏てるんだけど」


「人間のときは黄昏てもいいけどよ、俺たちはもうゾンビだぞ。『腐ってる』って言ったほうが合ってんだろ」


「俺としては黄昏たいんだけど・・・」


「そんなことでふて腐れてたのか?」


「いや違うけど」


「じゃあなんだ?」


「ん~・・・」


「どうした? 俺たち腐れ縁だろ? 話してみ」


「ん~・・・。いやあ、ねえ」


腐りかけてる首の後ろをさすりながら言いにくそうにしている。


「人間だったときはいざ知らず、ゾンビのときにも言えないことかよ?」


「ん~・・・」


「おいおい。腐っても人間、じゃねえんだぞ。腐ってもゾンビ、それに腐っても親友なんだぞ?」

 

「それは・・・分かってはいるけど」 


「あのな~。俺がゾンビになったのはお前に噛まれたからなんだぞ? そのお前にふて腐れられたら俺の立場がねえだろ」


「別にふて腐れてるわけじゃない。けどな~・・・」


「もしかしてゾンビとして腐らせるのはもったいないからって人間になりたいとでも思ってるのか?」


「そ、そんなことはっ。というかそれはゾンビになれば誰しも思うことだろう?」


「それもそうか。じゃあそういうことで腐ってるのか?」


「それも違うけど」


「じゃあなんだよ?」


「う~ん・・・・」


煮え切らない様子に思わずため息を吐く。


「はぁ・・・。お前がさ、ゾンビになって迫ってきたとき、俺が手にバット持ってたのお前知ってるか?」


「知ってる知ってる」


「やろうと思えば殴り殺せたけどしなかった。なんでか分かるか?」


「さあ? なんでだ?」

 

「お前が親友だからだよ」


「・・・照れるぜ」


「今思うと、やっといてもよかったな」


「おいおい。俺の照れ返せよな」


「それ言うなら俺の青春返せって話だよ。必死にお前の名前呼んだのに聞く耳持たずで噛んできてよ。おかげさまで見ろよ。体のところどころが腐り果てそうじゃねえか」


「ワリ」


片手を軽く上げるだけの簡単な謝り方だった。


「軽っ。人のことゾンビにしといて謝り方が軽っ」


「ゾンビで知り合いいなくてさ。こんなこと頼めるのお前しかいなかったんだよ」


「嘘つけ。頼みもせず噛み付いてきやがったじゃねえか。どうせ美味そうな野郎だとでも思ったんだろ。いっとくが美味そうって思う気持ちは分かるんだからな。同じ立場になったんだからよ」


「でもよ、噛み付いたのは一口だけだぞ?」


「その割には口いっぱいに俺の腕の肉片頬張ってたけどなぁ。ほらここ見ろ。お前に食い千切られた跡」


「ごっつぁんです」


「手を合わすなよ・・・」


「しっかしゾンビになって分かったけど、ゾンビが腐っていくってのはよく出来てるよなぁ」


「だな。腐らなねえと今頃共食いだからな」


「だよなあ。今こうしてお前見ると超不味そうだもんな。人間だったときのお前の美味そうな感じと言ったらなあ」


「やっぱそういう目で見てたんか」


「ちょっと前までは美味そうな奴がそこかしこ逃げてたけど、今じゃどこ見ても不味そうなゾンビばっかだな」


「仕方ねえだろ。倍々ゲームでソンビが増えてくんだからよ。一番最初のゾンビで食い止められなかった時点でアウトなんだよ」


「人類初っていうのもおかしいけど、一番最初にゾンビになった奴ってどんな奴だったんだろうな?」


「さあな。性根が腐ってた奴じゃねえの」


「どっちにしても、食べ放題だったろうな~。っといけね。涎が」


「涎っつうより汚ねえ汁だな」


ゾンビは再び夕日を眺め、しばらくしてからとつとつと話始めた。


「・・・俺さあ自分が腐り果てる前にもう一度、もう一度だけ美味しいの食べたいんだよねぇ」

 

「もしかしてそんな理由でこんなとこで腐ってたのか?」


「実はそうなんだ」


「お前俺の食ったじゃねえか。カニバリズムでノリノリでなあ。まるでカーニバリ騒ぎでよお」


「だからなんだよ。あの味、一度食ったら忘れられるもんじゃないぞ」


「俺は食いっぱぐれたっつうのによ~。俺にとっちゃ贅沢な悩みだぞ」


「俺にとっちゃ悩ましい悩みなんだよ。味知っちゃったからさ~」


なにか想い出すようにハァ~アと恍惚なため息を吐いた。


「ったく・・・分かったよ。美食家をうならせる俺の腕を食べさせちまった責任もあるし、今から美味いの探しにいくか」


「え、探しに?」

 

「なに驚いてんだよ。お前が食べたいって言ったんだろ?」


「いやまあそうだけどさ。今じゃ人間は絶滅危惧種で全然見当んないぞ?」


「今探しに行かねえとお前が腐り果てたときに後悔することになんだろ? だからいくぞ。出来たら俺も味見してえしな。ほらお前も行くぞ。俺の手掴んで立てよ。いよいしょ。あっ!」


体育座りしているゾンビに手を差し伸べ掛け声とともに立たせた瞬間、腕が体から切れて落ちた。


ゾンビたちはあ然とその腕をしばらく見つめた。


「・・・お前の、腐り落ちるの早いな」


「お、俺の腕が落ちた・・・。つ、つうかなんでお前の腕じゃないんだ? 俺のほうが1週間遅かったのに・・・。もしかして防腐処理でもしたのか?」


「いやしてないけど・・・。あ、そういえばお前のほうが足速かったよな?」


「え、なんだ唐突に? まあ俺のほうが速かったけどよ」


「だからだよ。腐るのも俺より早いわけだ」


「納得いかねえ!」

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