「黄金姫の憂鬱」 第六話

 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第六話


 風光明媚な地方都市である臨海りんかい市にも、当然の如くあまり品の宜しくない繁華街はある。


 所謂いわゆる、夜の街というやつだ。


 午後九時を少し回った頃……


 その場所が最も輝きを増す時間帯に向かいつつある頃合いに、スーツ姿の真面目そうな眼鏡男と、そんな場所にはとても似つかわしくないお嬢様の姿がそこにあった。



 「どうしても来るのか?ええと、雅彌みやびにはあまりお勧めは出来ない……」


 「子供扱いしないで、はがねは時々忘れているようだけれど、私の方が生まれ月は早いのよ」


 艶のある美しく長い黒髪を、今日は三つ編みにして耳の後ろ辺りでまとめてお団子にしたエレガントなアップスタイルの、超が三つ四つ以上並ぶ美女……燐堂りんどう 雅彌みやび


 彼女は魅力的な桜色の唇を不満げに尖らせて、前に立つ俺を押しのけて店のドアに手をかける。


 途端、彼女の髪からふわりと甘い香りが漂い、俺はついその横顔に見蕩みとれ……


 「いやいや……ちょっと待てって」


 ……ている場合ではないと、ドアノブを掴んだ彼女の白い手を包み込むように上から握って制止していた。


 「…………ぁ」


 幼馴染みはピクリと身体からだを反応させる。


 「わかったって、そういう約束だったからな……けど、酒場ここではみやはあくまでも俺の助手だ。俺の後ろに控えて俺の指示以外の事はしない、そういう約束でもあったよな?」


 そして俺はそのまま黒髪の美姫に釘を刺す。


 俺としてはまことに不本意ながら、例の依頼関連で、本日ここで会う予定の人物との情報交換に彼女も立ち会わせる約束を無理矢理にさせられていたのだった。


 その原因は普段俺が仕事で荒事に拘わるとき護衛を頼む友人達、”峰月ほうづき 彩夏あやか”と”阿薙あなぎ 琉生るい”という二人の手練れのどちらもが今回は居ないという状況……


 そこで二人の代わりとばかりに自ら護衛を買って出た雅彌みやびは、散々に抵抗する俺に対して今夜の同行を頑として譲らなかった。


 「……」


 高級イタリア料理店リストランテでの夕食ディナーを済ませた俺達……

 そしてそういう事情から現在は繁華街さかりば密会場所バーの前という訳で……


 正直これは俺の望むところで無い。


 燐堂りんどう 雅彌みやびは確かに竜士族の中でも最強の能力を有する”姫神ひめがみ”だ。


 この国の上級士族の中でも最強を誇る十二の士族家。

 その中でも滅多に現れる事の無い最高の能力を持つ存在……


 ――その対象が男なら”真神まがみ

 ――その対象が女なら”姫神ひめがみ


 彼ら彼女らは、人々に敬意を込めてそう呼ばれていた。


 「解っているわ、今夜はあくまではがね従者サポーターだって……」


 そう言って至近の俺を見上げてくる黄金の瞳と……少し朱を帯びた白い頬。


 「……なら……いい」


 例え彼女が最強だろうと、俺は大切な雅彌みやびを危険な事に関わらせたくない。


 とは言え今更どうしようもない。

 俺はそんな未練がましい想いを心に抱きながらも、頷いてからドアを開けた。


 キィィ……


 扉を開いて直ぐに数段の階段があり、五十センチほど下がった店舗内は――



 表面が鏡のように磨かれた大理石のテーブルが幾つも並び、そのいずれもの上にはワインボトルやグラスがやや薄暗い雰囲気作りされた店内で輝いている。


 高級な大型ソファーに腰掛けて酒を嗜む裕福そうな客達。


 女達は長い付け睫毛をしばたかせ、ねっとりとした視線であからさまにアピールし合い、男達はそういう女達と駆け引きを楽しむ。


 清潔な白いワイシャツに黒いベストとスラックス、胸元には黒いクロスタイを着用したボーイがテキパキと給仕に勤しむが、その所作も居酒屋などとは違い、どこか優雅で余裕があった。


 ――ここはこの界隈を取り仕切る”一世会いっせいかい”が経営する高級バー「SEPIAセピア」だ


 「……」


 それなりの取引をするにはそれなりの場所が必要だ。


 多様な情報交換が出来る裏社会……それでいて秘密が守られる空間。


 ここに出入りする人種は、表社会でもそれなりに地位も権力もある人物が対多数で、勿論そういう人間の利用する場所であるから出される酒も女も高級だが、やたらカビ臭いワインの香りと濃い化粧や香水の刺激臭というのは、俺は少し苦手であった。


 「いらっしゃいませ、穂邑ほむら様……お連れの方なら既に特別個室ビップルームでお待ちになられてますよ」


 店に入るなり声をかけてきたボーイが俺にそう言って頭を下げ、そして……


 「……」


 上品な給仕を装ってはいるが、実際は柄の悪い目つきが消し切れていない未熟な”任侠の者の下っ端チンピラ”はその目を俺の後ろに向けて丸く開いて固まっていた。


 ザワ、ザワ……


 いや、ボーイだけじゃ無い……

 客も他のボーイ達も……


 俺の後ろに視線が釘付けになり、室内の空気が目に見えてざわついていた。



 輝く黒髪と透き通った透明感のある肌と可憐で気品のある桜色の唇。


 澄んだ濡れ羽色の瞳。


 その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……


 神々しいまでに神秘的で印象的な双瞳ひとみの美姫。


 比類無き容姿の……燐堂りんどう 雅彌みやびという存在に。


 「みや……」


 俺はやはり連れてくるんじゃ無かったと再度後悔しながらも、彼女の白い指先を掴んで店の奥へと足早に移動する。


 「ちょっ……はがね……」


 少し戸惑う雅彌みやびだが、俺は構わず奥へと進み、そして仰々しい個室のドアを開けた。


 ――たく……極秘の取引だと場所を選んだのにこれじゃ……なぁ……


 俺はそんな目立つ容姿の幼馴染みの手を引っ張りながら、あらかじめ予約していた特別個室ビップルームに入っていた。


 とは言え、正直なところ迷惑で困ったという感想の一割ほどは……優越感が無いでも無い。


 ――まぁな……俺の雅彌みやびならなぁ……


 とか。


 「……」


 「……ちょっと……はがね……痛い」


 特別個室ビップルームに入るなり、俺は彼女のそんな抗議の視線を受けてその手をサッと放す。


 「いや……その、ごめん」


 「べつに……そんなに怒っては……ないけど」


 「……」


 「……」


 「……ええと……良いかな?穂邑ほむら技術准尉」


 「おおぅっ!?」


 「っ!?」


 つい、二人の世界に浸りそうになっていた俺達は跳び上がる。


 「その……若い二人の邪魔をして悪いが……当方も仕事でね、悪く思わんでくれたまえ……」


 本当に申し訳なさそうにそう言う、異国人がそこに居たのだった。


 「……ハ、ハラルド技術准尉殿……いや、現在いまは少尉になられたんでしたよね、お久しぶりです」


 俺は改めて姿勢を正すと右手を差し出して、先に特別個室ビップルームで待っていたかつての職場の先輩に挨拶する。


 「元気そうでなによりだ、穂邑ほむら技術准尉と……燐堂家の御息女フロイライン・リンドウ


 赤っぽい金髪で碧い目の二十代後半から三十代ほどの年齢の異国人がそれに応じて俺の右手を掴んだ。


 ――ハラルド・ヴィスト技術少尉


 ファンデンベルグ帝国が誇る天才科学者であるヘルベルト・ギレ技術少佐の片腕と称される男であった。


 「旧交を温めたい所だが……どうも研究者というのは時間がなくてね、早速本題に入りたいのだが……」


 俺は頷くと隣にいた雅彌みやびに促して、先に坐したハラルド・ヴィストと向かい合う位置のソファーに共々座った。


 「先ずはドクトーレ・ギレから君宛てに預かってきた資料だ」


 そして男は、お互いの間を隔てる大理石造りの高級テーブル上に、分厚いA4サイズの封筒を置く。


 「……」


 俺はそれを受け取ると、遠慮すること無くその場で封を開け、バサバサと中の書類に目を通しだした。


 「……」


 「……」


 一通り見た頃合いで……


 「結論から言うとだが……”はこ”の解除は難しいと言わざるを得ない」


 ハラルド・ヴィストは、正面で書類とにらめっこしていた俺に声をかける。


 「穂邑ほむら准尉、キミの推測通り、あの”はこ”は確かに我がファンデンベルグ製だが、アレの解錠アンロックはやはり解除鍵キーが無ければ無理だそうだ」


 俺はかつての職場での先輩の声を聞きい頷く。


 「確かに……この資料を見た限りでも、無理に開けようとすると肝心の中の”モノ”が破壊される仕様のようですしね…………あ、それと、ハラルド技術准尉殿、穂邑ほむら准尉はやめてください、俺はもうとうの昔に除隊してるんですから」


 そして手に持っていた書類をテーブルの上に置くと、照れくさいとばかりに頬をかいた。


 「ん?ああ……そうだったな、ついな……」


 そしてハラルド・ヴィストは申し訳ないと、俺の隣に居る雅彌みやびに軽く頭を下げた。


 「いいえ、気にしておりません。…………それより”はこ”って?」


 雅彌みやびは俺のかつての先輩に優雅に微笑んだ後、その美しい濡れ羽色の瞳をこちらに向ける。


 ――どこまで話して良いモノか……


 と、一応思案してみるが、何のことは無い。


 今回の仕事の依頼者があの九宝くほう 戲万ざまである事がバレているこの状況では、今更隠し立てしても仕方が無い。


 俺は改めて覚悟を決め話すことにした。


 「今回の仕事が九宝くほう 戲万ざまからの依頼で、”ある物”探しだと言ったが……正確には探すのは”方法”だ」


 その答えに隣の美姫はスッと美しき瞳を思考で僅かに細めた。


 「九宝くほう 戲万ざまが所持する”はこ”とか言う物を開く鍵を探しているというのね……」


 流石は次期”竜士族”当主、燐堂りんどう 雅彌みやび、理解が早い。


 「ああ、だがその鍵が少しばかり厄介な”生体認証バイオ・メトリック”でなぁ……何処の誰の”証”が施錠ロックに使用されたのかが見当がつかない」


 「”証”?……解除する鍵は士族の”証”だというの?」


 俺の説明に雅彌みやびは驚く。


 ”証”とは士族が持つ能力の根源とも言える存在で、それが顕現する身体からだの部位は種族によって異なるが、あらゆる士族にとって命と比べても等価以上ともいえる誇りそのものである。


 そして今回の解除鍵アンロック・キーに設定されている”証”とは、対象者がくだんの”はこ”に触れた状態で能力発動をする事により呼応して解錠するシステムだ。


 「そうだ……”はこ”を残した人間が既にこの世にいなくて、それに関する申し送りも残って無い、文字通り永遠に開くことの無い”開かずの匣ブラックボックス”だ」


 俺は態と呆れた感じを醸し出しながらそう言う。


 「その亡くなった人物の交友関係とかは…………そうね、当然調べたのでしょうね」


 言いかけて彼女は、俺の目を見て自己完結した。


 「穂邑ほむら准……穂邑ほむら君、キミがくだんの”はこ”が我がファンデンベルグ製と察して”ヘルベルト・ギレ研究所われわれ”に連絡をくれたのは的確だが、そもそもだ。あの”はこ”は二次的手段としてパスコード入力でも対応できるはず……ハッカーでもある君の得意分野では……」


 「62ワード8桁のパスワードは218兆3401億5584万4896パターン、それが3セット、国家レベルのスパコンでも演算時間は数千年から数万年、更に”総当たり攻撃ブルートフォース・アタック”対策として物理破壊の時と同じように内容物が破壊される仕様の可能性もある……お手上げでしょう?」


  ハラルド・ヴィストの問いかけに俺は即答した。


 「なるほど……確かに。かつての研究室でのキミの専門分野なら或いはと、考えてしまってね」


 「…………ハラルドさん」


 俺を高く評価して頂いているのは素直に受け取っておくとしても……


 「俺が担当していた研究開発は”麟石リンセキ”解析と波動によるエネルギー干渉、あとは”

BTーRTー01ベーテー・エルテー・アインス”の自立式戦闘アルゴリズム、制御システムのプログラミングですよ?」


 「そうだ、そうだとも!キミの”麟石リンセキ”による次世代型エネルギーのテーマ。ミクロ世界での波動方程式、量子ビット……つまり量子コンピュータでの演算とあの”麟石リンセキ”に関する論文の発想アプローチ力ならばっ!……」


 ――おいおい……


 ハラルド・ヴィストはもう既に”はこ解錠アンロック”なんかよりもその手段に興味の主題が移っていた。


 ――目的と手段が入れ替わる本末転倒、”研究者フリーク”に在りがちだなぁ……


 俺は心底呆れながら、また、隣でキョトンとなる雅彌みやびの希少な表情を密かに堪能しながらサッと両手を上げて万歳した。


 「お手上げですよ、無理!無理!ドラ○もんですか俺は……」


 ――っ!


 そしてわざと大袈裟に動いた俺の気配に研究者フリークは我に返った様だった。


 「ああ、すまない……つい」


 改めて彼は興奮で少し浮いていた腰をソファーに降ろす。


 「話を戻そう……結論を言うと、申し訳ないがあの”はこ”は製造した我がファンデンベルグでもどうしようも無い、超硬度のHG合金製で、耐熱、耐衝撃も完璧、付け足すなら、不測の事態に対しては機密保持のため自爆機能付きだ。まったく……我が師ながらドクトーレ・ギレ殿は実に厄介な研究品ばかり発明つくられる……」


 ――ファンデンベルグ帝国、技術少佐、ヘルベルト=ギレ博士制作の”機密保存庫シュランク


 ギレ博士が造り出した超超硬度のGH合金は、あらゆる炭素系物質を凌駕する硬度でありタングステン合金の二百五十パーセント、融点は七千五百度以上だ。


 また、同氏考案の士族の”証”を用いたセキュリティ認証システムは、指紋、虹彩、静脈、DNAなど、幾多の抜け道が存在する生体認証バイオ・メトリックと違い、他人受入率や本人拒否率共に0パーセントを実現している完璧なシステムパーフェクト・システムなのだ。


 更には、不当な外部干渉及びパスワード解析を拒む自己破壊機能。


 ――正しく鉄壁の”はこ


 この”技術の無駄遣いが集約したはこ”を解除する偉業を達成するには、まるで”ゴルディアスの鉄鎖”を前にしたの”古の英雄”の如き発想が必要だろう。


 「そこまで大層な”はこ”にはいったい何が……か」


 俺は改めて資料を眺めながら呟いていた。


 ――恐らくあのフィラシス公国の軍人達による襲撃も、それを嗅ぎつけてだろう……な


 「しかし。現在版、”パンドーラの匣ビュクセ・デ・パンドーラ”か……ちょっとだけ興味が湧いてきたなぁ」


 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第六話 END

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