「黄金姫の憂鬱」 第六話
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第六話
風光明媚な地方都市である
午後九時を少し回った頃……
その場所が最も輝きを増す時間帯に向かいつつある頃合いに、スーツ姿の真面目そうな眼鏡男と、そんな場所にはとても似つかわしくないお嬢様の姿がそこにあった。
「どうしても来るのか?ええと、
「子供扱いしないで、
艶のある美しく長い黒髪を、今日は三つ編みにして耳の後ろ辺りでまとめてお団子にしたエレガントなアップスタイルの、超が三つ四つ以上並ぶ美女……
彼女は魅力的な桜色の唇を不満げに尖らせて、前に立つ俺を押しのけて店のドアに手をかける。
途端、彼女の髪からふわりと甘い香りが漂い、俺はついその横顔に
「いやいや……ちょっと待てって」
……ている場合ではないと、ドアノブを掴んだ彼女の白い手を包み込むように上から握って制止していた。
「…………ぁ」
幼馴染みはピクリと
「わかったって、そういう約束だったからな……けど、
そして俺はそのまま黒髪の美姫に釘を刺す。
俺としてはまことに不本意ながら、例の依頼関連で、本日ここで会う予定の人物との情報交換に彼女も立ち会わせる約束を無理矢理にさせられていたのだった。
その原因は普段俺が仕事で荒事に拘わるとき護衛を頼む友人達、”
そこで二人の代わりとばかりに自ら護衛を買って出た
「……」
高級
そしてそういう事情から現在は
正直これは俺の望むところで無い。
この国の上級士族の中でも最強を誇る十二の士族家。
その中でも滅多に現れる事の無い最高の能力を持つ存在……
――その対象が男なら”
――その対象が女なら”
彼ら彼女らは、人々に敬意を込めてそう呼ばれていた。
「解っているわ、今夜はあくまで
そう言って至近の俺を見上げてくる黄金の瞳と……少し朱を帯びた白い頬。
「……なら……いい」
例え彼女が最強だろうと、俺は大切な
とは言え今更どうしようもない。
俺はそんな未練がましい想いを心に抱きながらも、頷いてからドアを開けた。
キィィ……
扉を開いて直ぐに数段の階段があり、五十センチほど下がった店舗内は――
表面が鏡のように磨かれた大理石のテーブルが幾つも並び、その
高級な大型ソファーに腰掛けて酒を嗜む裕福そうな客達。
女達は長い付け睫毛をしばたかせ、ねっとりとした視線であからさまにアピールし合い、男達はそういう女達と駆け引きを楽しむ。
清潔な白いワイシャツに黒いベストとスラックス、胸元には黒いクロスタイを着用したボーイがテキパキと給仕に勤しむが、その所作も居酒屋などとは違い、どこか優雅で余裕があった。
――ここはこの界隈を取り仕切る”
「……」
それなりの取引をするにはそれなりの場所が必要だ。
多様な情報交換が出来る裏社会……それでいて秘密が守られる空間。
ここに出入りする人種は、表社会でもそれなりに地位も権力もある人物が対多数で、勿論そういう人間の利用する場所であるから出される酒も女も高級だが、やたらカビ臭いワインの香りと濃い化粧や香水の刺激臭というのは、俺は少し苦手であった。
「いらっしゃいませ、
店に入るなり声をかけてきたボーイが俺にそう言って頭を下げ、そして……
「……」
上品な給仕を装ってはいるが、実際は柄の悪い目つきが消し切れていない未熟な”
ザワ、ザワ……
いや、ボーイだけじゃ無い……
客も他のボーイ達も……
俺の後ろに視線が釘付けになり、室内の空気が目に見えてざわついていた。
輝く黒髪と透き通った透明感のある肌と可憐で気品のある桜色の唇。
澄んだ濡れ羽色の瞳。
その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……
神々しいまでに神秘的で印象的な
比類無き容姿の……
「
俺はやはり連れてくるんじゃ無かったと再度後悔しながらも、彼女の白い指先を掴んで店の奥へと足早に移動する。
「ちょっ……
少し戸惑う
――たく……極秘の取引だと場所を選んだのにこれじゃ……なぁ……
俺はそんな目立つ容姿の幼馴染みの手を引っ張りながら、
とは言え、正直なところ迷惑で困ったという感想の一割ほどは……優越感が無いでも無い。
――まぁな……俺の
とか。
「……」
「……ちょっと……
「いや……その、ごめん」
「べつに……そんなに怒っては……ないけど」
「……」
「……」
「……ええと……良いかな?
「おおぅっ!?」
「っ!?」
つい、二人の世界に浸りそうになっていた俺達は跳び上がる。
「その……若い二人の邪魔をして悪いが……当方も仕事でね、悪く思わんでくれたまえ……」
本当に申し訳なさそうにそう言う、異国人がそこに居たのだった。
「……ハ、ハラルド技術准尉殿……いや、
俺は改めて姿勢を正すと右手を差し出して、先に
「元気そうでなによりだ、
赤っぽい金髪で碧い目の二十代後半から三十代ほどの年齢の異国人がそれに応じて俺の右手を掴んだ。
――ハラルド・ヴィスト技術少尉
ファンデンベルグ帝国が誇る天才科学者であるヘルベルト・ギレ技術少佐の片腕と称される男であった。
「旧交を温めたい所だが……どうも研究者というのは時間がなくてね、早速本題に入りたいのだが……」
俺は頷くと隣にいた
「先ずはドクトーレ・ギレから君宛てに預かってきた資料だ」
そして男は、お互いの間を隔てる大理石造りの高級テーブル上に、分厚いA4サイズの封筒を置く。
「……」
俺はそれを受け取ると、遠慮すること無くその場で封を開け、バサバサと中の書類に目を通しだした。
「……」
「……」
一通り見た頃合いで……
「結論から言うとだが……”
ハラルド・ヴィストは、正面で書類とにらめっこしていた俺に声をかける。
「
俺は
「確かに……この資料を見た限りでも、無理に開けようとすると肝心の中の”モノ”が破壊される仕様のようですしね…………あ、それと、ハラルド技術准尉殿、
そして手に持っていた書類をテーブルの上に置くと、照れくさいとばかりに頬をかいた。
「ん?ああ……そうだったな、ついな……」
そしてハラルド・ヴィストは申し訳ないと、俺の隣に居る
「いいえ、気にしておりません。…………それより”
――どこまで話して良いモノか……
と、一応思案してみるが、何のことは無い。
今回の仕事の依頼者があの
俺は改めて覚悟を決め話すことにした。
「今回の仕事が
その答えに隣の美姫はスッと美しき瞳を思考で僅かに細めた。
「
流石は次期”竜士族”当主、
「ああ、だがその鍵が少しばかり厄介な”
「”証”?……解除する鍵は士族の”証”だというの?」
俺の説明に
”証”とは士族が持つ能力の根源とも言える存在で、それが顕現する
そして今回の
「そうだ……”
俺は態と呆れた感じを醸し出しながらそう言う。
「その亡くなった人物の交友関係とかは…………そうね、当然調べたのでしょうね」
言いかけて彼女は、俺の目を見て自己完結した。
「
「62ワード8桁のパスワードは218兆3401億5584万4896パターン、それが3セット、国家レベルのスパコンでも演算時間は数千年から数万年、更に”
ハラルド・ヴィストの問いかけに俺は即答した。
「なるほど……確かに。
「…………ハラルドさん」
俺を高く評価して頂いているのは素直に受け取っておくとしても……
「俺が担当していた研究開発は”
「そうだ、そうだとも!キミの”
――おいおい……
ハラルド・ヴィストはもう既に”
――目的と手段が入れ替わる本末転倒、”
俺は心底呆れながら、また、隣でキョトンとなる
「お手上げですよ、無理!無理!ドラ○もんですか俺は……」
――っ!
そして
「ああ、すまない……つい」
改めて彼は興奮で少し浮いていた腰をソファーに降ろす。
「話を戻そう……結論を言うと、申し訳ないがあの”
――ファンデンベルグ帝国、技術少佐、ヘルベルト=ギレ博士制作の”
ギレ博士が造り出した超超硬度のGH合金は、あらゆる炭素系物質を凌駕する硬度でありタングステン合金の二百五十パーセント、融点は七千五百度以上だ。
また、同氏考案の士族の”証”を用いたセキュリティ認証システムは、指紋、虹彩、静脈、DNAなど、幾多の抜け道が存在する
更には、不当な外部干渉及びパスワード解析を拒む自己破壊機能。
――正しく鉄壁の”
この”技術の無駄遣いが集約した
「そこまで大層な”
俺は改めて資料を眺めながら呟いていた。
――恐らくあのフィラシス公国の軍人達による襲撃も、それを嗅ぎつけてだろう……な
「しかし。現在版、”
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第六話 END
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