「黄金姫の憂鬱」 第五話
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第五話
「で、どうなんだよ?進捗具合ってぇやつは……」
大胆なボタニカル柄な開襟シャツの前を胸元まで開け、黒いスラックスを無造作に
そんな見るからに行儀の悪い男は片手で耳をほじりながら問いかける。
「どんなって?順調だよ、ザマっち推薦の
そして同室の入り口付近、秘書用のデスクで何やら書類に目を通していた女が緊張感の無い間延びした声で応える。
「
柄の悪い男に続けて答える秘書の女は……
この国を牛耳る十二の上級士族、”十二士族”。
その上級士族達の一族を纏め上げる絶対的支配者の下で働く彼女の身分は政府の職員であり、国家元首の秘書官だ。
つまり彼女は……この国の王たる”
「テメェこら!だーれが、そんな余計な事しろって命令したよ!あの
「でもひとつに纏めた方が効率良いよね?」
細身というか
そして、その柄の悪い男、
「でも”個人的”ねぇ?……ふふふ、ザマっちが”
「気持ち悪りぃ顔してんじゃねぇっ!」
そしてなにやらニヤニヤする女の表情に
「これは申し訳ありません、
彼女は主君たる
――ニコリ
何故なら恭しく頭を下げた女の口元は先程までと変わらず上機嫌に微笑んでいるからだ。
「……チッ」
そしてそんなことはお見通しの柄の悪い主は、蹴っ飛ばしてヒビの入った大理石製のテーブルに再び足を乗せ、思いっきり背もたれに仰け反りながらボソリと呟く。
「ふん……
何かを思い出すように視線を天井に向ける。
――
絶対的支配者たるその男は、情け無用な恐ろしい噂の数々と実際に信じられないほどの凄まじい能力を持ったこの国一の実力者。
そして百年以上生きて
「……」
「うふふ、ザマっちは
「はぁぁ!?ざっけんなよ、この
机に両足を乗せた行儀の悪い男は、ギロリと
「最凶、最悪、最強の
しかし
人民が……いや、驚異的な身体能力と特殊能力を保有する上級士族でさえ震え上がる
「…………ちっ、勝手に馬鹿面で笑ってろ、テメェみたいな変わり者は”
「…………」
そして、そんな男を見る
「
先程までとは明らかに調子が変わる女の声色。
「……はっ!随分とお優しいじゃねぇか、”姉殺し”の
「……」
目の前の尊大な男をまるで慰めるかのような優しい口調の
「いいかぁ?テメェの姉貴は弱いから死んだ、それだけだ。俺はそんな当たり前の事なんざ気にもかけてねぇよ、はっ!バッカじゃねぇのか?ひゃははっ!」
そしてさも下らないとばかりに、薄っぺらく笑い飛ばしてからゆっくりと席を立つ。
そんな男に対して
「くだらねぇ話はやめだ……とりあえず、そのフィラシスのガキ共の所へ案内しろ」
そしてそう命令する主に素直に従う
「だよね……うん、けどザマっち……は誤解されやすいからねぇ……あはは」
彼女には珍しく寂しそうな
――
―
年の瀬も近い平日夕暮れ時にさしかかる臨海市の町並み――
俺はベンチに腰掛けて、心なしか忙しそうに行き交う人々を眺めていた。
――この時期ってほんと毎年毎年こんな感じで代わり映えしないなぁ……
逆に言えば、仕事帰りにはやや早い時間帯の街で、コートにフォーマルスーツ姿でぼぉっと時を過ごす俺は、忙しなく通り過ぎていく人々から見れば少しばかり異質だろう。
勤め人で無い俺は時間に融通が利く。
――とはいえ……俺も半分仕事中みたいなものなんだが……
高校を出て俺は進学も就職もしなかった。
”とある理由”で独り暮らしの生活費以外に多額のというか巨額の資金を必要とした俺は学生時代から副業で稼いで来た。
俺の仕事はトレーダー、いわゆる証券投資から、
とどのつまり、比較的に大金が稼げるような仕事全般を取り扱う個人事務所……
そして二年前の……あの一件。
幼馴染みの
まぁ確かに金は無いより有る方が良いに決まっているが、俺の稼ぐ額は月に億単位……
いや、場合によってはもっとだ。
何故に未だそんな大金が必要なのか……
それは……
「ふぅ……」
俺は溜息をひとつ
――画面には設計図のファイルが展開され、そこに描かれた代物は……
重量感のある、首無しの人型を模したような機械。
試作品の機体名は”
そう……あの悪夢の如き”鋼の魔神”……通称”
俺はその画面を見てからチラリとそれを映し出すスマホを持った右手の手首に視線を移動させる。
ジャケットの裾から覗く手首には金属製の黒い時計……に見えるなにかの機械。
俺はそれを見てからもう一度溜息を
――どっちも使わずに越したことは無いと思っていたが……
とは言っても俺は既に片一方は使用してしまった。
仕方の無い状況だったといえども……既に……
――”
「ちっ、あの”
「お待たせ、
――っ!?
そんな事を考えていた俺に、背後から聞き覚えのある、鈴の音の様な澄んだ可愛らしい声がかけられた。
「おっ!?おっ?……み、”
俺は後方へと振り向くと、慌てて手首を袖で隠し、スマートフォンを裏返して画面を彼女から見えなくする。
「ごめんなさい、出がけに本邸から報告が入ってしまって……待った?」
いつの間にか俺の背後に立った女性はそう言って微笑む。
――うぅ……
そして俺はその声の主を、本日の待ち人を座った状態で見上げて……
艶のある美しく長い黒髪を、今日は三つ編みにして耳の後ろ辺りでまとめてお団子にしたエレガントなアップスタイル。
襟元をファーで装った、ダブルの膝丈Aラインコート。
フォーマルドレスを包むホワイトベージュのコートを纏った彼女は、
「べ、別にそんなには待ってないって……」
暫し
「良かった、今日は寒いから……」
俺の答えに安堵した美女は、慌てて駆けつけたのだろう……
透き通った透明感のある肌を少し高揚させ、可憐で気品のある桜色の唇が通常より早めに息を刻んでいる。
――ほんと……
――どれだけ一緒に居ても……
「可愛いなぁ……」
「えっ?」
思わず零れた俺の不意打ちの感想に、彼女はボッと頬を染める。
比類無き容姿の彼女。
――澄んだ濡れ羽色の瞳
その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき……
神々しいまでに神秘的で印象的な
彼女こそ、この国を支配する十二の上級士族の
「あっ!いや……つい……はは」
「…………ばか」
まるで”いかがわしい”サイトを隠れ見ていたのを彼女に発見されて慌てふためく男のような動作をついしてしまった俺は無防備に感想を述べ、彼女を困らせていた。
「そ、それより行くか?もう予約の時間まであまりないしな」
俺は誤魔化すようにそう言うと今日の目的地に彼女を誘う。
「そうね……」
しっかりドレスアップした眩しい
久しぶりに外で待ち合わせした俺と
「ホントに行くのか?正直、
俺は歩きつつ、直ぐ後ろにいる彼女に話しかけるが――
「今日は
直ぐに返ってくるそういう言葉に渋い表情を浮かべていた。
そう……俺はあの時、
高級
「……」
暫し俺は無言で歩いていた。
正直……これは俺の望むところで無い。
俺の仕事……それもこう言う危険な匂いのするモノに
二年前のあの事件、いや……それ以前の事でもあるが、あの男の関わる事案に”
けど……
――”今回は
その彼女の一言に渋々頷いた俺に彼女は今夜の同行を頑として譲らなかった。
俺はその時心底後悔したんだ。
職業柄、普段から危ない取引が少なくない俺は、友人である
”物探し”であった事もその原因のひとつだが、それ以外にも二人がどちらともが現在この国に居ないという事も理由である。
――
渋い顔のまま歩き続ける俺の腕に、そっと柔らかいものが差し込まれた。
――っ!?
「み、
その正体は、ブスッたれて歩く俺の左腕にそっと華奢な腕を絡ませる幼馴染みの腕……
「……本題といってもね……
「その前の
美しい濡れ羽色の瞳を上目遣いに告げる
「そうだ……な」
と、答えになっていない言葉を返すのが精一杯。
冬の街を忙しなく行き交う人々同様に足早に歩いていた俺の足は少し前までとは違い、
――ほんの少しだけ”ゆっくり”と……
二人は
”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第五話 END
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