「黄金姫の憂鬱」 第七話

 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第七話


 キキッ!


 そろそろ日付も変わりそうな深夜――


 臨海りんかい市の港区域にあるリゾート施設”マリンパレス”に隣接した高級リゾートマンション前にハイヤーが停まった。


 バタンッ!


 先に降りた俺は彼女の白い指先を取って降車をエスコートし、先にマンション内のエントランスへと送り出す。


 ――


 そして、独り外に残った俺は車に向かい運転席の窓をコンコンと軽くノックする。


 「……ご苦労様」


 俺は開いた窓越しに料金の入った封筒を手渡し、そして少し顔を寄せてから続ける。


 「政府の人達だろ?店を出てからずっと護衛ご苦労さん、後続の車の人達にも……」


 ――ガッ!


 「……って、おおっ!?」


 突然、封筒を手渡す俺の手首を握った運転手は、そのまま寄せていた俺の顔を更に手元に、車内に半ば引っ張り込むように引いていた。


 「はぁーーい、毎度ありがとうございますぅ!……って多っ!!」


 強引に俺を引き寄せた相手は、そのまま俺の手に有った封筒をパッと自身の逆の手で取り、そして直ぐさま中身を覗き見ていた。


 「…………おい」


 運転手の帽子を深く被った相手は……若い女だった。


 「うわぁぁ、さすが成金……青年実業家アントレプレナー穂邑ほむら はがねくん!太っ腹だねぇ」


 「……」


 ――見覚えのある女だ


 サッパリとした雰囲気の若い女……


 「このハイヤーと後続、数台がはがねくん達を護衛するために用意された政府機関のモノだってよく気づいたね、お利口だわ」


 そう言ってウインクすると女は封筒を自分の胸ポケットに仕舞う。


 「……」


 俺はそんな女をジッと見ていた。


 「それじゃ、良い夢見てねグッナイッ!」


 「……おい」


 「はい?」


 ――安瀬日あしび 緋音あかね


 今回の仕事を依頼してきた、この国の支配者である九宝くほう 戲万ざまの秘書官だ。


 「だから、なに”しれっと”去ろうとしてんだよ、お前……俺を監視してたのか?」


 文句が在り在りの俺の視線を受け、女の瞳がパチクリと瞬く。


 「えっと、気づいてたんじゃ?」


 「ハイヤーが到着した時から”なんとなく”政府の人間か?とは思っていたが……よりにも寄って”安瀬日 緋音おまえ”とは思ってない」


 「ありゃりゃ、そうなんだ?あはは…………じゃ!」


 グイッ


 「うひゃっ!?」


 「お前、”まさか”とは思うが……」


 俺はシフトをドライブに入れようとする怪しい運転手の手を引いて牽制する。


 「…………」


 安瀬日あしび 緋音あかねの瞳は柄にも無く緊張気味に俺を見上げていた。


 ――まさか……な……幾ら何でも考えすぎか……


 俺は一瞬、もの凄く不吉な考えが頭をよぎったが、直ぐにその想像を否定する。


 ――全く……俺の疑り深さにも程があるな


 職業柄か、俺はどうも要らぬ心配事を抱え込むクセがある。


 それは保身には有効だが、それも場合によりけりだ。


 「…………」


 「…………あの?はがねくん?」


 思考に少し時間をかけ過ぎた俺の顔を不思議そうに見る女。


 「ああ、つまりだ。”まさか”お前……その金を独りで”がめる”気じゃ無いよな?」


 「…………」


 安瀬日あしび 緋音あかねはパチクリと瞳を瞬かせる。


 「あと、さっき俺の事、何気に”成金”と言いかけ……」


 「ぐ……良い夢見てねグッナイッィィーー!!」


 ブロロロロォォーー


 「…………」


 安瀬日あしび 緋音あかねは去って行った。


 強引に俺の手を振りほどき、封筒に入った三十万ばかしの現金を胸に仕舞って。


 そして、今度こそ独りマンション前に残された俺は……


 「ふぅ……」


 溜息を一つ。


 非常に下らないやり取りで雅彌みやびを待たせてしまったと後悔しながらマンションの入口へと向かったのだった。


 ピッ!……ウィーーン


 セキュリティを解除して――


 一流ホテルと見まがうラグジュアリー感漂うリゾートマンションのエントランスに入る。


 「……わるいな、みや。待たせて」


 入って直ぐ、待合用のソファーに腰掛けていた艶のある美しく長い黒髪の美女に声をかける。


 ――


 こうして見るとやっぱり目立つ別格の容姿。


 最近は”士族”の能力を使って人払いをしない雅彌みやびにとって、時間が時間で誰も居ないのは幸いだろう。


 「はがね……遅かったのね、なにかあった?」


 可憐で気品のある桜色の唇が俺に問いかける。


 「いや、ちょっとな……お役人も結構暇なんだなぁって」


 ――いや、これは真面目に働く公務員諸君には失礼か?


 あくまで暇なのは、あの……


 いや、暇じゃ無くても巫山戯たことに労力を厭わないタイプだ。あの女は。


 「?」


 俺は不思議そうな顔をする雅彌みやびに”なんでもない”と苦笑いしてから、彼女と一緒に最上階にある俺達の家に帰ったのだった。


 ――

 ―


 「私ね……納得はしてないのよ」


 帰宅して――


 コート類をハンガーに掛け、荷物を置いて……


 着替えようと個々の部屋へと向かう足は彼女の言葉で止まった。


 「……えと、雅彌みやび?」


 俺はジャケットを手に、ネクタイを拳一つほど緩めた状態で振り返る。


 「勿論、今回の件よ。危険な仕事はもうしないって約束だったわ」


 「……う」


 俺は不意を突かれて言葉が出ない。


 「ハラルド・ヴィストさんだったかしら、はがねの先輩だった……あの人の言い方なら九宝くほう 戲万ざまが所持する”はこ”ってかなり危険な物でなくて?」


 「…………」


 「だとしたらその鍵を探すはがねにもそれ相応の危険が……」


 「いや、みや……”今回”は危険な事はするつもりは無い。危なそうなら俺は手を引くから……」


 「…………」


 今度は雅彌みやびが無言にて濡れ羽色の瞳で俺を見詰める。


 「はがね……わかってくれていると思うけど、心配なのよ。あなたは私の事となると無茶ばかりするから」


 ――”燐堂 雅彌わたし”のこと


 雅彌みやびは薄々と気づいているのかもしれない。


 あの安瀬日あしび 緋音あかねが俺に”はこ”の鍵探しを依頼した時、放置すると日本の”十二士族”全体の禍根になるやもしれない……つまり燐堂りんどう 雅彌みやびにも害が及ぶ可能性があると脅した事に。


 「ええと……わかってる、俺だってみやとのこの生活が何より大切だ、それを壊すような事は絶対に……っ!?」


 ――トスッ


 俺が応えを返す前に……


 彼女は俺に一歩飛び込み、そして俺の胸の中に収まる。


 「やっと手に入れたの……」


 彼女の髪からふわりと甘い香りが漂い、柔らかくて優しい暖かさが俺の胸から伝わってきた。


 「ああ……そうだな」


 俺も彼女を抱きしめて応える。


 ――そうだ、俺はコレだけは絶対に譲る気はない!


 そして彼女は……


 「…………」


 俺を見上げる濡れ羽色の瞳を、長いまつげに半ばまでそっと遮らせて――


 可憐で気品のある桜色の唇が健気に待っていた。


 「雅彌みやび……」


 俺はそっと彼女の白い顎に右手を添えて軽く上を向かせ、俺自身も顔にやや角度を付けて雅彌みやびの可愛らしい唇に……


 ピピピ!ピピピ!


 「…………」


 ピピピ!


 触れる前に邪魔は入った。


 「くっ……」


 久しぶりの雅彌みやびとの接吻キス


 あの”最初の接吻ファーストキス”から、まだ数度しか交わしていないそれを……


 ピピピ!


 俺の右手首に密かに装備した金属製の黒い時計……に見えるなにかの機械。

 そこからその無粋な電子音は発せられていた。


 ――侵入者だ


 職業柄……というか、二年前の一件以来、俺は雅彌みやびを護るために普段から”あらゆる手”を尽くしている。


 ピピピ!


 その一つがマンション周りに密かに設置したセンサー類。


 武装した人間がマンションの周囲五メートル以内に近づくと反応する対人、対武装センサーだ!(勿論、設置は無断である)


 「雅彌みやび……その……」


 「……………………………………………………なに?」


 ――うう……


 俺を見上げる彼女の瞳が超怖い。


 当然、彼女には何も説明していない。


 この無粋な電子音を発する右手首に着けた金属製の黒い時計も、その意味も……


 だが、燐堂りんどう 雅彌みやびは持ち前の鋭さで、ある程度状況を察した様子だった。


 ――さすが、この国の支配階級”十二支族”最強の”竜士族”当主代理様……


 「え……と、ちょっと野暮用が……」


 「………………………………………………はい?」


 ――うっ!……わぁぁぁぁ!!


 ――滅茶苦茶怖い!てか、薄い笑みが余計に怖いっ!


 だが、俺は勇気を振り絞り、恐る恐る続ける。


 「た、大したことは無いと思うんだが……ちょっとばかり外でアレだ……ええと、厄介ごと?」


 「…………ふふ」


 俺のしどろもどろな解答に、竜士族のお嬢様は今度はニッコリと微笑んだ。


 ――おおっ!!超可愛いっ!(←バカ)


 「いいわ、だったら私が出向いてお帰り頂くから」


 「うっ!?いや……それは、燐堂りんどう 雅彌みやびが直々に対応するほどの……」


 「大丈夫よ、ちゃんと丁寧に説明して、”二度と来ない”ように蹴散らし……お帰り頂くから」


 ――うわぁぁぁぁ!!


 ――駄目だ……死人が出る!


 ――いや、多分”臨海りんかい市”の半分は焦土だ!!


 俺は即座に首を左右にブルンブルンと振っていた。


 「雅彌みやび、駄目だ!頼むからここは俺に……」


 「ついさっき、危険は無いって言っていたのはどの口…………うっ!?むぅぅ!!」


 ――ええい!ままよっ!!


 俺は強引に雅彌みやびの唇を奪って黙らせていた!


 「うっ!ちょ……はが……うっ!……むぅぅ!………ぁ……う…………」


 構わず彼女の唇を塞ぎ続け、そして……


 「…………みや、わるい。後でちゃんと説明するから」


 散々に彼女を堪能した後でそっと唇を解放した。


 「……………………………………ずるい」


 朱に染めた頬で、拗ねたようにそう呟く彼女に俺は既に背を向けて玄関に向かう。


 ――くそっ!くそっ!


 久しぶりの雅彌みやびとの接吻キスをこんな騒々しいものにしやがって!!


 ――柔らかくて、甘くて、美味しかったけど


 絶対にケチョンケチョンにしてやる!謎の乱入者めっ!!


 ――滅茶苦茶良かったけど


 「おおおおおっ!!」


 近所迷惑も何するものぞっ!


 穂邑 鋼オレは行動とは似つかわしくないだらしない口元で、謎の雄叫をあげながら外へと向かったのだった。


 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第七話 END 

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