「黄金姫の憂鬱」 第二話

 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第二話


 安瀬日あしび 緋音あかね……二十四歳、大学を卒業後に政府機関に就職。


 「……」


 俺はスマートフォンに保存してある資料に目を通し、溜息をつく。


 安瀬日あしび 緋音あかねは今回の依頼人である十二士族の頂点、この国の支配者である九宝くほう 戲万ざまの代理人で、戲万ざまの妻であった故人、安瀬日あしび 磨純ますみの実妹だ。


 そして安瀬日あしび家も”十二士族”の一家、尖士せんし族の当主家だ。


 尖士せんし族。つまり一角獣の一族とも、安瀬日あしび 磨純ますみ緋音あかねの両人とも、俺は別に関わり合いは無いが、俺の人生に大きく関わって来やがった大迷惑な馬鹿、九宝くほう 戲万ざまには大いに関係がある。


 九宝くほう 戲万ざま……この国を牛耳る”十二士族”の元締め、絶対的支配者、諸悪の根源……あとはええと……いけ好かない馬鹿だ。


 その馬鹿が何年も前に、自身の”九宝くほう”を除く各”十一士族家”に出した勅使は、各家の血を最も色濃く引く未婚の女性の召し上げであった。


 簡潔に解釈すれば、当主筋の子女を自らの后とするので差し出すようにという事である。


 条件は当時十歳から二十五歳までの女子で、その当時二十歳未満の者は戲万ざま本人が召し上げる時期を決定するという事だった。


 この忌忌しい命令に、俺の雅彌みやびも含まれていた訳で、だから俺は奴と関わる嵌めになったわけだが……まぁ、それは別のお話、今となっては済んだ事だ。


 「……」


 臨海りんかい市にあるアーケード街、”吊り屋通り”には多種多様な多くの個人店が並び、行き交う人々で賑わって……いた……


 数十年前は……


 現在は閑古鳥の鳴く絵に描いた寂れた商店街だが、それでも休日にはそれなりに人通りがある。


 つまり人目はあると言うことだ。


 「安瀬日あしび 緋音あかねだな?申し訳ないがご同行頂きたい」


 声の人物はかなりの長身、そして金色の長い後髪を後ろで束ねた碧眼の端正な容姿マスクの外国人だった。


 ――いや、外人にしても随分とデカいな……


 「初めましてご婦人マドモアゼル緋音あかね。私はジャンジャック・ド・クーベルタン、フィラシス公国所属の天翼騎士団エイルダンジェ、その七つ騎士セット・ランスが”一つ槍”と名乗れば貴女にはお解りだろう?」


 道ばたに乱雑に設置された”大人の遊戯施設”の看板裏に身を潜めた俺は、くだんの人物が勝手に自己紹介を始める様子を覗き見していた。


 「……こんな所でナンパなんて、趣味が悪いわね……外人さん?」


 相手の素性を聞き終えたサッパリとした雰囲気の若い女は少し考えた後そう返す。


 ――おいおい……状況解ってんのかよ……


 女の周りには五人ほどの外国人……どう見ても堅気に見えない出で立ちの黒スーツ達だ。


 そして声をかけた代表っぽい金髪の男は……多分ただ者ではないだろう。


 俺はこの稼業を続けているからか、そういった感覚にはそれなりに敏感だ。


 寂れた商店街、しかし休日は少しばかり賑わう場所。


 その一本路地を入った”いかがわしい場所”……


 お子様が近寄るには教育上よろしくない、大人の歓楽街でどう見ても堅気で無い外国人グループに囲まれた若い女。


 状況的には完全アウトだが……


 俺はそう思いながらも、もう少し様子を見ようと……


 「ナンパなどでは無い、安瀬日あしび 緋音あかね。貴様を拉致して尋問するが抵抗は無駄だぞ」


 長身で金髪の異国人は相手が従順で無いと分かると、一転してはばかること無くそう宣言し、女の肩に手を伸ば……


 バシッ!


 ――っ!?


 「気安く触れないで下さるかしら?えと、ジャンジャン……金髪尻尾頭の異人さん?」


 その一言に明らかにプライドの高そうな異国人の顔色が変わるのが解った。


 ザザッ!


 女を取り囲んでいた男達が一斉にスーツの胸辺りに手をツッコミ、何やら物騒な凶器を用意する光景が俺の目に映る。


 「馬鹿……こんな所で始めるつもりかよ」


 ”いかがわしい”看板の物陰に潜んだ俺は頭が痛くなった。


 「日本の十二士族の女……我が名を愚弄して生き伸びた人物はいない、直ぐに謝罪しろ!」


 金髪の……ジャンジャック・ド・クーベルタンなる男が口調だけは冷静を装い、そう告げるが明らかに凄みを抑える気のない表情は……もう殺る気満々といった感じだ。


 「謝罪?淑女レディにこんな場所でそんな下品なお誘いをしておいて?あはは、フィラシスっの上流階級の男性は皆フェミニストだと聞いていたけど、貴方は違うみたいね」


 「このっ!」


 明らかに挑発する女の言葉に、金髪の男は右手を振り上げ……


 「お相手するわよ、フィラシスの小悪党共!この……」


 ――馬鹿女!なに挑発してんだよ……相手はどう見てもただ者じゃ……


 「この穂邑ほむら はがねくんがねっ!」


 「っ!?」


 一瞬で場の殺気だった男たちの視線が……女のかざした右手の方向へ移動した。


 「……」


 「……」


 「……え……は?」


 いかがわしい看板の物陰に隠れた俺にスポットライトが当たり、俺は五人の柄の悪い異国人達の敵意を込めた鋭い視線に晒され……


 「ってぇぇ!おいっ!安瀬日あしび 緋音あかね!」


 俺は勿論、即座にツッコむが……


 「だって私は戦えないもの……女の子だもん」


 「……」


 テヘっと舌を出して自身の頭をコツンと軽く叩く巫山戯た女。


 ――このっ!お前は”アタック・ナンバーなんちゃら”かよっ!古っ!……ていうか大体”女の子”って歳じゃ……


 「そこっ!今、ものすごぉぉく失礼なこと考えたでしょっ!」


 そして続けて俺をビシリと指さす。


 「お前……エスパーかよ」


 俺はそうぼやきながらも、看板の裏から姿を見せる。


 「……」


 「……」


 俺に集中する危険な男達の視線。


 「あーえーと……俺は……」


 「穂邑ほむら……はがねだと?」


 俺の顔を凝視し、ボソリと呟く金髪男。


 「?」


 ――なんだ?


 「この男が……この”いかがわしい”看板の裏に潜んでいた男が”あの”穂邑ほむら はがねだというのか?」


 金髪の……ジャンジャック・ド・クーベルタンなる男が俺を指さす。


 「穂邑ほむら……あの不死身の魔神、九宝くほう 戲万ざまを倒したというっ!?こんな”いかがわしい店”を物色していた間抜けな男が!?」


 「日本最高の上級士族……いや、世界でも最強レベルと言われるあの九宝くほう 戲万ざまとの死闘を制したという……その男がこの……昼日中から”いかがわしい”店で何をかをしようとしていた不届きな男が……穂邑ほむら はがね!?」


 ――おいおい……


 俺は不審な男達に不本意な表現で指さされながら、要らぬ俺の紹介をした女を睨んでいた。


 「そうよ……けど彼も十九歳、持て余す異常な性癖の一つや二つあっても攻められないわ、例え昼日中からそんな変態行為に身を任せる異常性欲者でも、彼が穂邑ほむら はがねに間違い無……ってちょっと!どこに行くのよっ!」


 俺は背を向けてその場を後にしていた。


 「……」


 「ちょっと、ちょっと!悪かったわ……少し調子に……」


 慌てて俺を引き留める女……だが俺は立ち止まらない。


 「みやび……そう、燐堂りんどう 雅彌みやびちゃんの事は良いの!?この件は彼女にも……」


 「……」


 俺は立ち止まる。


 「……」


 その名を出されては……立ち止まるしか無い。


 「そうよ……はがねくん、私達は今回は利害が一致した相棒パートナー…………って!泣いてるのっ!?」


 ――泣かいでかっ!散々変態扱いされた……初対面のどう見てもいかがわしい世界の異国人達に”いかがわしい男”扱いされた俺の繊細デリケートハートはボロボロだっ!


 「お前が……」


 「はがねくん?」


 「安瀬日 緋音おまえが隠れてついて来いって言ったんだろうが……それを……」


 俺は本当に仕事だからと言ってこんな適当な女と組んで良いのだろうか?


 俺はそんな疑問を心に抱えつつ……


 「はがねくんあぶなっ……」


 ガァァーーンッ!!


 路地に渇いた銃声が響く。


 「はがねく……!?」


 ――っ!?


 安瀬日あしび 緋音あかねが撃たれた俺の方を見て言葉を中断し、殺人未遂の異国人達は碧い目を見開いて言葉を失う。


 俺の手前に浮かび上がった白銀色の光のサークル。


 突如空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光に阻まれた銃弾は、光の雪壁にめり込むかのようにして空中で停止していた。


 「なんだ……これは?」


 金髪の異人……ジャンジャック・ド・クーベルタンが光りのサークル越しに俺を睨む!


 「わぉっ!これがはがねくんの……焔鋼籠手フランメシュタルっ!!」


 安瀬日あしび 緋音あかねが両手を結構大きい胸の前で合わせて叩き、見るからに興味津々の瞳でそれを見る。


 「九五式装甲”なだれ”……って言うんだが、別に憶えなくて良いぞ」


 俺は二人の内どちらに言うともなく、左手に装着した白銀の武装兵器を前面にかざしていたのだった。


 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第二話 END

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