「黄金姫の憂鬱」 第三話

 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第三話


 俺の両腕には白銀の金属で構成されたグローブ……

 いや、中世の西洋騎士が身に付けているような仰々しい篭手こてといった形状の防具が装着されている。


 「……」


 指先から肘の辺りまであるその篭手は風貌こそ西洋のそれを連想させるが、反射する表面の金属の隙間からは赤や緑、青の電子光がピコピコと定期的に点滅していた。


 その様は中世の骨董品というより、SFに出てくるようなアンドロイドかロボットの腕といった方がしっくりくる。


 さらに細かく見ると、手の甲にたばこの箱ぐらいの出っ張り部分があり、そこからレンズのようなパーツが覗いているのが確認できる。


 「それがあの不敗の帝王……九宝くほう 戲万ざまを倒した穂邑ほむら はがねの”焔鋼籠手フランメシュタル”か……」


 欧米人にしてもかなりの長身……


 金色の長い髪を後ろで束ねた碧眼の端正な容姿マスクの男は、そう言うと静かに口元を緩めながら両手で何かを構える仕草をした。


 ――なんだ?


 途端に”ピリリッ”と首筋に悪寒が走る感覚。


 「……」


 ――嫌な感じ……悪感情ってレベルの代物じゃない……な


 俺は無言で異人を睨み、両腕に装着した白銀の武装装甲を前面に出して備えた。


 自称異国の騎士は一歩も動いていない。


 なのにこの殺気……


 ――これは……


 そして、構えると言っても、異国人の両腕はなにも武器らしき物は持っていない。

 だがその構えは明らかに武器を持った構え……


 恐らくは“槍術”の構えだ。


 「フンッ!」


 そして異国の騎士は勢いよく、存在しない槍を突き出す仕草をしたっ!


 「ちっ!九五式装甲”なだれ”!」


 俺はそう叫んで左手の武装兵器を前面に翳す。


 ブゥゥーーン


 ――ドンッ!


 俺の手前に浮かび上がる白銀色の光のサークルの起動音と正体不明の破裂音がほぼ同時に響く!


 ガキィィィーーーーーーーーン!!


 空間に展開した半径が二メートルほどの銀円光に激しく接触した何かの衝撃は、その光りを大きく波立たせ……


 「くっ!」


 光りのシールド越しにも響く衝撃!

 身体からだを貫く正体不明の一撃!


 バシュッ!!


 目前の銀円光が弾け、謎の攻撃と共に霧散した。


 「……ふぅ」


 俺の九五式装甲”なだれ”を以てしてもそれは完全には押さえ込めなかった。


 本体の攻撃は封じ込んだが……

 それ越しにも響く衝撃で後方にブレる身体からだを必死に踏ん張って耐えた俺は、思わず安堵の息を吐く。


 「見えない攻撃ってなんなんだよ……フィラシス流の隠し芸か?異人さん」


 「ほう、我が”神の腕セルマンルブラ”……見えざる穂先に気づき、尚且つここまで完璧に対処するとは……さすが穂邑ほむら はがねといったところか」


 ――なんだかハードル上がってんなぁ、俺……


 九宝くほう 戲万ざまを倒したという噂……それがその筋の世界では俺の評価を爆上げしているようだ。


 「ちょっちょっと、ちょっとぉっ!……はがねくんピンチ!私ピンチだよぉっ!!」


 「……」


 そして向こうでは……他の異人達に取り押さえられる寸前の若い女が独り騒いでいた。


 「はがねくぅぅーーん!!」


 「……ちっ」


 俺は内心……いや、あからさまに舌打ちしてから叫ぶ!


 「五式無反動砲”きょく”!」


 シュオォーーン!


 たちまち白銀の武装兵器のレンズ部分に光の粒子が集約され、続いて目映い銀光が一直線に射出された。


 「ぎゃっ!」


 「ぐはっ!」


 俺の武装装甲から射出された光の槍により吹き飛ぶ黒スーツ男二人。


 「おぉっ!!すごいわ!焔鋼籠手フランメシュタルっ!!」


 そして無事救出された女は暢気に手を合わせて黄色い声を上げていた。


 「安瀬日あしび 緋音あかね……おまえなぁ」


 「ありがと、はがねくん!私の騎士ナイト様っ!」


 「巫山戯ふざけんなっ!”焔鋼籠手これ”は雅彌みやびの為に造った物だし、俺は……」


 「雅彌みやびちゃんの為だけの騎士ナイト様だ!……だよねぇ?」


 「うっ!」


 つい乗ってしまった俺の言葉尻を捉えて……女は愉しそうに笑う。


 ――くそ、この女……たちが悪いな……


 「穂邑ほむら はがね……その武器は……」


 ――おっと……忘れてた


 俺には正面に無視できない敵が居るんだった。


 「ああ、悪いがなぁ……俺にも”槍”はあるんだよ」


 そうだ……”見えない槍”ならぬとびきりの”光の槍”……五式無反動砲”きょく”が!


 「……」


 俺の顔……いや、腕の武装装甲をジッと見詰める異人……


 「?」


 ――なんだ?


 「……残念だ」


 「は?」


 そして金髪の異人はそう呟く。


 「これほどの男と雌雄を決する事が出来ぬとは……」


 「……」


 「非常に惜しいが……私は別件がある、時間的に既にこの場は退くほか無いのだ」


 ――別件?


 「ぬぅぅ、ファンデンベルグの”英雄級ロワクラス”の相手も確かに栄誉だが……穂邑ほむら はがね、貴公にも随分とそそられる……」


 ――や、やめてくれその目……如何いかに色男とはいえ同性にそそられると言われても……


 「ぬぅ……」


 「なら早く行けよ、異人さん……」


 ――そうだ!トットと行け!!このままじゃ俺の貞操が……


 「お任せ下さい!この程度の男などクーベルタン男爵がおられなくても我らで難なく制圧できますっ!」


 「如何にも!ここは天翼騎士団エイルダンジェでも期待の”双星ジェモ”と呼ばれる我ら二人、次期”七つ騎士セット・ランス”に最も近き者と評されし我ら二人にお任せをっ!」


 残った黒スーツ二人は意気揚々と俺の前に立ち塞がり、余裕の笑みで俺を見下ろす。


 「アナトル・ド・ルクレール少尉とギャスパル・ゴダン少尉か……解った、貴公等に後を託すがくれぐれも油断はせぬ事だ」


 金色の長い髪を後ろで束ねた碧眼の端正な容姿マスクの男は、そう言い残すと一度だけ名残惜しそうに俺の顔を見ると路地の向こうへ消えていく。


 「……」


 俺はその背を見送りながら考える。


 これは、やはり幸運なんだろう……

 取りあえず一番腕の立ちそうなのが消えてくれた。


 争い事なんて無いに越したことは無いし、それがたとえ避けられないものでも、楽に越したことはないからな。


 「ちぇっ……はがねくんの強いところ見られるとおもったのになぁー」


 ――だから……この”安瀬日 緋音おねーさん”は……


 俺は自身が狙われたというのに全く危機感の無い女を呆れながら眺めてから、思い出した様にサッと向き直る。


 「で、まだ続けるのか?えと……アナホリ・ザ・ザクザーク少尉とバクバク・ゴハン少尉?」


 「アナトル・ド・ルクレール少尉とギャスパル・ゴダン少尉だっ!穂邑ほむら はがねっ!!」


 「おおっ……わ、わるい」


 俺の前に偉そうにいきり立った二人の黒スーツは怒鳴ったかと思うと、俺の謝罪を聞く間もなく上着の胸ポケットから何か物騒な物を出す。


 シャキンッ!


 シャキンッ!


 ――バチッ!バチバチッ!


 三十センチほどの金属棒は二人が下方へと勢いよく振り下げると同時にその長さを倍ほどに伸ばし、途端にその表面に怪しい光りを宿していた。


 ――バチバチッ!バチバチッ!


 「……」


 「どうした?恐ろしくて声も出ないか穂邑ほむら はがね


 アナホリが偉そうに俺を見て言う……と、いやバクバクか?


 ――ええい、面倒臭い!もう此奴こいつは”黒スーツ・甲”にしよう


 「ふふ、無理も無い……これは先程の二人の”拳銃おもちゃ”とは違う、誇り高き天翼騎士団エイルダンジェでも期待の”双星ジェモ”と呼ばれる我ら二人のみが……」


 そして今度は”黒スーツ・乙”が台詞を引き継いだ。


 「そう、次期”七つ騎士セット・ランス”たる呼び声も高い我ら二人だからこそ許された神器、”雷撃短剣フードォル・マルトー”だからなぁっ!」


 で、また”黒スーツ・甲”……


 「解るか?穂邑ほむら はがね、お前は後悔するだろう……」


 ……乙?


 「何故なら、きっとクーベルタン様にやられておいた方がずっとマシだったと……」


 「……」


 「マシだったと……穂邑ほむら はがね?」


 「……」


 「お、おい?穂邑ほむら……はが……」


 「おぉーーいはがねくん、いい加減相手してあげたら?その……ジョジョ?さん達を」


 「”双星ジェモ”だっ!!次期”七つ騎士セット・ランス”に最も近き者と評されし期待の新星のっ!」


 今のはアナホリ……いや、バクバクの方だったか?


 ――まぁどっちでも良いか……


 とにかくその”黒スーツ・甲及び乙”が安瀬日あしび 緋音あかねに食ってかかるが、相変わらずのお姉さんは”はいはい”と軽くいなして俺に視線で合図する。


 ――バトンタッチ!……と


 「……はぁ」


 俺はあからさまに溜息をついてから、左手の平を上に向けて親指以外の四本指を何度か曲げてコイコイと挑発する。


「代わる代わるの自己紹介、大変ご苦労様だが……こっちも時間が惜しいんでそろそろかかって来てくれないか?」


 「なっ!」


 「貴様っ!」


 二人の黒スーツはバチバチッと光る棒を携えたまま俺を睨むが……


 「さっきの見事な”交代制挨拶口上ロタシオン・ラ・プレゼンテーション”……随分と練習したのだろうが、悪いな」


 ――っ!?


 「ぷっ!」


 黒スーツ男二人は青ざめて絶句し、安瀬日あしび 緋音あかねは思わず吹き出す。


 「ロタシオン……プレ……ぷっ、くく……わるいよぉはがねくん……くふふ……本当のこと言っちゃぁ……あはは」


 ――いや、それはお前の方が非道いだろう……


 「きさまぁー!」


 「ゆ、許さん!」


 「えぇ!?わざわざとフィラシス語で例えてやったのに?」


 「あ、あはははっ!」


 心外だと弁明する俺を更に険しく睨む二人の黒スーツ。


 その光景を部外者の立場で眺めて大笑いする無責任女……


 「貴様っ!穂邑ほむら はがねっ!!明日の朝日が拝めると思うなよっ!」


 「応ともっ!手足を粉々にしてから本国に連行してやるっ!」


 そうして”黒スーツ・甲アンド乙”は物騒な光りものを手に手に、鬼の形相で俺に跳びかかってきたのだった……


 ――

 ―


 結論から言うと……

 戦闘は三秒ほどで決着けりが着いていた。


 「……で、どうするこの四人」


 帰り支度をした俺は、完全に意識がなくなって転がる四人の黒スーツ達を一瞥してから聞いた。


 「そだねー、同僚呼んで本部に連絡して連行して貰うかな。情報とか聞き出したいからねぇ」


 安瀬日あしび 緋音あかねはニッコリと微笑んで答える。


 「……」


 俺は思った。


 多分……この女はその為に態々わざわざとこんな迂闊な行動を取ったのだと。

 そして俺に始末をつけさせて……


 俺は足元に転がる黒スーツ達をもう一度見ていた。


 「……あ……う……ロタシオ……言うなぁぁ……」


 「……う、うぅ……れんしゅうなど……して……いな……うぁぁ」


 「……」


 ――災難だったな……お互いに……


 ”黄金の世界、銀の焔”・番外編「黄金姫の憂鬱」 第三話 END

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