気づいた想い


 赤狼の牙の出張所があるため、テトラは冒険者の出入りが激しい。冒険者というのは、豪快な性格な者が多いので、結果的にテトラという町自体がなんだか騒々しい印象を受ける。

 エヴァンを待たせていた喫茶店も、コーヒーの香りを楽しむところというよりは、冒険者達の待合所といった感じで、がやがやと騒がしい場所だった。


「お、お待たせしました……」


 慌てて戻ったので、くだんの喫茶店までたどり着いたときにはマルティナの息はあがっていた。ドキドキと動悸も激しいが、それについては走ったことだけが原因ではなかった。


「お帰り。そんなに焦んなくっても、先を急ぐ旅でもないんだしゆっくりでよかったのに。ほら、マルティナも座りな」


 そう言って動悸の一因であるエヴァンが、コーヒーを飲みながら笑顔で出迎える。そんな顔を見て、またひとつ心拍数が上がった気がした。

 とはいえ、そんな反応を悟られるわけにはいかない。マルティナは何事もなかったかのようにエヴァンの向かいの席へつくと、給仕にミルクティーを注文した。


 そうこうしている内に、少しだけ冷静になる。まだ心臓はドキドキと鳴っているが、呼吸は整わせることができた。

 と、マルティナが落ち着いたのを見計らったかのようにエヴァンは尋ねた。


「で、レイチェルの話ってなんだったんだ?」


「ええっと、エヴァンさんのことを悪く言ったことを謝罪してくれました」


「なんだ。わざわざふたりっきりで話したいなんて言うから、もっと重大な話でもしてたのかと思ったのに、そんなことだったのか」


「そんなことって――あ、ありがとうございます」


 注文したミルクティーが運ばれてきたので、マルティナは給仕に感謝の言葉を述べてから、それを一口飲む。


「――そうだ。それから、改めて介抱したことのお礼も言ってくれました。ただ、活力の実を使ったことに驚いたみたいで『なんでレアアイテムまで使って助けたの?』って訊かれて困っちゃいましたけど……」


 さすがに当人を前にして、エヴァンに恋をしていると指摘されたことを伝えられるわけがない。マルティナはレイチェルとのやりとりを思い返して、それ以外に実際に言われたことを答えていた。

 すると、エヴァンは興味深げに身を乗り出した。


「そっか。しかし、そのことについてはおれも気になっていたんだよな。マルティナは、活力の実をあんなにもあっさりと使っちゃったわけだけど本当によかったのか?」


「うぅ……それを言われると弱っちゃいます……。もちろん、レイチェルさんを助けるには最善の方法だったと思いますし、活力の実を使ったこと自体はなんの後悔もしてないんです。ただ、やっぱりフェリアさんには申し訳ないことしちゃったなって……。だって、あれはフェリアさんが『友情の証』としてわたしに譲ってくれたものでしたから。わたし自身もあの実を一生の宝物にしようと決めていたはずなのに……」


 もし、友情の証を使ってしまったと知ったら、フェリアはショックを受けてしまうだろうか。マルティナは、活力の実をくれた親友の顔を思い浮かべ、がっくりと肩を落とす。

 すると、その様子を見たエヴァンは、飲んでいたコーヒーを盛大に吹いて笑い出した。


「わたしが落ち込んでいるのに、なんで笑ってるんですか!?」


 もはや恒例となったツッコミをマルティナがいれるも、今回は相当ツボに入ったらしく、エヴァンはなおも腹を抱えていた。騒がしい店内でも一際通る声で大笑いしていたため、周囲から白い目で見られていたが、そんなのお構いなしといった感じだ。

 1、2分の間、そうして笑い転げていただろうか。ようやく発作的な笑いが収まったエヴァンは、大きな深呼吸をひとつすると、打って変わって真剣な表情を作った。


「もしかしたら、おれは思い上がっていたのかもしれないな」


「……え? なんのことですか?」


「おれが最初にマルティナを旅に誘ったのは、マルティナに変わってほしかったからなんだ。自分のことを悪く言って、他人の目ばかりを気にしているマルティナに、少しでも自信をもってほしいと思ったんだ」


「は……はあ……」


 そんな考えがあったとは知らなかったし、エヴァンがこの旅に誘ってくれたことは心から感謝している。ただ、話の前後で繋がりが見えず、マルティナは曖昧な返事しかできなかった。

 それでもエヴァンは話し続ける。


「だけど、他人の目を気にしているのって、それは裏を返せば自分のことよりも相手のことを大切に考えているってことなんだよな。だからこそ、マルティナは倒れているレイチェルに対して活力の実を使うことになんの躊躇いもなかったし、いまだって自分の利益云々じゃなくフェリアに申し訳ないって思ってる」


 胸のドキドキがバクバクに変わっていた。心臓からマグマのような血液が順次送り出されることで、体は燃えているかのように熱く感じる。


 本当にエヴァンという人は――


「だからマルティナはそのままでもいいのかもしれない。誤解しないでほしいんだが、変わることが悪いって言ってるわけじゃないぞ。変わろうが、変わるまいが、変わりたいと思おうが、変わりたくないと願おうが、それらを全部ひっくるめてその人自身なんだって、マルティナを見て気づけたんだ。つまりさ、どうあったってマルティナはマルティナなんだよな」


 そう言ってエヴァンは白い歯をみせる。


「きっとフェリアもそのことをわかった上で、活力の実を渡したんだと思うぞ。マルティナは自分のためじゃなく、人のためにこの実を使うんだろうなってな。それにマルティナが一生の宝物にしようと思ったのは活力の実自体じゃなくって、フェリアとの友情のほうだろ。だからマルティナも、フェリアに再会したら、活力の実はレイチェルに使ったって正直に話せばいいさ」


 ――ああ、どうしてこの人はこんなにも眩しいのだろう。こちらがどんなネガティブな言動をしたって、こうして逆転の発想でプラスに変換してしまうんだから。


 いつもそうだった。


 塔から連れ出してくれたときも。


 魔法が使えなくなったときも。


 茜蛍が見つからないときも。


 母の偉大さに打ちひしがれていたときも。


 いまだって。


 マイナスな思考にとらわれそうになったとき、引っ張り上げてくれたのはエヴァンだった。

 これまでの一年間を振り返り、マルティナはようやく気づく。


 自分は、そんなエヴァンに恋をしているのだ、と。


 いままで抱いていた感情に確信を持つことができたからこそ、マルティナは弾む声で「はい!」と返事をしていた。

 店中に響くほどの大きな声だったため、周囲から冷ややかな目が向く。そんな視線を受けたマルティナが、羞恥心から身をすくませたのは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る