レイチェルの気持ち


 レイチェルはマルティナのことが好きではない。

 だが、初めから嫌っていたというわけでもなかった。むしろ出会った当初は彼女のことを尊敬すらしていた。


 というのも、魔女の学校に入学して間もない頃、校舎裏でレイチェルは目撃してしまったのだ。放課後にひとりで魔法の練習をしているマルティナの姿を。


 痺れるほどの感銘を受けた。

 周囲からの過度な期待に応えられずにいたのに、腐ることなくこうして努力を続けるなんて、なかなかできることではない。それを実践していたマルティナに対して悪い感情など抱くはずもなかった。


 むしろマルティナを嘲笑している他のクラスメイト達のことを心底軽蔑していた。そして、彼女の隠れた頑張りに負けないように、自分も赤狼の牙の冒険者になるという夢に向かって努力を惜しまぬようにしよう、と決意していた。

 それなのに――


 ――マルティナは、いつからか自虐を口にするようになったのだ。


 ショックだった。自虐を言うということは、これまでの自分の努力を否定しているようなものだ。努力こそ生きていくための糧だと思っていたレイチェルには、それがたまらなく許せなかった。


 だからこそ、マルティナが自身を卑下するたびに、わざと突っかかっていった。もっと酷いことを言えば、彼女が発奮してくれるのではないかと期待していたのだ。

 しかし、望んだ結果にはならなかった。マルティナはどんどん卑屈な性格になっていき、レイチェルの方も次第にただの八つ当たりみたいな感じで非難を重ねるようになっていたのだ。


 自虐と非難。

 負と負の感情のやりとりで仲が深まるわけもなく、学生時代にふたりがまともな会話をしたことはほとんどなかった。そんな間柄だったため、レイチェルは、卒業したらマルティナとは二度と会うことはないだろうと思っていた。

 だが、こうして再会をはたし、さらには危ないところを助けてもらったのだから人生とはわからないものである。


 ――だが、もはやそんなことはどうでもよかった。落ちこぼれだったはずのあのマルティナが、濃い霧を晴らすほどの突風を魔法で発生させたのだ。これ以上の驚きはないといえよう。杖を介してなら自分にもできたかもしれないが、それを素手でやってのけた元クラスメイトを目の当たりにして、レイチェルは悔しさを覚えていた。

 だけど同時に嬉しくもあった。やっぱり努力は無駄ではないんだと思えたからだ。


 いまなら、少しだけマルティナのことを好きになれるような気がしていた。

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