ふたりの確執
キースと共に第二ゲートへと戻ったマルティナは、目の前の光景に驚きを隠せなかった。執事の報告通り、市民街側の門の前で兵士とひとりの男が言い争っていたのだが、なんとその男とはエヴァンだったのだ。
「エヴァンさん!」
「マルティナ! ……って、なんでマルティナがここに?」
エヴァンはこちらの姿を見て心底ほっとした表情で駆け寄るも、マルティナが貴族街にいたことに驚いているようだ。
マルティナの方も、どうしてエヴァンが貴族街へとつながる第二ゲートで揉め事を起こしていたのかわかっていない。つまり、お互いがこの場で再会できたことを不思議に感じていたわけである。
答えを知っている人物がいるとしたらキースだけだろう。
そう考えたマルティナがキースを見やると、同じように視線を移したエヴァンが驚愕の一言を漏らした。
「兄貴……」
「え……えええぇ!? キースさんってエヴァンさんのお兄さんだったんですか!?」
まさに驚きの連続といえよう。エヴァンが元々貴族の家柄で、兄がひとりいることは話には聞いていた。しかし、たまたま出会ったキースが、その張本人だとはあまりにも予想外である。そもそも、童顔のキースが、老け顔のエヴァンの兄であるなんて夢にも思わなかったのだ。
それでも、当のキースは何事もなかったかのように澄ました顔をしていた。
「すまない。隠すつもりはなかったんだけど、あえて言う必要もないかなと思ってね」
キースはふっと微笑みながらこう続ける。
「でも、きみの口からエヴァンの名前が出たときはビックリしたよ。街角で知り合った少女が、まさか冒険者になると言って家を捨てた愚弟と知り合いだとは思わなかったからね。偶然とは恐ろしいものだ」
とりあえず、キースとの出会いが奇跡的な偶然だったのはわかった。ただ、ふたりが兄弟という衝撃的な事実が突然判明したためか、結局この半日でなにが起こったのか理解が追いつかない。マルティナはこんがらがった頭を整理するために尋ねた。
「ええっと、とどのつまりどういうことだったんですか? キースさんはエヴァンさんを探してくれていたわけではないんですか?」
「ああ。ここ首都マドベルは、なにせ人が多い。その中で冒険者ひとりを探すのは、貴族の肩書きを駆使してもかなり大変だからね。もちろん、何日か時間をかければ探し当てることはできただろうが」
「でもキースさんは『早ければ今日中に再会できる』とおっしゃって、実際にこうして再開できたのは、いったいどういうことなんです?」
「エヴァンの行動が予測できたから、こちらから探さずとも再会できるとわかっていたのさ。浅はかな弟は、はぐれたきみを探すために策もなく市民街をかけずり回る。しかし、いくら探しても見つからない。では、その後はどうするか? 答えは簡単。自ら飛び出した実家に頭を下げ、貴族の権力を利用して探そうと考え、いまに至るってわけだ」
そう言うと、キースは第二ゲートに来て初めてエヴァンへと目を向ける。青い瞳が凍ってしまったのかと錯覚するほど冷たい視線だった。
「どうだ? なにか違うところがあるなら言ってみろ」
「……」
図星なのだろう。エヴァンは反論をすることなく、不満げに顔を歪めた。
それを見たキースは、嘲るように口の端を持ち上げる。
「しかし、最終的にはぼくのところへと助けを求めに来るだろうとは思っていたが、予想よりもずっと早かったな。それほどまでに彼女が特別な存在だったということかな?」
「当たり前だ。マルティナはおれの大切な仲間なんだからな」
エヴァンは実の兄をじろりと睨んだ。その厳めしさは、実際に視線を向けられたわけではないマルティナが身震いしてしまうほどである。
しかし、キースが怯むことはなかった。それどころか、怒気を露わにするエヴァンに対して、声を大にして意見を返した。
「それなら、ちゃんと守ってやれ! 貴様が見失ったせいで、彼女は輩に襲われそうになっていたんだぞ!」
「それは……」
エヴァンは一転してしゅんと小さくなる。
不満、挑発、恐縮。この場でのエヴァンの態度は、どれもが一緒に旅してきた間にはほとんど見たことないものだった。
胸がきゅっと苦しくなる。自分勝手だとはわかっていたが、エヴァンには、いつだって自由で、快活で、明朗な人でいてほしかった。
しかし、そんなマルティナの思いに反して、キースは実弟を責めることをやめようとはしない。
「貴様はいつだって自分のことしか考えてないんだ。生まれもって状態異常に体制があり、体躯もよかったからといって、自分を過信しすぎているんじゃないのか? そんなことだから――」
「やめてください!」
マルティナはたまらずキースを制止していた。
「エヴァンさんは自分勝手なんかじゃありません。そもそも、わたしがドジなせいではぐれちゃったんです。それに、わたし達はパーティーなんです。パーティーは一蓮托生。わたしのミスだとしても、エヴァンさんのミスだとしても、それはふたりのミスなんです。だからこれ以上エヴァンさんを責めるなら、わたしのこともちゃんと責めてください!」
その言葉に、なぜかキースは一瞬だけ嬉しそうに表情を和らげる。それから改めて毅然たる態度でエヴァンに尋ねた。
「マルティナに免じてお説教はこのくらいにしておこう。まあ、なんだ。貴様も久しぶりにマドベルへと帰ってきたわけなのだろう? 今日くらいは屋敷に泊まっていくか?」
「遠慮しておくよ」
少しだけ軟化したキースによる提案をエヴァンはきっぱりと断る。その後は兄の視線を避けるように顔を背けた。
「……マルティナを保護してくれていたことには礼を言う。だけど、これ以上屋敷に身分の違う冒険者が出入りしているところを見られたら、兄貴にとっちゃ体裁がわるいだろ? ――だからもう行こう、マルティナ」
そして、マルティナの腕を掴むと、エヴァンは門に背を向けて歩き出してしまった。
「あ、え……」
エヴァンにされるがままに、マルティナはずるずると引きずられていく。
兄弟の確執に赤の他人が首を突っ込んでいいわけがないし、それは当人同士じゃなければ解決できない問題だ。だけど、少なくともマルティナ個人は、キースに助けられたという深い恩がある。
だからこそ、最後にキースに向かって感謝の言葉を投げかけていた。
「あの……キースさん! 色々と助けてくださって本当にありがとうございました!」
そんなマルティナに対し、キースはにっこりと微笑んで、小さく手を振っていた。
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