キースの絶景
マルティナは決して話し上手というわけではない。ただ、真剣に耳をかたむけてくれる人が目の前にいると、どうしたって舌が滑らかになってしまうものである。半年以上の冒険譚を夢中で話し、気づいた頃には夕方になっていた。
話が一区切りしたところで、キースは感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。こんなにも楽しい話を聞けたのは久しぶりだよ。マルティナにはなにかお礼をしなくてはいけないね」
「そ、そんな、お礼なんていただけません。わたしは単に自分の経験談をお話ししただけですし。それにキースさんには、危ないところを助けていただいて、尚且つエヴァンさんのことも探していただいているんですから、それだけで十分過ぎるというものです」
「うーん、ぼくの方もマルティナに気を遣わせるのは本意ではないからなぁ。とはいえ、話を聞かせてもらってなにもしないのは貴族として恥ずべきことだ。……それじゃあ、こういうのはどうだい?」
キースはなにか妙案を思いついたようで、パチリと碧眼を片方だけ閉じる。
「マルティナは絶景を探す旅をしてるんだろう? なら、話を聞かせてくれたお礼に、ぼくが所有している絶景をきみに見せてあげるよ。見るだけなら、きみも気に病むことはないだろ?」
「まあ、そういうことでしたら……」
所有している絶景? この屋敷から見える風景が、それほどまでに素晴らしいものということだろうか。しかし、いくら貴族街といえども、人々が住まう街並みが絶景と誇れるほど美しいものだとは考えにくい。となると、キースの言う絶景とはなんなのだろうか。
マルティナがそんな疑問を感じていると、キースは「ちょっと待っててくれたまえ」と言って一旦応接室を後にする。そして数分後、戻ってきた彼の手には頑丈そうな黒いケースがあった。
「お待たせ。これがぼくだけの絶景さ」
そう言ってマルティナの目の前にケースを置くと、キースはゆっくりとふたを開ける。すると、そこには――
――ルビーにサファイア、エメラルド……マルティナが知っているのはその3つくらいだったが、その他にも宝石が20個ほど並んでいた。
「うわぁ……」
色とりどりの宝石が互いに勝負しているかのように美しく輝く姿は、まさに絢爛としか形容できないほどきらびやかだった。いままで見てきたものとは種類こそ違うかもしれないが、これもまた絶景といえるだろう。
「曾祖父の代から引き継がれている宝石コレクションの一部なんだ。マルティナは、この中ならどれが好きだい?」
「うーん、そうですねぇ……」
迷った素振りをみせたものの、マルティナの目はひとつの宝石に釘付けになっていた。
それは他の宝石がきらびやかに光を反射させる中、少しくすんでいるようにさえ見えた。濁ったオレンジ色をしており、石の内側にはぷつぷつといくつかの気泡や不純物も存在する。
それでも、マルティナはこの宝石に惹かれていた。なぜだかわからないが、じっと見つめているとエヴァンのことを連想させられるからだ。
「わたし、この宝石が一番好きです」
「やはりか……」
マルティナの回答にキースは意味深な笑みをみせる。
「マルティナが選んだのは琥珀という名の宝石だね。そしてここにあるのは琥珀の中でもそれなりに価値がある物で、我が家では生命の宝玉って呼ばれているよ」
「生命の宝玉……ですか?」
「ああ、そう呼ばれる理由はふたつ」
キースは右手の人差し指と中指だけ伸ばして突き出す。ほっそりとしなやかで、彼の指も宝石のように綺麗だなとマルティナは思った。
「まず第一に琥珀はほかの宝石とは違い、鉱物ではないということ。木から流れ出た樹脂が何千年、何万年もの時を経て凝固したものが琥珀なんだ。つまり正確な分類をするなら琥珀は化石であり、まあ、人間でいうところのかさぶたみたいなものと考えてもらえればわかりやすいかな」
「元々生きている物から流れ出たものだから、生命の宝玉というわけですね。納得です。それじゃあ、ふたつ目の理由というのは?」
「それは、ここをよく見てみたらわかると思うよ」
そう言うとキースは琥珀の一点を指さす。そこにあったのは黒い不純物だった。
だがよくよく注視して、マルティナは思わず「あっ!」と声をあげていた。ただのゴミだと思っていたそれが、小さな羽虫だと気づいたからである。
「これ、虫が混入しているんですね! なるほど。これが生命の宝玉という呼び名の由来なんですね」
「その通り。さっき述べたように木から流れ出た樹脂が固まり琥珀になるわけで、そのときに小さい虫なんかを巻き込んでしまうことがあるんだ」
「すごい……。ひとつの小さな命が、この中で朽ち果てて、何万年もこの姿のまま閉じ込められ、いまはこうして宝石として価値を見いだされていると思うと、なんだか不思議ですね」
率直な感想を漏らした後、マルティナはしみじみと頭に浮かんだことを口にしていた。
「この生命の宝玉、エヴァンさんが見たらなんて言うんだろうなぁ」
すると、それを聞いたキースは、なぜか微妙な表情をみせる。嬉しそうでもあり、困っているようにもみえる、そんな顔だ。
キースの不可思議な反応を怪訝に思っていると、マルティナはふと違和感を覚えた。
「そういえば、キースさんはエヴァンさんを見つけてくれるっておっしゃってくれましたけど……」
「ああ、心配しなくてもきっとすぐに見つかるよ」
「でも、よくよく考えたらおかしくないですか? あれからほとんど一緒にいましたけど、キースさんが捜索の手配を出しているようにはみえなかったんですけど。それに、エヴァンさんの人相すら詳しく語っていないというのに、捜索なんて可能なんですか? もしよかったら、どうやってエヴァンさんを探しているのかだけでも教えていただけませんか?」
「……」
マルティナの問いにキースは黙ってしまった。
訊いてはマズいことだったのだろうか。――いや、エヴァンを見つけ出してあげようと先に申し出たのはキースのほうなのだ。その方法を尋ねて悪いということはないだろう。
マルティナがじっと見つめて答えを待っていると、キースは観念したように首をすくめた。
「それは――」
「キース様、大変でございます!」
キースがなにか言いかけたところで、応接室の扉が勢いよく開かれる。そして、初老の執事が動転した様子で入室してきた。
「いましがた兵士が屋敷まで来たんですが、なんでも第二ゲートでキース様に会わせろと騒いでる不審者がいるそうでして……」
「ほう……思っていたより早かったな」
慌てている執事とは対照的に、キースはすべて承知している感じだった。落ち着いた口調で「すぐに向かうと伝えてくれ」と告げると、にこやかにマルティナへと手を差し出す。
「さあ、マルティナ。きみも一緒に来てくれたまえ」
マルティナにはなにがなんだかわからなかった。
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