生命の宝玉
首都マドベル
「わぁ……」
マルティナは圧倒されていた。
とはいえ、いまマルティナ達がいる場所は人知れぬ絶景ポイントなんかではない。むしろ、その逆だった。
ここはマドベル。ウィギドニアの首都で、国の中で最も栄えた土地である。しかも、いまマルティナ達がいるのは、マドベルの中でも一番賑わいがある大通りだ。
日中は市場として利用されているらしく、石畳の通りの端にはずらりと露店が並んでいる。店の種類も様々で、焼き鳥なんかの軽食や、食器などの日用品まで、多種多様な物が売られていた。
エヴァン曰く、お昼のこの時間帯が混雑のピークとのことで、マルティナの目の前では絶え間なく黒山がうごめいていた。
「エヴァンさん! わたし、こんなにもたくさんの人がいるのを初めて見ましたよ!」
「これでも今日は人が少ない方だけどな。ヤバいときなんか、自分が進みたい方向へ動くこともできないからさ」
「ひぇー、これですいているほうなんですか? やっぱり都会は違いますね」
マルティナは感心しながらも雑踏を見渡して、ふと居心地の悪さを覚えてしまう。都心だからという先入観もあるのかもしれないが、道行く人々がみんな華やかに見えたのだ。
「それにしても、みなさんオシャレというか洗練されてますよね。わたしみたいな田舎者には場違いな気がしてしょうがないです……」
「そんなことないって。城内や貴族街ならまだしも、市民街には色んな人がいるからな。田舎者なんて珍しくもないさ」
あ、田舎者ってところは否定してくれないのか。
エヴァンに自虐はうまいこと作用しない。半年以上共に旅をして、そんなことは百も承知ではあるのだが、未だにマルティナは自分を卑下する言葉をやめることができずにいた。やはり、自虐と共に成長してきたので性格に染みついており、変わろうと思ってもそう簡単に変われるものではないのだろう。
「わたしみたいな田舎者もいっぱいいるのかもしれませんけど、それでもマドベルはすごいですよ。街に入るために検問を受けたのなんて初めてですもん。都会は警備も厳重なんですね」
マドベルは街の周囲が防壁で囲まれており、出入り口は、東西南北の四方に大きな門がそれぞれひとつずつ存するだけである。マルティナ達は西の門からマドベルへと入ったのだが、その際に門を守る兵士から手荷物検査を受けたのだ。マルティナは懐にあった活力の実を見せるだけですぐ終わったが、ザックの中身を全部出さなければならないエヴァンは、検問に15分以上かかっていた。
「ああ、あれね。初めてだとビックリするかもな。ただ、街と外を繋ぐ第一ゲートの検問は、あれでも一番緩いんだぜ」
「第一ゲート? 第二とかもあるってことですか?」
「そう。マドベルは、国名を冠したウィギドニア城を中心にして、周りに国を運営する貴族達が住まう貴族街、さらにその外側には市民街がドーナツ状に広がっているんだ。だけど、その3つの地区はそれぞれ防壁で囲われているから、いちいち門を通過しなければ出入りできない仕組みになってるってわけ。それで、おれ達も通った外界と市民街を出入りするための門が第一ゲート、市民街と貴族街を出入りするための門が第二ゲート、貴族街と城を出入りするための門が第三ゲートっていうふうに呼ばれているんだ」
「へぇー。それじゃあ、貴族街に入るにはもっと厳しい検問があるってことですか?」
「検問どころか、まず入れてもらえないだろうな。基本的に第二ゲートを通れるのは王族、貴族の人間くらいだから。……まあ、正確に言うと、貴族や王族が外に出ることなんて滅多にないから、第二ゲートを使うのはそいつらに仕える従者達がほとんどだけどな」
そう言うとエヴァンは嘲るように鼻で笑った。
あまりにも冒険者という職に染まってしまっているので失念していたが、エヴァンは元々貴族の生まれだったはずだ。貴族としての豪華絢爛な生活、冒険者としての過酷な生活、両方とも経験のあるエヴァンとしては双方の間に隔たりがあることになにか思うことがあるのかもしれない。
マルティナには政治のことはよくわからなかったが、周囲が壁で囲まれているからこそウィギドニアの中核をなす部分は守られているのだろうとは感じていた。それでも、ウィギドニアに住む大半は特別な階級ではない一般市民のはずなのに、ふつうの生活をまったく知らない貴族達がこの国を動かしていることに疑問も覚える。
一長一短といったところだろうか。ただ、そんなことよりもマルティナには気になっていることがあった。
それはエヴァンの表情である。彼が他人を嘲笑しているのを見たのは初めてのことだ。
――嫌だった。
エヴァンには、いつだって真っ直ぐ朗らかな太陽みたいな人でいてほしい。他人の感情に自分の願望を押しつけるなんて、最低な考えではあるとは自覚している。ただ、自分勝手だとわかってはいても、マルティナはエヴァンの皮肉めいた笑みなんて見たくはなかった。
だからこそ、話題を変えるためにマルティナはわざと大きな声をあげていた。
「あっ! エヴァンさん、あっちのほうからすごく甘い香りがしますよ! 砂糖を焦がしたようなにおいだから、べっこう飴かなんかですかね? わたしの大好物なんですよ。行ってみましょう!」
「おいおい。好物なのはいいけど、あんまりはしゃぐと迷子になるぞ」
そう言うと、エヴァンはふっと表情を和らげる。
エヴァンがいつもの調子で笑ってくれた。そのことによりマルティナの足取りは、陽光を浴びて目覚めたかのように自然と軽やかになる。
「大丈夫ですって。わたしがいくら駄魔女だとはいえ、子供じゃないんですからね。そう簡単に迷子になんてなったりしませんよ」
マルティナはおどけた口調で言葉を返すと、かぐってくるにおいを辿ってぐいぐいと人混みの中を突き進んだ。そうして行き着いた先にあったのは予想とは違い、綿飴の屋台だった。
「あー、べっこう飴じゃなかったですね。でもでも、わたし綿飴も好きなんですよ。だからひとつ買って行きましょう!」
マルティナは、後ろにいるはずであろうエヴァンに声をかけながら、くるりと振り向く。
だが、そこにエヴァンの姿はなかった。
マルティナは慌てて辺りを探してみる。しかし、周囲は人でごった返しているため、大柄で目立つ存在のエヴァンですらも見つけ出すことはできなかっ
た。
あれ? これはもしかして本当に――
「――わたし、迷子になっちゃった!?」
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