友情の証
いったいふたりは中でなにを話しているのだろうか。
店の外で待っているように言われたマルティナは、素直に従ってはいたが、もどかしい気持ちでいっぱいだった。
べつにふたりだけで話していることに問題があるわけではない。ただ、その前のフェリアの様子がおかしかったことが気がかりだった。なんとか楔を修復することができたというのに、なぜか帰り道ではずっと浮かない顔をしているようにみえたのだ。
やっぱり店の経営がうまくいってないのだろうか。それともなにか別の心配事でもあるのか。
ともかく、一番の友人が悩んでいるというのなら力になりたいと思っていた。なにせ、学生時代つまはじきにされがちだったマルティナにとって、フェリアは恩人ともいえる存在なのだから。
ただ、もしかしたらフェリアの様子がおかしかったのは自分のせいだったのではないか、とマルティナは恐れてもいた。
そんなことをやきもきと考えていると、店からエヴァンひとりだけ出てきた。
「よう、お待たせ」
「えっと……フェリアさんは?」
「ああ、なんか取引相手が来たから商談をしてるよ。つーわけで、おれ達は次の目的地を目指そう」
「えっ。それならフェリアさんに挨拶だけでも――」
「あー、そりゃダメだ」
店に入ろうとしたマルティナをエヴァンはすぐさま引き止める。
「その商談ってのが、かなり大きい取引みたいでさ、しばらくは店には近づかないでくれってさ」
「そうなんですか……」
このまま別れるのは気が進まないが、かといって商売の邪魔をするわけにはいかない。仕方なく扉に伸ばした手を引っ込めると、マルティナはエヴァンと共にその場を離れた。
しかし、大きな取引があるということは店の経営は順調だったということだろうか。それならフェリアは、なんであんなにも浮かない表情をしていたのだろう。もしかしたら、エヴァンとふたりきりで話したいと言ったのは、悩み事を打ち明けていたのかもしれない。
そう思ったマルティナは、エヴァンの方からフェリアとの会話の内容を口にしてくれるのを待っていた。だが、ナギの町を出て、街道を歩き出しても一向に話題にしてくれないため、思い切って自ら尋ねてみることにした。
「それで……その、フェリアさんとはなんの話をされていたのですか? あ、いえ、べつにわたしなんかに話しちゃマズいことだったら、教えてくれなくても大丈夫ですけど……」
「ああ……」
エヴァンは少し考えてからこう続けた。
「それもその商談の話だったんだよな。なんでも新しい冒険者用の魔法道具を開発するってんで、おれにアドバイスしてほしいって言われてさ」
エヴァンの言葉聞いたマルティナは、ほっと胸をなで下ろしていた。
「ああ、なるほど。そういうことだったんですね。それを聞いて安心しました」
「安心?」
「エヴァンさんには言ってなかったんですけど、フェリアさんの様子が少し変だったから、なにか悩み事でもあるんじゃないかってずっと思ってたんですよ。もしそうだったらなにか力になりたいと考えてたんですけど、新商品の開発で行き詰まっていたんですね。それをエヴァンさんが助言をして、商談が進んだっていうのなら、きっとフェリアさんの悩みも晴れたってことでしょうから安心したんです」
「……そっか。フェリアが悩んでいるなんて、おれは全然気づかなかったけど、マルティナは気づいてたんだ?」
「ええ。フェリアさんは一番の友達ですから!」
声高らかにそう答えると、それを見たエヴァンはふっと優しい笑みを浮かべる。そして、おもむろに背中のザックを下ろすと、そこからひとつの小さな木箱を取り出しマルティナへと差し出した。
「なんですかこれ?」
「フェリアから頼まれたんだ。マルティナに渡してくれって」
木箱を受け取ったマルティナは、中身を確認すべく早速ふたを開けてみる。するとそこにはクルミのような乾燥した木の実が一粒だけ入っていた。
すぐにそれがなにかを理解したマルティナは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。
「これ、活力の実じゃないですか! 魔女界では有名なレアアイテムですよ!」
「この小っこい木の実がそんなにすごいものなのか?」
「もちろんですよ。どんな怪我や病気でも、これを一粒食せばたちまち完治してしまうっていう魔法の実なんです! 多分、お金に換算すれば数年間は豪遊できるほどの価格になるんじゃないかと……」
自分で現実的な金額を提示しておいて、その価値に思わず身震いしてしまう。たまらずマルティナは、進行方向をくるりと反転させるとナギへと戻ろうとした。しかし、走り出した瞬間、エヴァンにローブの襟首辺りを掴まれ、引き戻されてしまう。
「ちょいちょい、どこ行こうとしてんだよ」
「フェリアさんのお店に決まってます! この活力の実は、わたしみたいな魔女もどきがもらっていい代物じゃないんですから!」
興奮気味のマルティナの頭をポンポンとなだめるように軽く叩くと、エヴァンは首をすくめて大きなため息をひとつついた。
「そんなこと言い出すんじゃないかと思ったから、ナギを出てから渡したんだよ。いいか? フェリアは、その実を『友情の証』としてマルティナにくれたんだぞ。それを突き返すなんて、いくらなんでもダメだろ」
「『友情の証』ですか……? で、でも、頂くにしても高価な物ですから、せめてお礼くらいは言わないと……」
「おれの話を聞いてなかったのか? フェリアは大事な商談の真っ最中なんだから、いま行ったらお礼どころか非礼になっちまうぞ」
「だけど……」
「大丈夫、大丈夫。これが永遠の別れじゃないんだ。互いが互いを想い合ってるんだから、きっとまた会えるし、お礼を言う機会もあるだろうさ。それまで、活力の実はマルティナが大事に持っときなって」
互いが互いを想い合っている。その言葉が強く胸を打った。
マルティナにとってフェリアは疑いようもなく一番の友人だ。だけど、フェリアが同じように考えてくれているかはわからなかった。
フェリアは社交的で友達も多い。そんな彼女が、自分みたいな落ちこぼれを一番の友人と思ってくれている自信がなかったのだ。
でも、それも杞憂だったようだ。こうして魔女なら誰でも知っているようなアイテムを、友情の証としてゆだねてくれたのだから。
そんな考えに至ったからこそ、マルティナは決めていた。親友からもらったこの活力の実を一生の宝物にすることを。
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