フェリアの気持ち


 フェリアは未だに信じられずにいた。一緒に楔の修復をしようと頼まれたとき、了承はしたものの直せるわけがないと思っていたからだ。しかも、それをやってのけたのが落ちこぼれのマルティナだったのでなおさらである。


 元々フェリアは人と競争することが苦手だった。だれかと争って負けることが恐かったからである。だからこそ、ふつうの魔女なら選ばない白魔法を専攻したし、ライバル店がないナギで店を始めたのだ。


 そんなフェリアがマルティナと友達になったのは必然だった。学年最下位の彼女に負ける要素がないと思っていたからだ。

 もちろん、そんな下卑げびた考えだけで友達になったわけではなかった。魔女は生まれながらに魔力を持っているので、自分が特別だと過信している子が多い。傲慢なクラスメイトばかりの中、消極的な性格のマルティナと過ごす日々は純粋に心が安らいだ。つまり、フェリアにとってマルティナは、間違いなく一番の友人ではあった。ただ、それと同時に一緒にいて自尊心を保てる存在でもあったのだ。


 だが実際はどうだ。マルティナは苦心しながらも、くさびの修復をやってのけた。フェリアは隣に立ってこそいたが、なんの助力にもなっていなかったと自覚していた。

 自分より劣っていると思っていた友人に負けた。その事実はフェリアの精神を揺るがせていた。


 崩れそうなプライドをなんとか立て直したい。そう思ったからこそ、ナギに戻り、自身の店の前についたところで、ふたりにこう言っていた。


「とりあえず、楔の件はわたしのほうから国へ報告しておくから、後のことは心配しなくていいよ。だけど、ちょっとエヴァンさんにだけお話ししたいことがあるから、悪いんだけどマルちゃんは店の外で待っててもらってもいいかなぁ?」


 ふたりとも不審に思ったのか、マルティナは目をぱちくりさせ、エヴァンは眉をひそめている。それでも、マルティナが「わかりました」とすんなり了承してくれたため、フェリアはエヴァンとふたりっきりになることができた。


 店に入ってふたりきりになるや否やエヴァンはフェリアに尋ねた。


「で、おれに話ってなに? マルティナに聞かれたらマズい話なのか?」


「あの……わたし、エヴァンさんのことが好きなんです!」


 フェリアは、単刀直入にずっと心に秘めていた自分の想いを告げていた。

 モンスターに襲われたところを助けてもらったときからカッコいいと思っていた。ナギで店を始めた後も、早くエヴァンが来てくれないかとずっと心待ちにしていた。そして気づいたのだ。自分がエヴァンに恋心を抱いていることに。

 だから、エヴァンと再び会うことができたら絶対に気持ちを伝えようと決めていた。一緒にいられるなら、夢だった自分の店すらも畳んでいいと思っていた。それなのに、ようやく再会できた彼の隣には、すでにマルティナがいたのだ。

 でも、ふたりの様子を見る限り、まだそういう関係にはなっていないというのはわかった。ならば自分にもチャンスはまだあると考えたからこその告白だった。だが――


「好きって、ええっと、その……気持ちは、嬉しいんだが……」


 突然想いを告げられたエヴァンは、珍しくしどろもどろになりながらも、ちらりと入り口の扉へと目を向ける。

 ――答えなど聞かずとも、その仕草がすべてだった。


 自分は恋愛でも負けたんだ。そう悟ったフェリアは、悔しい感情を押し殺して、破顔一笑してみせる。


「なーんて言ってみましたけど、いまのはなかったことにしてください。マルちゃんから聞いているかもしれませんけど、魔女の学校に通ってたわたし達は、男の人と関わった経験っていうのが全然ないんですよ。だから、どうしても惚れっぽくなっちゃうんですよねぇ」


 途中で涙があふれそうになった。しかし、ここで泣いてしまっては、それこそ自尊心が崩壊してしまう。フェリアは平常心を保つために、ふうっと一呼吸置くと吹っ切るように言葉を続けた。


「つまり、わたしのこの感情も一時の気の迷いでしかないんです。だからさっきの告白も忘れちゃってください」


「フェリア……」


 エヴァンは申し訳なさそうに眉根を寄せる。


 そんな顔なんて見たくはなかった。いつでも快活なエヴァンのことを好きになったのだから。そのため、フェリアは彼が笑顔になるであろう話題を口にしていた。


「そういえば、マルちゃん、すごかったですねぇ。まさか本当に楔を直しちゃうなんて思ってなかったですよ」


「え……ああ、そうだな」


 急に話題が変わったことに一瞬驚いた表情をみせるエヴァンだったが、すぐにくくっとおかしそうに笑い出す。


「でも、直接すごいだなんて伝えても、マルティナのことだから『わたしなんて……』って変な謙遜するんだろうな」


「ふふふ、そうかもしれませんね」


 ぎゅうっと胸が苦しくなる。だがフェリアはその痛みになんとか耐え、笑顔を保ってみせた。


「それでも学生時代とは別人ですよ。マルちゃんは、もっと自分に自信のない子だった。だけど本当は魔法の才能があったんですよね。それをエヴァンさんが引き出したんだと思います」


「おれが引き出したって、そんなことはないだろ」


「そんなことありますって。それに比べてわたしときたら……。わたしはマルちゃんとずっと一緒だったのに、全然マルちゃんのいいところを見つけてあげることができなかった。ホント友達失格ですよね……」


「友達失格って、それだけは絶対に違うぞ!」


 エヴァンは語気を強めて否定した。そしてフェリアの目を直視して訴える。


「マルティナ自身が言ってたじゃんか。いつもフェリアが一緒にいてくれたから、魔女の学校を卒業できたって。それって、フェリアは間違いなく友達としてマルティナの心の支えになってたってことだろ?」


 マルティナが変わるのも当然だと思った。こんなにも物事をプラスに見てくれる人がそばにいるのだから。フェリアはマルティナの友人として、嬉しくもあり、羨ましくもあった。


「ありがとうございます。エヴァンさんにそう言ってもらえて救われた気分です。……そうだ。ちょっと待っててもらっていいですか?」


 そう断りを入れると、店の商品棚から片手に収まるほどの小さな木箱を取り出してエヴァンに手渡す。


「これは……?」


「マルちゃんとの友情の証です。マルちゃんに渡しておいてください」


「それなら直接渡せばいいじゃんか。表にいるんだし」


「そうしたいのはやまやまなんですけどねぇ」


 扉の向こう側にいる親友の姿を思い浮かべ、フェリアはくしゃりと顔を歪める。


「いまは――いまだけはマルちゃんに会うのは難しいんです。顔を合わせたら悔しくって泣いちゃいそうだから……」


 失恋直後の複雑な乙女心を察してくれたのだろう。エヴァンは、しばらく言葉を詰まらせた後に「わかった」と小さくうなずいてくれた。


「それじゃあ、マルティナの代わりに礼を言わせてくれ。――ありがとう」


「はい! また近くに来たら、絶対に立ち寄ってくださいね。今度会うときは、素敵な彼氏でも紹介してみせますから」


「ああ、またな」


 最後にエヴァンはにこりと笑うと背を向けて店を出て行く。その姿を見送り終えると、フェリアはひとり静かに涙を流した。

 こうしてフェリアの初恋は幕を閉じたのだった。

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