伝説の魔女の偉大な功績


 ナギを出たマルティナ達は、フェリアの案内で海岸沿いを西へと進んでいた。

 しかし、気分転換になればと案内をお願いしたものの、フェリアの反応は微妙なものだった。あるいは経営不振というのは、ただの思い過ごしだったのかもしれない。だが、長年の夢だった店を始めたばかりだというのに「一緒に冒険者になっちゃおうかなぁ」なんて言い出したことがやはり腑に落ちなかった。


 もしかしたら、ほかになにか悩みでもあるのだろうか……。


 マルティナが友人に対して思考を巡らせている間も、当のフェリアはこれから向かう目的地についてエヴァンと話をしている。


「エヴァンさんは、黒に染まった村のことはどれくらい知ってますか?」


「ウィギドニアの近代史は若い頃に少しだけ勉強したから、出来事くらいは知ってるよ。凶悪なダークネスドラゴンが突如現れて、近くの村を襲ったんだよな? それで、その当時のウィギドニアの最高戦力を集結させて、なんとか封印できたんだろ? ただ、その村の具体的な場所までは覚えてなかったな。なにせ、おれが生まれる前の話だしな」


「まあ、そんなもんですよねぇ。実際にその村――シーケはそのまま廃村となってしまったので、いまは3ヶ月に一回のペースで封印術の魔力を補充するために国の専属の魔女が訪れるくらいで、それ以外ではときたま奇特な冒険者が伝説の死闘の場を自分の肌で感じてみたいと立ち寄るくらいですかね」


「その奇特な冒険者がおれ達ってわけか」


「ふふふ、そうですね。ただ覚悟はしてくださいね。封印されているとはいえ、ダークネスドラゴンの瘴気は凄まじいものなんで、ある程度の魔力や気力を維持してないと意識を失っちゃうかもしれませんから」


 マルティナは、ふたりの半歩後ろを歩きながらも、会話に割って入ることができずにいた。というのも、黒に染まった村という場所はそれなりに有名らしいのだが、マルティナはまったく知らなかったのだ。

 そのため、ずっと口を挟まずに黙っていたのだが、不意にフェリアが振り返って問いかけてきた。


「やっぱり自分にゆかりのある場所なわけだから、マルちゃんも楽しみでしょ?」


「えーっと……わたしに縁があるってどういうことですか? わたし、ここら辺に来たのも初めてなんですけど……」


「え!? もしかしてマルちゃん知らないの? 30年ほど前にダークネスドラゴンを封印したのは、マルちゃんのお母さんのグレンダさんなんだよ」


 まったく知らなかった。――いや、もしかしたら聞いたことはあったのかもしれない。しかし、伝説の魔女と呼ばれている母のグレンダには様々な偉業があり、中には夜空の月を一度破壊し、すぐさま修復してみせたなんていう都市伝説染みた話も数多く存在する。なので真偽のほどはともかく、話のほとんどを聞き流していたのだ。

 それにマルティナは、母の逸話を聞くのが嫌いだった。偉大な母と比べられ、自分がたまらなく惨めになってしまうからだ。そういった話題になりそうになったら、いつもその場から逃げ出していたため、現役だったころの母がどれほどすごい魔女だったのか、じつはよく知らなかった。


「マジで!? マルティナのお母さんってあのグレンダなのかよ! グレンダっていったら魔女の中で一番有名な人じゃん」


 マルティナの母の名前を聞いたエヴァンは、ビックリした様子で青い瞳をパチパチと点滅させた。


 なんでこの人は、まるで初耳かのように驚いているのだろうか。初めて会ったときに間違いなく話しているはずなのだが……。


 ツッコミでもいれてやろうかと思った。

 だけど、やめておいた。あのときのエヴァンは、話がつまらないとかで爆睡してたから、きっと母がすごい魔女だったということしか聞いてなかったのだろう。

 それに、マルティナにとって母は、ネガティブな性格になった根源ともいえる存在だった。そんな自身の弱い部分を掘り起こされた気分になっており、ツッコミどころではなかったのだ。


 ふと記憶に蘇るのは学生時代の周囲の目。偉大な魔女の娘と知ると、ほとんどの人が期待を孕んだ目をマルティナに向けた。だが、その期待にことごとく応えることができなかったため、マルティナの性格は消極的なものへと変化してしまったのだ。

 だからこそ、母のことを知ったエヴァンにまで、そんな眼差しを向けられるようになってしまったら、マルティナはこれからもこの旅を続けていく自信がなかった。


 不安に駆られ言葉を発することもできずにいたマルティナの代わりというわけではないだろうが、フェリアが笑いながらエヴァンの肩を叩いた。


「えーっ、一緒に旅しているのに知らなかったんですかぁ?」


「ん? まあね……」


 エヴァンは物足りなそうな表情で頬をかくも、すぐにいつもの快活な笑みをみせて話題を変える。


「それで、シーケだっけ? 黒に染まった村まで、まだ時間はかかりそうなのか? 現時点で結構な瘴気を感じ始めているんだけど」


 マルティナも、先ほどから肌がビリビリと痺れるような感覚を受けていた。これが瘴気というやつならば、目的地が近い証拠だといえよう。


「さすが感覚がするどいですね。ほら、あそこに見えるのがシーケでーす」


 そう言ってフェリアが指さした先には、ナギの町によく似た集落があった。

 足を踏み入れると、その村がよりナギに似ていることがわかる。


 赤いレンガ造りの建物。


 青く透き通った海。


 絵画のように美しい風景。


 ナギの町を一回り小さくした感じの村だといえよう。だが、そこには人っ子ひとりおらず、建物も倒壊しているものがいくつもあり、村の中心にある広場には、ナギとは決定的に違うものがたたずんでいる。


 ――それは黒くて大きな翼竜だった。


 この翼竜こそがダークネスドラゴンなのだろう。仁王立ちしているその全長は、優に10メートルは越えており、側で見ると威圧感が凄まじい。真っ黒な鱗は、まるで漆が塗られているかのようにつやがある。そのみずみずしさから未だに生きているのは明白だったが、それでもドラゴンはピクリとも動かなかった。


 その理由はドラゴンを中心として足下に大きく描かれた五芒星にある。これはウィギドニアの魔女にだけ伝わる高度な封印術で、地面に描いた五芒星の先端のひとつひとつに、魔力を込めた十字架状のくさび(これは効果対象の強さや、術の範囲によって大きさがかなり変わるのだが、ダークネスドラゴンを封印するために使われた楔の大きさは体躯のよいエヴァンの背丈以上あった)を打ち込むことで、中にいる者の時間を封じ込めることができるのだ。

 対象の時間を止めるなんて唯一無二の高度な魔法ではあるのだが、この封印術にはいくつかの欠点も存在した。


 ひとつは、定期的に楔に魔力の供給をしなければならないことである。しかも、この封印術に必要な魔力は膨大なので、その仕事は国の専属になるほど優秀な魔女でなければ務まらないのだ。


 そして、この術のなにより大きな欠点は、時間を止めた標的に対して、外側からは一切干渉できないことだろう。つまり、五芒星内のモンスターにとどめを刺すことができないのだ。逆に内側から外へは影響を与えるため、ダークネスドラゴンの瘴気が村に蔓延し、結果としてシーケに人々が住めなくなってしまったわけである。


 この魔法によってひとつの村が廃村となったわけだが、言い換えるなら目の前のドラゴンがまともに戦って勝てる相手ではなかったということだ。当時のウィギドニアの最大戦力を集結させたと聞くし、見た目通りの強大な敵だったのだろう。


 そんなダークネスドラゴンを封じ込めちゃったんだもんな……。


 マルティナは、母のすごさを目の当たりにして思わず生唾を飲み込んでいた。

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