違和感


 エヴァンの右腕の治療は5分もかからずに終わった。

 ここまで短時間で治療できたのは、フェリアの白魔法が的確だったのはもちろんのこと、怪我自体がたいしたものでなかったことが大きいだろう。傷口は完全にふさがり、エヴァンの右腕にはアカダイショウの牙の跡が少し残る程度だった。


「よし、これで大丈夫です。少し傷跡は残ってますけど、一週間もすれば自然と消えるはずです」


 フェリアは傷口に向けていた杖を引っ込めると、ふうっと一息ついた。


「マルちゃんがあんなにも取り乱すもんだから、どれだけ重傷者がいるのかと思ったけど、この程度でよかったよぉ」


「マルティナは慌てすぎだって。こんなの怪我したうちに入んないって言っているのに全然聞いてないんだから」


 エヴァンはそう言うと首をすくめてみせた。


 たしかに大げさだったかもしれない。自分せいでエヴァンが負傷したことに焦ってしまい、怪我の具合を客観的に見ることができなかったのだ。結果的に、エヴァンにもフェリアにも迷惑をかけてしまった。

 マルティナはふたりに呆れられてしまったと思い、がっくりと肩を落としていた。


「す、すいません……。エヴァンさんが怪我したのを初めて見たのでテンパっちゃってました。こんなことで自分を見失うなんて、冒険者として失格ですよね」


「全然そんなことないよ。マルちゃんは――」


 すかさずフェリアがフォローの言葉を口にしかけたところで、ゲラゲラと大きな笑い声がそれをかき消した。

 もちろん、笑い声の主はエヴァンである。まさに抱腹絶倒という表現がピッタリなほどに、腹を抱えて笑っていた。

 半年も一緒に旅をして、エヴァンのこういう反応にも慣れたものではある。それでもさがというやつなのだろうか。やはりツッコミをいれずにはいられなかった。


「わたしがしょげてるのに、なんで笑ってるんですか!?」


「だって、こう見えてもおれは感謝してるんだぜ。自分のこと以上に仲間の心配をする。そんな姿勢こそが、パーティーを組んで冒険する上で一番大切なことなんだなって、マルティナに教わったと思ってたからさ。それなのに冒険者失格だなんて言われちゃったら、そんなマルティナに教わったおれも冒険者失格ってことになっちまうじゃんか」


 マルティナは冒険者失格なのは自分だけだと訂正しようと口を開くも、エヴァンは「でも」と話し続ける。


「冒険者失格ってのも案外いいかもな。それって冒険者の型にはまってないって意味でもあるしさ。これから自分なりの冒険者像ってのを、おれ達で作っていけばいいよな」


 いつもそうだ。エヴァンは、こちらのネガティブな考えを、太陽みたいに明るい言葉で打ち消してしまう。

 ある意味では無責任な発言といえるのかもしれない。マイナス面は考慮せずに楽観視しているのだから。

 ただ、エヴァンの言葉には不思議と説得力があった。さらには、楽観的な発言に加え、積極的な行動が伴っているので、いつの間にかエヴァンのペースに巻き込まれてしまうのだ。

 だからこそ、マルティナは「は……はい!」と威勢のいい返事をしていた。


 そんな旧友の姿を見て、フェリアは驚いた様子でどんぐりまなこをしばたたかせる。


「……マルちゃん、変わったね」


「そ、そうでしょうか」


「うん。冒険者になって一皮むけた感じがするよぉ」


 フェリアはそう言ってくれたものの、マルティナとしてはまったく実感がなかった。それどころか、塔にこもっていた頃から自分はなんの進歩もしていないとすら思っていたのだ。


 エヴァンに引っ張られて様々な場所へと赴き、いろんな景色も見てきたが、未だにすぐに自虐を言ってしまうし、足手まといになってしまう。これでは結局のところ、エヴァンがいなければなにもできない駄魔女のままではないか。

 マルティナがそんなネガティブなことを考えているとは思っていないようで、フェリアはエヴァンへと問いかけていた。


「しかし、今更ですけど、なんかすごくないですか? ウィギドニアというこの大きな国の中で、わたしの命の恩人であるエヴァンさんと、わたしの学生時代の友達であるマルちゃんがパーティー組んでるんですから」


「たしかに。そう考えると中々に奇跡的な確率かもな」


「あーあ、なんかわたしだけ、のけ者になった気分ですよぉ。それならいっそのこと、わたしもふたりと一緒に冒険者なっちゃおうかなぁー」


「なに言ってんだよ。フェリアが冒険者になったら店はどうするのさ。この店、まだ始めたばかりなんだろ?」


「そうなんですよねぇ……」


 フェリアは残念そうにため息をつく。


 マルティナとしては、一番の友人であるフェリアが旅に同行してくれるというのならば喜ばしいことではある。ただ、彼女が学生時代から自分の店を開くことが夢だったことを知っているだけに、冗談だったとしてもそんなことを言い出したことに違和感を覚えた。


 もしかしたら店がうまくいってないのだろうか。そんな考えがよぎったものの、さすがにこんなことを当人に訊けるわけがない。

 ただ本当に経営不振だとするならば、友人としてなにかしらの力になりたかった。そうは思うものの、マルティナには経営の知識などまったくなく、どうしたらいいのかわからない。


 そんな中、エヴァンがこの旅で恒例となっていた質問をフェリアにしていた。


「そういえば、この近くに絶景ポイントってないかな?」


「ああ、たしかエヴァンさんは、世界の絶景を巡る旅をしてるんでしたよね」


「そうそう。だけどこの辺りに来たのは初めてだからさ、あんまり詳しくないんだよな」


「あれ? それじゃあ、まだ黒に染まった村には行ってないんですか? 絶景というには少々不謹慎なところかもしれませんが、マルちゃんもいるからてっきり――」


 これだ。そう思ったからこそ、マルティナは間髪入れずにこんな提案をしていた。


「なにかオススメの場所があるなら、ぜひフェリアさんが案内してくれませんか?」


 さすがに夢だった店をたたむように勧めてまで、冒険に誘うことはできなかった。それでも、近場になにか絶景があるというのならば、そこに一緒に行くことでフェリアのいい気晴らしになるのではないかと考えたのだ。

 しかし、そんなマルティナの思惑とは裏腹に、フェリアは「それは、まあ、全然構わないけど……」と戸惑った様子でその提案を受け入れるのだった。

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