旧友との再会


 ナギは小さな港町だった。

 町の中を見渡すと、海辺の近くということもあり、カビが生えにくいレンガ造りの建物が多い。味わい深いレンガの赤色と、透き通った海の青色とのコントラストが美しい綺麗な町といえた。


 絵画のような鮮やかな風景が広がる町の片隅に、エヴァンの言っていた魔女が経営する魔法雑貨店はあった。

 まだ店を始めて間もないのだろう。大きさはそれほどではないが、町に溶け込んだレンガ調の店舗は汚れのひとつもなく、一目で新築だとわかった。

 店内も同じだった。整然と並べられた魔法雑貨はどれもが綺麗に磨かれており、店主の性格が体現されている。


 ただ、店に足を踏み入れたはいいものの、肝心の店主の姿が見えない。


「あれ? お店の方がいませんね」


「店の奥にでもいるんじゃないか?」


 そう言うとエヴァンは、カウンターの向こう側へと声をかけた。


「すんませーん!」


 すると「はーい。お待たせしましたぁー」という間延びした声と共に、茶色い髪の毛をサイドテールでまとめている丸顔でぱっちりとした瞳が可愛らしい女の子が姿を現す。そして、エヴァンを見るなりどんぐりまなこを輝かせた。


「うっそぉ! 誰かと思ったらエヴァンさんじゃないですか! ようやく来てくれたんですね!」


「やあ、久しぶりだな。フェリアは元気にしてたか?」


「『元気にしてたか?』じゃないですよぉ。モンスターに襲われたところを助けてくれたお礼をしたいから是非お店に来てくれって言ったのに、1年近くも経っちゃったから忘れられたのかと思ってましたよー」


「あのときにも言ったけど、お礼はこのザックで十分だって。ていうか、話に聞くと、このザックも相当高価な物らしいじゃんか」


「なに言ってるんですか。こちらは命を救われたんですよ。そんな程度じゃ釣り合わないってもんです。この店にある物なら、いくらでも好きなの持って行っていいですよ」


「そりゃいくらなんでも悪いって。ここに置いてあるのは全部商品だろ?」


「そんなの気にしないでくださいよー。こう見えてもバリバリに稼いでるんですから。ていうか、そちらの方は――」


 ふたりがしゃべっている間に、マルティナは仰天し、呆然と立ち尽くしていた。というのもマルティナは、フェリアと呼ばれた童顔魔女のことをよく知っていたからだ。

 フェリアの方もようやく気づいたようで、マルティナを見て驚きの声をあげた。


「――マルちゃん!?」


「フェリアさん、お久しぶりです」


 マルティナが軽く手を振って再会の挨拶をすると、フェリアは駆け寄ってその手を握り、喜びを体いっぱいで表現した。


「本当に久しぶりぃ。ていうか、マルちゃんとは卒業以来一回も会ってなかったもんねー」


「わたしの方から連絡すればよかったんですけど、すいません……」


「そんなの仕方ないよ。新しい生活が始まって、お互い忙しかっただろうしさ」


「そう言ってくれると助かります……。フェリアさんは学生のころから変わらず優しいですね」


「えー、それってわたしがまったく成長してないってことぉ?」


「そんな! ち、違います。すいません、わたしみたいな駄魔女が勝手なこと言っちゃって……」


「あはは、冗談だよぉ。それにマルちゃんはダメなんかじゃないよ、自信持って」


 初対面だと思っていた女子達が、話に花を咲かせているのを見て戸惑っているのだろう。エヴァンは不思議そうな表情でふたりに尋ねた。


「えっと、ふたりは顔見知りだったのか?」


「顔見知りなんて程度じゃないですよぉ。マルちゃんとは、魔女の学校ですっごい仲良しだったんですから」


 フェリアが仲良しだったと言ってくれているように、マルティナにとっても彼女は最も仲のよい友人だった。

 伝説の魔女の娘という重たい肩書きと、それに見合わない低い成績から、クラスメイトから距離を置かれがちだったマルティナのことを、フェリアだけは気にせずに接してくれた。そして、こちらが吐く自虐に「そんなことないよ」と、いつだって励ましの言葉を返してくれたのだ。フェリアという友人がいなかったら、きっと途中で心が折れてたに違いなかった。


「わたしとマルちゃんは、学校ではいつも一緒だったんですよぉ。授業の後にふたりで補習を受けたり、並んで怒られたりしたことも、いまではいい思い出です」


 フェリアは学生生活の思い出をエヴァンに感慨深げに語ると、マルティナへと同意を求める。


「そうだよね、マルちゃん?」


「ええ。本当にフェリアさんには頭が上がりませんよ。フェリアさんは白魔法科で成績トップのエリートなのに、わたしなんかの補習に付き合ってくれてたり、わたしの魔法が暴発したときも一緒になって謝ってくれたりしたんですから。わたしが学校を卒業できたのは間違いなくフェリアさんのおかげです!」


「いやだ、マルちゃんたら。わたし達の代で白魔法専攻したのわたしだけなんだから、そりゃトップにもなるよー。そんなことよりさ、フリーの冒険者のエヴァンさんと一緒にいるってことは、マルちゃんも冒険者になったの?」


「え、ええ。まあ、分不相応かもしれませんが……」


「そんなことないよぉ。そういえば、レイちゃんも冒険者になれたって連絡あったよ。しかも、憧れていた冒険者ギルドの赤狼せきろうきばに所属できたんだってさ」


「さすが黒魔法科成績トップのレイチェルさんです。同じ冒険者とはいえ、わたしなんか足下にもおよびませんね」


 昔なじみの友人とそんなやりとりをしている内に、マルティナはなにかを忘れている気がした。


 なんだっただろうか。とても大事なことだったように思うが……。

 学生生活――のことではない。過去のことではなく、もっと最近の出来事で大事なことがあったはずだ。


 フェリア。


 魔法学校の同級生。


 専攻は白魔法。


 白魔法は治癒魔法。


 治癒というのは怪我を治すこと――


 連想ゲームみたいにひとつずつ数珠つなぎで振り返ったことで、忘れていた大事なことをようやく思い出したマルティナは、大きな声でこう言った。


「――って、昔話をしている場合じゃありませんでした! フェリアさんに治療してもらいたい人がいるんです!」

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