黒に染まった村

黒魔法と白魔法


 マルティナが落雷の塔を出てから、およそ半年ほどの月日が経過していた。

 その間にエヴァンと出会ったとき話にあがった星降る山を越え、金欠になると冒険者ギルドのフリークエストを受けて報酬を得たりして、現在ふたりはカーパの町を真っ直ぐ南下した海辺近くまで来ていた。つまりは大国ウィギドニアを大ざっぱにではあるが縦断したことになる。


 モンスターとの戦闘もこれまでに何度か経験した。基本的にはエヴァンひとりであっさり倒してしまうのだが、数が多いときなんかはマルティナも援護にまわることもあった。そのため戦闘での連携もこなれたものになっていた。

 いまも潮の香りがする草原で、五体のスライム型モンスターの群れとの戦っていたのだが、マルティナはまったく動揺することはなかった。


「エヴァンさん、後ろから魔法撃ちます!」


 そう言うとマルティナは、前方で戦っているエヴァンの背中をめがけいくつもの火の玉を連射する。もちろん、真の標的はその先にいるスライムだ。

 そんなことはエヴァンも百も承知なので、背後から迫ってくる火の玉をぎりぎりまで引きつけると、横っ飛びで回避する。

 すると、エヴァンと向き合っていた四匹のスライムに直撃した。まともに火の玉を食らったスライム達は、ジュウッという音と共に蒸発して消えてなくなってしまう。


 これで残りは一体だ。スライム側からしたら明らかに劣勢な状況であるにも関わらず、最後の一体は、仲間の仇と言わんばかりにマルティナの方へと攻め込んできた。

 その動作は思っていた以上に俊敏で、火の玉を放って迎撃を試みるも、左右に動いて的を散らされ、まったくあたらない。そして、ついにマルティナの目の前まで詰め寄った。

 それでもマルティナは安心していた。なぜなら――


「させねえっての!」


 ――スライムが魔法を避けている間に、エヴァンがマルティナの元まで戻っていたからだ。


 その後は、まさに一閃だった。エヴァンがショートソードを音もなく振り抜くと、スライムの体は真っ二つに切り裂かれる。そして、ちょうど半分になったスライムの残骸は、それぞれがどろりと溶けて地面に吸収された。


「ふう、案外手間取っちまったな。マルティナ、怪我はないか?」


 ショートソードを鞘に収めながらエヴァンは尋ねる。


「はい。おかげさまで無傷です」


「そっか。それはよかった。この辺に来たのはおれも初めてなんだけど、町の近くでも案外モンスターがいるん――」


 それは本当に突然のことだった。


 マルティナの無事を確認すると、エヴァンは安心したように笑顔をみせていた。だが、途中で言葉を切ると、不意にマルティナの肩を突き飛ばしたのだ。


「きゃっ!」


 思わず尻餅をついてしまう。勢いよく地面に打ち付けたので、臀部にかなりの衝撃が走る。

 ただ、痛さよりも驚きが上回り、マルティナは平静さを失っていた。

 いままでずっと優しかったエヴァンにいきなり暴力を振るわれたのだ。マルティナがうろたえないわけがなかった。


「す、すいません。わたしさえ足を引っ張っていなければ、もっと楽に勝てたんですよね。わたしみたいな駄魔女は本当に無力で無意味で無価値で、いっそのこと駄魔女じゃなくって無魔女とでも呼んで……」


 マルティナは自分を守るための自虐を吐き出しながらも、ズレたメガネをかけ直す。すると、クリアになった視界には驚くべき情景が映った。

 全長2メートルほどの赤い鱗の蛇が、エヴァンの右腕に牙を立ててぶら下がっていたのだ。噛みつかれている右腕からは血がダラダラと流れ出ていた。


「悪い悪い。大丈夫だったか? こいつがマルティナに向かって飛びつくのが見えたもんだから、とっさに突き飛ばしちまったや」


「エヴァンさん……それ……」


「ああ、こいつな。アカダイショウっていってウィギドニアではポピュラーな蛇だ。毒もないし、そんなに人を襲う蛇じゃないんだけど、個体によっては攻撃的な性格の奴もいるから油断はできないんだよなー」


「そんな蛇の説明なんかどうでもいいんです! エヴァンさん、血が出てるじゃないですか!」


「そりゃ、噛まれたんだから血も出るさ」


 エヴァンは笑いながらも、噛みついているアカダイショウの頭を指でつまむと、なんの躊躇いもなくキュッとつぶす。すると、うねうねと動いていた蛇の体は、しばらくしてからぴたりと動かなくなった。どうやら絶命したようだ。

 それを確認してから、エヴァンはようやく自分に突き刺さった牙を上あごから順に抜いた。毒はないということだったが(そもそもエヴァンは毒などの状態異常に耐性があるのだが)、その傷は痛々しかった。エヴァンの日に焼けた太い腕にはアカダイショウの歯形がくっきりと残っており、牙という栓が抜けて血がさらにあふれ出してきたのだ。


 ショックだった。

 エヴァンが怪我をしているのを見たのは初めてだったからだ。しかも、自分を庇ったせいで怪我を負ったのだから、マルティナは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「本当にすいません、わたしなんかのせいで……」


 謝罪の言葉を口にしながらも、マルティナは急いで怪我の手当てをおこなう。しかし、動転しているためか中々うまいこと包帯が巻けない。


「うう、なんでわたしってこんなに不器用なんだろう……。応急処置もろくにできないなんて、本当に存在価値もないですよね。こんなことなら黒魔法じゃなくって白魔法を専攻していればよかったです」


 エヴァンはいつも通り自虐は聞き流して、マルティナへと尋ねる。


「白魔法って治癒魔法のことだっけ?」


「ええ。魔女は回復や補助重視の白か、攻撃重視の黒のどちらかを選んで魔法を覚えるんです。でも白魔法は聖職者クレリックの方々でも習得できる魔法なので、だいたいの魔女は黒魔法を専攻するんですけどね」


「ふーん……」


 右腕を包帯で必要以上にぐるぐるに巻かれながらも、エヴァンはなにかを思い出したようで「そういえば」と背中のザックをあごでさした。


「けっこう前に話した、こいつをくれた魔女の子。攻撃魔法が使えないって言ってたから、あの子は白魔法を専攻していたってことなんだろうな」


「本当ですか!?」


 エヴァンの言葉にマルティナは飛び上がって喜ぶ。まさに渡りに船の状況だと思ったからだ。


「たしかエヴァンさんの話では、ちょうどこの近くのナギって町で魔法商店を経営しているってことでしたよね! それなら、すぐに行って治療してもらいましょう!」


「治療って、そんなたいした傷じゃ――」


 エヴァンがなにか言っていたが、マルティナの耳には入っていなかった。とにかく一刻でも早くこの怪我を治さなければと思っていたのだ。

 こうしてふたりは、初めてマルティナが先導するかたちでナギへと向かうのだった。

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