冒険の醍醐味
見渡す限りの赤土。ただそれだけ。
カラサ荒野は噂通り、なにもない場所だった。
マルティナは、そんな荒野を歩きながらもエヴァンに尋ねた。
「こんな場所に本当に蛍なんかいるんですかね? 店主さんも泉の正確な場所はわからないって言ってましたし、わたしちょっと不安です」
「ん? マルティナは道具屋の店主が言ってたことを信じてないのか?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど……」
そう否定したものの、正直なところ半信半疑だった。カラサ荒野は思っていた以上の乾燥地帯で、こんな場所に泉が湧いているなんてふつうに考えたらあり得ない。
それに、人が良さそうに見えたが、あの店主だって商売人なのだ。商品を買わせるために方便を使ったという可能性だってあるだろう。
現に蛍の話を聞いたエヴァンは、情報料代わりにブランド物の方位磁石を買ってしまったのだ。もし、すべてが店主の作り話だったとしたら、これほどのカモはいないといえる。
ただ、そうは思っていても、マルティナはそのことを口にすることはできなかった。人知れぬ絶景のことを教えてもらい、エヴァンの目がキラキラと輝いていたためである。信じ切っている人間に疑いの芽を植え付けるのは無粋に思えたのだ。
しかし、そんなマルティナの考えを裏切るかのように、エヴァンはこんなことを言い出した。
「まあ、常識的にはあり得ないよな、カラサ荒野の中にオアシスがあるなんてさ。しかも、店主が言っていた赤い光を放つ蛍っていうのは、ウィギドニアの固有種である
「……意外です。エヴァンさんは、店主さんの話をまるっきり信じているものだと思っていました」
「いや、信じてるよ」
エヴァンはきっぱりと言い切る。直前の発言を翻しているかのように感じ、マルティナは思わず喜劇のように前のめりになってよろけてしまった。
「いやいや、どっちなんですか! さっき自分からあり得ないって言ったばか
りじゃないですか!」
「でたね、マルティナの十八番のキレのあるツッコミ!」
「それはエヴァンさんがおかしなことばかり言うからじゃないですかぁ……」
むくれるマルティナに対し、エヴァンはぷっと吹き出す始末だ。しかし、ひとしきり笑い終えると、その顔は真剣な面持ちへと変わっていた。
「真面目な話をすると、あり得ないっていうのはあくまでも常識的にってこと。冒険者的には、絶景があると聞いたらそれが見つかるまで信じるよ。だって考えてもみてみなって。例え嘘や幻だったとしても、その絶景を想像して探すだけでわくわくするだろ? そのわくわくこそが冒険の醍醐味だとおれは思うんだよね」
ああ、なんでこの人はこんなにも物事をいい方向へと見ることができるんだろう。しかも、単に楽観視しているだけではない。彼の口から発されるポジティブな発言は、周囲の心に響く不思議な説得力もあるのだ。
だからこそ、陰でうじうじしている人間だって、自然と感化されてしまう。エヴァンはまるで太陽みたいな人だといえるだろう。
マルティナは、エヴァンが落雷の塔から自分を連れ出してくれたときのことを思い出していた。
「それは――すごくわかる気がします。わたしみたいな臆病者でさえも、初めてエヴァンさんに出会ったとき、いろいろな絶景の話を聞いてわくわくしましたから。そして、無謀ながらも、この目でそれらを見てみたいと思ったからこそ、塔を出てみることにしたんです」
そう。たしかにエヴァンの言うことは共感できるのだ。ただひとつのことを除いては。
ツッコミ気質というわけでは断じてないのだが、そのことだけはどうしても訂正せずにはいられなかった。
「でも、それって冒険者的っていうよりも、エヴァンさん的な話ですよね!? まるでエヴァンさん以外の冒険者も含めた総意みたいな感じで話してましたけど、わたしが暮らしていた塔を最初に踏破したのがエヴァンさんじゃなかったら、多分いまでもわたしは塔に引きこもったままで、世界の絶景を見て回ろうなんて考えもしなかったはずですよ! だから……その……あ、ありがとうございます」
マルティナはぺこりとお辞儀をする。自虐や謝罪以外で頭をさげたのは、ずいぶんと久しぶりのような気がした。
そもそも感謝を告げるつもりではなかったのだ。ただ、エヴァンの考えは冒険者というくくりには収まらないということを指摘したかっただけなのに、流れで自然と「ありがとう」と口にしていた。だからこそ、その感謝の言葉は嘘偽りのない本心だったとといえよう。
それなのにエヴァンは一瞬だけ驚いたように目を丸くした後、すぐに開けっぴろげに笑い出した。
「な、なんで笑うんですか!?」
「いや、だってさ、マルティナのお得意のツッコミかと思ったら、まさかの『ありがとう』なんだもん。おれ、マルティナのそういうところ好きだわ」
不意に「好きだ」なんて言われ、マルティナの顔は茹で蛸のように真っ赤になっていた。
ただ、この好きという言葉は恋愛とかそういった意味合いのものではないだろう。エヴァンは自分みたいなちんちくりんのことなど、そんな対象では見ていないに決まっている。なのにひとりで勝手に照れているなんて滑稽じゃないか。
「も、もう知りません!」
気恥ずかしさもあり、マルティナは再びふくれっ面をしながらも話を絶景探索の方へと戻す。
「それで、今回はどのくらいの期間をかけて蛍を探すんですか?」
「見つかるまで信じるとはいえ、あるかないか定かじゃない絶景のために、ずっとカラサ荒野にとどまっているわけにはいかないからな。この中の水と食料がなくなるまでが期限ってことになるだろうな」
そう言って背中に背負っているザックをマルティナに見せつける。カラサ荒野に入る前にカーパの町で一週間分の水と食料を購入し、その中に詰め込んだはずなのに、ザックの体積は出会った当初とまるで変わっていなかった。
しかし、その理由はすでにわかっていたので、驚くこともなくマルティナはエヴァンに尋ねる。
「そういえば、そのザックって魔法道具ですよね?」
「おお、気づいてた?」
「ええ。いくらわたしが駄魔女でも、魔力を感じ取るくらいはできますから。……空間魔法がかかっているから、ザックの中は見た目以上に荷物が入るんですよね?」
「そうそう。これをもらってから冒険がずいぶん楽になったよ。長旅を続けていると、荷物のかさばりは常に直面する問題だったからな」
「へえ、もらったんですか」
意外だった。というのも魔法道具は高価な物がほとんどだからだ。このザックも、おそらくウィギドニアの平均月収の3倍ほどの価値はあるだろうと推測できる。
「半年ぐらい前だったかな。若い魔女の子がモンスターに襲われてて、それを助けたらお礼にくれたんだよね。たしかウィギドニアの南端にあるナギって港町で、魔法商品を取り扱う雑貨店を始めるって言ってたから、近くを通ることになったら店に寄ろうと思ってるんだ」
「そうなんですか……」
命の恩人に謝礼として高価な物をプレゼントする。
きわめて自然なことだ。それなのに、嬉しそうに話すエヴァンの顔を見て、マルティナはなぜだか胸がもやもやしていた。
「それじゃあ、これからそのザックの中の一週間分の食料が尽きるまで、張り切って蛍を探しましょうね!」
マルティナは、今度は気恥ずかしさからではなく、そのもやもやを晴らすために話を絶景探しへと戻すのだった。
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