宇宙から空を見上げる
洞窟内は湿気が多かった。どこかで水がわき出ているのか地面も少し湿っている。ごつごつと歩きにくい岩場であることも相まって、マルティナは幾度となく足を滑らせたが、その都度エヴァンが倒れないようにと引き寄せてくれた。
いたってありふれた洞窟。それが足を踏み入れての感想だった。この先にどんな絶景ポイントがあるのか見当もつかない。
と、不意にエヴァンの足がピタリと止まった。
「よし到着っと」
どうやら目的の場所についたようだ。しかし、ランタンに照らされているその場所は、入り口から続いている岩肌が見えるだけである。
「それじゃあ、いくぞ」
行くぞ? いま到着を宣言したばかりではないか。それなのにこれ以上どこに行くというのだろう。
エヴァンの言葉の意味がわからずマルティナは困惑していた。しかも、その後のエヴァンの行動が予想外すぎたのでさらに混乱してしまう。
なんと唯一の光源であるはずのランタンの火に、ふうっと息を吹きかけて消してしまったのだ。
「な、なにやってるんですか!? これじゃあ真っ暗でなにも見えなく――」
――ならなかった。頭の上から青白い光が降り注ぎ、周囲を照らしてくれたのだ。足下までは届かないほのかな光ではあったが、隣にいるエヴァンの笑顔ははっきりと認識できた。
蒼天の洞窟。その異名を思い出したマルティナは、すぐさま頭上を見上げる。
――一瞬、本当に青空のように見えた。そう錯覚してしまうほどに青い光が一面に広がっていたのだ。
ただ、すぐにこれが本物の青空ではなく、洞窟の天井が発光しているのだと気づく。天井全体にびっしりとなにかがくっついており、そのなにかが青く光り輝いていたのだ。
「綺麗……」
その幻想的な光景にマルティナは目を奪われてしまう。けして強い明かりではないのだが、ずっと見ていると胸の内がぽかぽかと暖かくなってくる不思議な光だった。
「アオヒカリゴケ」
ぽつりと聞こえたエヴァンの一言に、マルティナは我に返り、まったく同じ言葉で尋ね返す。
「アオヒカリゴケ?」
「そう。それが天井で光っているものの正体さ。そもそもヒカリゴケっていう暗闇でエメラルド色に光る種類のコケがあるんだけど、これはそのサファイア色のバージョンって感じかな。広大な国土を誇るウィギドニアでも、この場所でしか自生していない希少な植物なんだ」
「植物ってことは、この青白く光っているひとつひとつが生きているってことなんですね。しかも、かつてこの一帯の草木を飲み込んでしまった溶岩に、こうして別の植物が命を根ざしていると考えると、すごく神秘的に見えます……」
驚きだった。自然界で生まれながらにこんな輝きを放つ植物があるなんて、考えたこともなかったし、塔にこもったままだったら知らないままだっただろう。
正直、ここにたどり着くまで塔を出たことを何度か後悔した。くたくたになるほど歩き続け、エヴァンの足を引っ張るばかりでなんの役にも立てず、やはり自分には冒険なんて分不相応だと思っていた。
だけど、こうして蒼天の洞窟と呼ばれる由縁を目の当たりにして、もっと世界の絶景を見てみたいという欲求が膨れあがっていた。
「どうだい? 蒼天の洞窟は?」
ふとエヴァンに感想を求められ、マルティナは自分が思ったことを素直に言葉にしていた。
「なんだろう……。うまく言えないんですけど、宇宙から空を見上げているような、すごい不思議な感覚です」
「宇宙から空を見上げるか……」
「あ、いや、とんちんかんなこと言ってますよね、わたし。本当にわたしって無知だから、こういうことを言葉にするのも下手で……」
「そんなことないさ」
自虐を口にしようとしたマルティナに、エヴァンは首を振って否定する。
「宇宙から空を見上げるなんて詩的で素敵な表現じゃん。少なくとも、どんなに頭を捻ってもおれには出せない感想だからね。新しい考え方を教えてくれて、ありがとな」
「ど、どういたしまして……」
自分では意味不明なことを言ってしまったと恥じていただけに、エヴァンの反応にマルティナは戸惑ってしまう。だけど、感謝の言葉をもらい、こんな自分でもようやく役に立てたのだと同時に嬉しくも感じていた。
そんな複雑な感情を抱いてると、エヴァンはマルティナをさらにこんがらがらせるようなことを言い出す。
「それから改めて思ったよ。マルティナに手帳を見せなくてよかったって」
「え? それってどういう意味ですか?」
てっきりパーティーメンバーとして信頼されてないから、手帳を見せてくれないのだと思っていた。しかし、エヴァンには違う思惑があったようだ。
「だってさ、余計な予備知識なんかないまま、この景色を見せたかったから」
エヴァンはそう言うと、天井のアオヒカリゴケを見て眩しそうに目を細める。
「……マルティナは無知ということをさも悪いことかのように言ってたよな? でも、おれは違うと思う。知らないってことは、これから知れるってことでもあるんだよ。知らないことが多ければ多いほど、これから新鮮で純粋な体験ができるってことじゃん。多分、おれの手帳を先に見てたら、そこに書いてある文字に影響されちゃって、さっきみたいな素直な感想は出てこなかったんじゃないかな」
目から鱗が落ちた気分だった。
マルティナからしてみれば無知なことなど汚点でしかなかった。それなのに、エヴァンはこんなにも好意的にとらえてくれたのだ。
どんな欠点でも見方を変えればプラスにもなり得る。エヴァンに、そう教えられた気がした。
この人と一緒に冒険していれば、もしかしたら自分も生まれ変われるんじゃないだろうか。こんなネガティブでどうしようもない性格も、少しは前向きになれるかもしれない。
そんなことを考えながら、マルティナは青く照らされたエヴァンの横顔を眺めていた。
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