香ばしい目覚め
翌朝、マルティナは香ばしいにおいで目が覚めた。
「おはよう、マルティナ」
側に置かれていたメガネをかけ、においがする方を見やると、焚き火でなにかを焼いているエヴァンが爽やかな笑顔を向けてきた。
マルティナは上半身を起こすと、自分の体が昨晩エヴァンが使っていたはずの寝袋に包まれていることに気づく。そして、自分が見張りの途中で眠ってしまったこともはたと思い出していた。
「ご、ごめんなさい!」
マルティナが慌てて寝袋から這い出て謝罪の言葉を口にすると、エヴァンはおかしそうにゲラゲラと声をあげて笑った。
「マルティナは相当寝ぼけてるみたいだな。朝の挨拶はふつう『おはよう』だろ?」
「あ、いや、だって――」
「そうそう。昨晩、寝てる間にイノシシ型モンスターが2匹ほど襲ってきたから、返り討ちにして1匹は仕留めてやったんだ。つーわけで、今朝の朝食は豪華にシシ肉のステーキだぜ」
そう言うとエヴァンは、串に刺さっているこんがりと焼かれた肉を誇らしげにみせつける。
なるほど。香ばしいにおいの正体はこれだったわけだ。たしかに豪勢な食事だといえよう。
しかし、マルティナは素直に喜ぶことはできなかった。自分が見張りをするはずだった時間にイノシシ型のモンスターが攻め入ったのだ。しかも、焚き火や聖水を撒いておいたのにもかかわらず襲ってきたということは、そのイノシシは相当強いモンスターだったはずだ。つまりマルティナは、見張りをして役に立つどころか、モンスターの襲来にも気づかず、エヴァンが戦っている間もグースカと眠りこけていたわけである。
言い訳もしようがない自分の失態に、マルティナは改めて謝罪の言葉を口にした。
「わたし……、ほんっとうにごめんなさい!」
しかし、エヴァンはきょとんとした顔で小首をかしげた。
「マルティナはさっきからなにを謝ってるんだ?」
これには逆にマルティナの方が驚かされた。最初はエヴァンが嫌味でわからない振りをしているものだと思っていたのだが、その表情から察するに本当になんで謝っているのかを理解していないようだったのだ。
仕方がないので、マルティナはなんで自分が謝るに至ったのかを懇切丁寧に説明することにした。
「だって、わたしは昨日『魔女は夜が得意なんです』とか大見得を切って自ら見張りを志願したんですよ? それなのに途中で寝ちゃったわけで……しかも、その間にモンスターが襲ってきたっていうじゃありませんか。わたしは昨日からエヴァンさんに迷惑かけてばかりだから、本当に申し訳なくて……」
「んー?」
恥を忍んで自分の失態を振り返ったというのに、エヴァンはピンときていない様子だ。それどころか、刈り上げられた金髪をポリポリと掻きながら、面倒くさそうに反論をしてきた。
「ていうかさ、結果的にはモンスターも撃退できて被害もないんだから、なんの問題もないだろ。昨日もマルティナは火が出せなかったことを謝ってたけど、それも同じだって。結果としてマッチを使って薪に火をつけられたんだから、謝る必要性なんかないじゃん」
「それは……そうかもしれませんが……」
「だろ? じゃあ、もうその話は終わりな。いい感じに肉が焼けたから飯にしようぜ」
「は……はい……」
ものの見事に言いくるめられてしまったが釈然としなかった。エヴァンは最終的には問題なかったのだから気に病む必要はないと言ってくれているが、やはりマルティナとしては役に立てないのでは自分に存在価値がないと思ってしまうのだ。
とはいえ、役に立とうとなにかしらの行動を起こしたところで空回りばかり。そんな現状をどうやったら打破できるか、マルティナには思いつけなかった。
やきもきしながらも渡されたシシ肉をぱくりと頬張る。
寝起き直後で口にするには重たい朝食であったが、それ以上に役立たずの自分には食事をとる資格がないのではないかと思ってしまい、せっかくエヴァンが焼いてくれたシシ肉もマルティナはあまり食べることができなかった。
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