蒼天の洞窟

いきなりの登山


 ウィギドニアは、大陸の四分の一をも領する大国なので、場所によって気候や地質も様々だ。


 北には険しい山々があり、標高が高い所では四六時中雪が積もっている。そのふもとの町々では農業や狩りで生計を立てている人が多く、特にそこで育った牛の乳から作られるチーズは絶品で、ウィギドニア全土に配送されているほどに有名だ。


 東の方は全体的に密林地帯になっているため、自然が豊富でモンスターの数や種類も一番多い。未開の地や、古代の遺跡もあり、腕利きの冒険者は東を目指す傾向にある。


 南は海に面しており、1年を通して穏やかな気候なので、たくさんの人々が住み着いている場所だ。首都のマドベルも国の南側にあり「人恋しいなら南を向け」ということわざがウィギドニアにはあるほど南の方は栄えている。


 西側の一部には隣国であるローズダムの国境まで荒野が続いている箇所があり、見渡す限り赤銅色の荒れ地が広がっている。地質の関係から水源がほとんどなく、草木も育たないので、広大な領土を誇るウィギドニアの中でも、人間やモンスター問わず生物が最も少ない場所だといえよう。


 ただ、これらはあくまでも広い国土を東西南北で大ざっぱに分けたらという話だ。南にも人が少ない村だって多くあるし、西側にも自然豊かな場所は少なくない。

 現にマルティナが建てた落雷の塔は、四分割するならば国の西側に存するが、周辺はのどかな草原が続いているし、少し北に向かえばキエイ山というこの辺りでも頭ひとつ高い山がある。


 ――そんなキエイ山をマルティナは息を切らせながらのぼっていた。


「はあ、はあ……、あ、あのぉ、エヴァンさん……」


「ん? どうしかしたか?」


 先導していたエヴァンが振り返る。道なき道をショートソード一本で切り開いて歩いているため、こちらよりもよっぽど体力を消耗しているはずなのに、その額には汗のひとつもかいていない。


「す、すいません……こんなことを言うのは心苦しいのですが、わたし、ちょっと疲れてしまったんですけど」


「あー、そうだよな。塔を出てから、いままでずっと歩きっぱなしだったもんな。それじゃあ、ここら辺で少し休憩でもしよっか」


 そう言うとエヴァンは地べたに腰をおろした。


「ほら、マルティナもすわんなよ」


 普段なら地べたに座るなんてことはしない。潔癖というわけではないのだが、いつも周囲の目線を気にしていたマルティナにとって、はしたない真似を進んですることはあり得ないことだったのだ。

 しかし、生まれて初めてこんなにも歩いたので足が棒になっていた。そのため、はしたないなんて頭によぎる余裕もなく、エヴァンに言われた通りへなへなとその場に座り込んでいた。


「助かりました……。だけど、本当にこんな獣道しかないような山の中に蒼天の洞窟があるんですか?」


「ああ、もちろんさ。2年ほど前になるけど、一度だけおれも行ったことがあるんだから間違いないよ」


「それならいいんですけど……」


 エヴァンは落雷の塔を出た直後に、せっかくだからこの辺りで一番近い絶景スポットにこのまま向かおうと、マルティナをキエイ山にまで案内していたのだ。胸を躍らせて塔から外へと出たのはいいが、こんなにもくたくたになるまで歩かされるとは思ってもおらず、マルティナは今更ながら塔を出たことを少しだけ後悔していた。


「エヴァンさんの話では蒼天の洞窟は日帰りで行ける距離だってことでしたけど、本当なんですか? もうすぐ夕方になっちゃいますけど」


「ああ、そのことだけど、多分日帰りは無理だ」


「え?」


 言っている意味が瞬間的にはわからなかったマルティナは、目をぱちくりさせながらエヴァンを見返す。


「日帰りが無理って……この近くに宿泊できるところでもあるんですか?」


「ははは、こんな山奥にそんな施設あるわけないだろ。野営をするんだよ」


「野営って……野宿ってことですか!?」


 そりゃもちろん、冒険をするからにはいつか野宿もすることになるだろうと覚悟はしていた。しかし、まさか初日からとはまったくの予想外である。


「ごめんごめん。自分だけのペースで計算してたおれのミスだ。おれもパーティー組んだの初めてだったからさ、ちょっと浮き足立ってたのかもな」


 そんなエヴァンの言葉を聞き、マルティナははっとした。


 そうか。自分が足を引っ張ってたんだ。こんな体力のない駄魔女をパーティーに加えたばかりに、エヴァンは歩くペースを落とさざるを得なかったんだ。

 自分のせいだと気づいたことで、とたんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。そうなると、次にマルティナの口から出たのは、必然的にいつもの自虐だった。


「そうですよね……。わたしみたいな足手まといがいたから、計算が合わなくなっちゃったんですよね。わたしってどうしようもない役立たずの愚図ですよね……。本当にすいません。わたしのことなんか、ミジンコ魔女もどきのマルティナ――略してM4エムフォーとでも呼んでください」


 しかしというか、やはりというか、そんな自虐を聞いても、エヴァンはマルティナを慰めることも励ますこともしなかった。それどころか吹き出して笑い出す始末だ。


「なんで笑ってるんですか!?」


「だってさ、おれの方が先に謝ってるのに、マルティナも謝っちゃうんだもん。これじゃあふたりとも謝り続けてきりがなくなっちゃうだろ」


「でも、それはそもそもわたしが駄魔女なのが――」


「オーケー、オーケー。それじゃあどちらも悪かったってことで、謝るのはもう終了な」


 卑下を続けようとするマルティナをぴしゃりとさえぎると、エヴァンは悪戯っぽい笑みを浮かべる。


「その代わり、野宿になっても我慢してくれよ」


「はい! ……で、でも、なるべくそうならないように、わたしペースアップして頑張りますから!」


 そう言うと、マルティナは休憩を終えるために力強く立ち上がった。

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