マルティナの半生


 この世界で魔女はそこまで珍しい存在ではない。

 各冒険者ギルドに行けば、すぐに何人かの魔女と出会うことができるし、大きな街なら魔法用品を販売している魔女が簡単に見つかる。国のお抱えの魔女なんてのもいるくらいだ。

 ただ、珍しい存在では決してないのだが、誰もがなれる存在というわけでもなかった。


 というのも、魔女というのは完全なる世襲制なのである。魔女の母親から生まれた娘でなければ、体内に魔力は宿ることはなく、魔女として魔法を使うことができないのだ。


 ウィギドニアには引退した魔女達が身を寄せて暮らす魔女の町という場所があるのだが、マルティナの生まれもそこだった。

 当然その町で生まれた女児は全員魔女の素質を持っている。そのため魔女の町には、現役の魔女が教える魔女になるための学校というものが存在した。

 そんな特別な学校では、一番最初にこんなことを教わる。


 ――魔女は恋をしてはいけない。


 これには理由があった。どういう原理かは解明されていないのだが、魔女は男性に恋をし、肉体関係を結ぶと、体内の魔力が枯渇してしまい、魔法が一切使えなくなってしまうのだ。

 そのため、8歳で学校に入学してからの10年間、生徒達は歳の近い男子とほとんど接することなく過ごす。思春期の遊びたい盛りに、異性交遊を禁じられたシビアな環境下で魔法の基礎をみっちりとたたき込まれるのだ。


 そんな魔女の学校に入学した当初、誰しもがマルティナに期待の眼差しを向けていた。

 それは彼女の血筋が原因だった。マルティナの母はウィギドニアを代表する伝説の魔女だったのだ。

 名前はグレンダ。炎系の魔法が得意で、彼女の名前を知らない魔女などいないといわれているほど有名な魔女である。そんな伝説の魔女も、ひとりの男性と恋をし、家庭を築き、マルティナを生んだことにより、いまではどこにでもいる主婦として暮らしていた。つまりマルティナは、現役の魔女だったころのグレンダの生まれ変わりとして皆から期待されていたのだ。


 マルティナも入学したてのころは偉大な母の顔に泥を塗ってはいけないと奮起し、周囲の期待に応えようと頑張っていた。

 だが、その頑張りは空回りすることが多く、授業中は失敗してばかりだった。学校の成績は振るわず、実技試験のときなんかは魔法が暴発して校舎に火をつけてしまい、ぼや騒ぎにまでなったことまである。


 マルティナに魔女の才能がなかったというわけではない。実際のところ彼女の魔力は母親を凌ぐほど強大なものだった。しかし、生来のあがり症であったマルティナは、人の目――それも期待が込められた眼差しがあると、どうしても緊張してしまい、頭も回らず、魔法の加減がうまくできなくなってしまうのだ。


 とはいえ、どんな言い訳をしたところで失敗は失敗である。そうした失敗を積み上げる内に、周りの態度も変わっていってしまった。期待の新入生が一転して落ちこぼれと化したため、マルティナはクラスメイト達から馬鹿にされ、笑い物にされるようになってしまったのだ。


 期待に応えられないのは苦しかった。


 自分が失敗することで母親の名誉が傷つくことが精神的にきつかった。


 クラスメイト達から嘲笑されるたびに胸がふさがった。


 そんなつらい日々を送る中、マルティナは心の負担を和らげる方法を編み出していた。


 ――自虐である。


 期待に応えられないなら、はなから期待させないようにハードルを下げておけばいいんじゃないか。そんな考えから始まった自虐であったが、マルティナの予想以上の効果をもたらした。

 弱音を吐いてる人間に対して否定的なことを言える人というのはあまり多くないようで、自虐を口にするようになってから馬鹿にされることはほとんどなくなったのだ。それどころか、クラスメイトの中から「そんなことないよ」と慰めてくれたり「自信を持って」と励ましてくれたりする人が現れるようになっていた。


 嬉しかった。学校に通うようになってから辛辣なことばかり言われていたので、救われた気分だった。


 こうしてマルティナにとって自虐は、他人から批判されないための盾となったのだ。

 そんな心強い防具を手に入れてから、マルティナの学生生活は以前よりはだいぶマシなものになっていた。自虐のおかげで失敗も少しは減り、途中で心が折れることなく無事に学校を卒業することができたのだ。


 しかし、それに伴って問題が生じることになる。


 言葉とは不思議なもので、自虐を言い続けている内に、マルティナの性格はどんどん本当にネガティブなものになってしまったのだ。

 そんなマルティナに追い打ちをかけたのが魔女の町の掟だった。


 ――魔女の学校を卒業した者は、町を出て独り立ちをしなければならない。


 同学年の卒業生達は「あたしはウィギドニアで一番大きな冒険者ギルドの『赤狼せきろうきば』で有名な冒険者になってみせるわ!」と息巻いていたり「わたしはずっと自分のお店を出すことが憧れだったし、どこか小さな町でいいから魔法雑貨を売る店でも開けたらいいなぁ」と自分の夢を語っていたり、各々がこれからの将来に希望を抱いていた。


 元クラスメイト達が己の道を歩んでいくものの、マルティナは自分がどうすればいいかさっぱりわからなかった。


 冒険者を目指したところで、学校で落ちこぼれの魔女では無理に決まっている。かといって、店を開くにしても、こんな可愛げもないブスが店主ではお客なんか来るわけがない。


 そんなことを考え出したら、すべてが嫌で逃げ出したくなっていた。


 そもそもなにかに挑戦したところで、いつものように失敗するに決まっているんだ。失敗してまた誰かに否定されるくらいなら、最初からなにもしないほうがいいじゃないか。


 考えれば考えるほど気持ちが鬱屈としていく。とはいえ、魔女の町に戻るわけにもいかない。戻れば、それこそ町中から馬鹿にされるのは目にみえていた。

 誰からも批判されたくないからどこにも行きたくない。しかし自分の故郷に戻ることも出来ない。そんな八方塞がりな状況の中、ふと名案を思いつく。


 ――そうだ。塔を建てよう。うんと高い塔を。念のために塔に罠をいっぱい仕掛けて、誰ものぼってこれないようにしよう。そこでひっそりと暮らすんだ。そうすれば誰からも批判されずにすむじゃないか。


 こうしてマルティナはのちに落雷の塔と呼ばれる塔を自ら建て、そこを住まいとし、引きこもり生活を送るようになったのだった。

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