第11話「クラーケンとファイヤーボール」

 僕は今岬の上に立っている、後ろには女神と近くの漁村の娘、更にその奥にその漁村の人々、年寄りも子供も母に抱かれた赤子あかごもいる。


「悪いねイカくん、今日は僕も少しだけ本気出すよ」

 その日の僕は切羽詰まっていた、後がないとか、背水の陣とか言い方はいろいろだが取りあえずこの身に危険が迫っていた。


「ウインドウ、火の魔法、Lv1、詠唱有り」

 僕は目の前の空間に[ロード・オブ・マジックスクロール]のサポートウインドウを開き呪文を選択した。


「ちょっと避けてね」

 ウインドウ画面を左に避け、詠唱を確認しつつ右手人差し指で小さな五芒星を半時計回りに一筆書きで刻む、そして時計回りに円を絵描えがいた、魔方陣である。



トクン!



 僕の胸の中にある[魔法主まほうしゅの書][ロード・オブ・マジックスクロール]が僕にこたえ脈打つ。


 僕の絵描いた赤く小さな光、手書きの魔方陣は[]のサポートで息ずくあまたの紋様をその中に浮き出させて、呪文をよこせと術者の僕に迫った。


スゥ…


「小さな小さな炎の子達、僕と一緒に遊ぼうか?どんな遊びがいいだろう?どんなに熱くていいだろう?最初は小さなたまがいい、クルクル回ってこの指びとまれ」

 [スクロール]には童謡の様な呪文の詠唱が書かれていた、それは幼い魔法使いが精霊達と仲良くなる為の遊び歌、小さく弱い初心者向けの初級呪文。


 僕は小さな声で静に呪文を唱える。



「……ファイヤーボール」



***



 物語の時間を少しを遡る。



「イヤですよかほこさん温泉ルートなんて」

 現在、9千億のステータスと2000年魔女が集めた魔法を持ち破壊神の息子だった事が発覚したチート勇者[伊勢いせカイ]はショートソードを腰に下げ小さな漁村[岬村漁港みさきむらぎょこう]へと来ていた。


 そしてここは村に在る唯一の酒場、ちなみに僕はを飲んでいる、そして漁もせずに昼間から呑んでる漁村の男どもは何が珍しいのか僕の方をチラチラ見て来る、酒場の中央には初夏だと言うのにストーブが焚いてありそれは海で冷えた体を暖めるものだと店主の男が言って居た(僕のスルメもここで焼いたセルフサービスのもので結構楽しかった♪)。


「でも面倒な伏線はチャッチャッと回収致しましたし、ここはのんびり温泉旅を致しましょうですの♪」

 最近ハレンチ極まりないこのストーカー駄女神[溺愛神できあいしんかほこ]は温泉ルートに固執していた。


 ここ[岬村漁港]からの道は大きく2つに別れる。


 1つめは、漁船を借り受け大きなカルデラの内海うちうみ[竜の目玉]を渡り、半島の先に在る聖都[アシステッド]へ向かう最短ルート。


 2つめは、陸路で海を迂回し同じく聖都[アシステッド]へ向かうのんびりルートである。


「どのみちアシステッドに向かうのですから安全で温泉のある陸路で参りましょうですの」

 温泉回の打算が見えすぎて怖いわ!


「いいですか、かほこさん、僕も作者もレイティングを変える予定はないですからね!」

 不味い事になった、本来ならこの溺愛女神にクルーザーでも巡洋艦クルーザーでも出させて向こう岸へと行きたいところだが何せ迂回路には温泉が在る。


「あのハレンチストーカー駄女神が温泉回を逃す筈がない…」

 僕は最悪の事態[性表現有り]のレイティングをこの小説につけるよりましとばかりに「手こぎボートでデートでも」とか言ってこの欲望のままに生きる女神様を説得出来ないものかと考える。


「あんた船がいんのかい?おれが出してやろうか?」

 そこには浅黒く日に焼けた若い女がいた、勇者はふとその手に気づく、若い女性にしては随分と肉厚で皮の固そうな手だ。


「おれはこの岬村漁港で漁師をやってる[大漁旗たいりょうばたウオコ]ってんだ」

 勇者は自分の事を棚に上げて凄い名前の人出して来たな作者はと思いつつ[おれっ]キャラのご登場に打開策クエストの匂いを感じ取った。



「これはフラグ立ったな」

 僕はこのRPG的展開に迷子の物語が当初のレールに戻ったと感じた。



「フラグ?なんだそりゃ?」

 彼女は「フン」と僕を見下すが女神と僕のショートソードを見直してから僕に近づき耳打ちした。


「あんた、始まりの村に現れたって言う[山砕きの勇者様]だろ」

 僕には彼女の名前のに勝るとも劣らないおかしな称号がついていた、作者がチンタラやっている間に噂が僕等を追い越し広まったらしい。


 そして僕は立ち上がり彼女に言った。


「僕、勇者、ウオコさん、僕、困ってる、船、出して、お願い、レイティング、大変」

 人はわらにもすがる時には言語が単純化するらしい……。


「ああ…」

 彼女は少し可愛そうな人を見るように僕を見つめたのち話を始めた。


「単純な話さ勇者様、あんたに巨大イカ[クラーケン]を倒して欲しい、その代わりおれ等に払えるもんなら何でもくれてやる!」

 酒場にいた男共の目付きが変わる、どうやら僕をチラ見してたのはこの話をするタイミングを探していたからのようだ。


「クラーケンって…」

 僕はココアの魚[スルメ]を見つめる。


「ああそうだ、本来なら内海の中心部に居るバカデカイカヤローがどう言う訳だかおれ等の漁場、カルデラ輪部の海岸線に顔を出しやがったんだ」

 どうやら彼女の話では遠くの深海に潜む単水路25メートルプールはあろうかってクラーケン1が村近くの浅い海まで来て漁船を襲い漁が出来なくなったと言うのだ。


「海の中から攻撃喰らうのか……」

 僕は少し考える。


「やっぱり勇者様でも駄目なのか?それとも山を吹き飛ばしたってのは話に尾ひれがついてたのか?おれ等に協力出来る事が在るなら言ってくれ協力すっからよ!おれ等は神様にも一生懸命祈ったし他の道が無いかも探った、でもおれ等にはここしかねんだ…漁師しか出来ないんだよ……」

 そう言ったあと彼女は希望を失った様に暗くなり悲しそうな顔で僕を見つめた、彼女達にとって僕が、勇者だけが希望の光だった。


「……?え?あ?いや、あの…違います、違います」

 僕は舞台が暗転したの?って感じの酒場の雰囲気を手のバタバタ降り軽くかわす。


彼女は顔を上げる。


「いや、今度は海を吹っ飛ばしたら不味いなーって思ってたたけだから」

 僕の言い分に彼女も男達も「何?」って感じで互いを見つめていた。


「つまりどう言う事だ?海を吹っ飛ばす?あんた何言ってんだ?」

 まあ当然そう思うわな、こっちは先に説明した通りバカみたいステータスとバカみたいな魔法を所持した破壊神の息子だ、下手したら海が消えて漁が出来なくなったってオチが付きかねないのだ。


「つまり僕が強すぎて海が失くなるかもって……信じる?」

 僕は彼女の話を聞いて考えていた、船に乗っていては海の中に攻撃が届かない、どうもクラーケンは体を海中に沈めたままその長い10本の足(実は足8本と触腕しょくわん2本)で船に巻き付き攻撃するらしいく、それではショートソードで足を切っても逃げられるし足を引っ張って引き揚げようにも自切されては同じ事で足は生え代ればまた人が襲われる事になる、そもそもデカ過ぎて船に上がらない、ついでに言うと海中の本体に石を投げてぶつけるのもダメだと思った、僕は銃弾が水に着弾すると直ぐに勢いを失うと知っていたしそもそも船底に隠れられては狙えない……まあプロローグを読んだ懸命な読者様ならお分かりだろうが僕はファイヤーボールを選択した、作戦はダイナマイト漁と同じだ、簡単に言うと熱い物を水につけて水蒸気爆発を起こしその衝撃波で水中の生き物を倒すって構えだ、ちなみにも有ったが明らかにそっちの方はいろんな意味で危なそうなので止めた。


「……おれにはあんたが何言ってるか分からないけど、どの道このままじゃこの漁村はお仕舞いなんだ、だからクラーケンを何とか出来るなら何とかして欲しい、イヤ何とかして下さい勇者様!」

 そう言うと彼女は後ろに居た男達と頭を下げた、きっとこの人達はあんまり頭を下げた事は無かったんだろうなと言う様なギコチのない感じだったが突然に力を与えられただけの僕にこうまでしてくれるのだ、今回は女神もあてにならないし僕は賭ける事にした、僕の魔法がチート過ぎませんようにと。


「かほこさん、もし僕が失敗したら後の始末お願い、その代わり温泉混浴付きでOKするから……」

 そして女神は満面の笑顔を浮かべ、僕には後がなくなった。



***



「小さな小さな炎の子達、僕と一緒に遊ぼうか?どんな遊びがいいだろう?どんなに熱くていいだろう?最初は小さな球がいい、クルクル回ってこの指びとまれ」



「……ファイヤーボール」



 岬からの距離10キロメートル、僕は彼女達に樽詰のエサを用意して貰いそれを海へと投げ飛ばした、樽積めにはあのスエーデン語で酸っぱいバルト海のニシンの名を冠する世界一臭い発酵缶詰シュールストレーミングに似た塩漬け異世界ニシンがたっぷり詰まっていて、その美味しそうな匂いに釣られたクラーケンに僕の放った精密射撃の為の詠唱を入れたファイヤーボールは超長距離から奴の直上の海に見事に着弾、第1話に出てた暗闇を見通す[ナイトアイ]の付与機能[乱反射カット]で海面の光の反射カットした水中目視は暗い筈の海の底までくっきりとよく見え、超長距離魔法射撃[マジックスナイプ]は完璧に奴を捕らえていた(通信販売のサングラスもビックリの高機能の目を勇者様はお持ちなのだ)。


「で?で?勇者様?これは成功?それとも失敗?失敗したですの❤️」


「嬉しそうに「失敗したですの❤️」とか聞くな!」


【答え】


 まず最初に言おう僕の予想は外れた、確かに水蒸気爆発は起こったが予想より少し小さかった、僕は最悪世界が吹っ飛ぶまで考えていたから少し安心したが(そこまで強くは無いらしくまだ物語は成立するレベル)しかし予想と違ったのは爆発が2回起こった事だ、1回目の爆発は水蒸気爆発でこれは予測通り、次いで水蒸気が消えきらなかった強力なファイヤーボールの熱にあぶられ水素と酸素に熱分解、更に火種として残り続けたファイヤーボールでイヤの水素が引火、水素爆発をおこし海水を雲の上までは跳ね上げた事、これは想定外で、物理現象の予測って難しいと僕に思わせた。



「スゲーーーーーーーーーーー!!!!」

 大漁旗ウオコは歓喜の声を挙げる!



「空から魚が降って来やがった」

「魚の雨だーーー!!」

「大漁だーーーー!!」

「ママーお魚ーーー!」

「本当に凄い!!」

 漁村のみんなも歓喜の声を挙げる。


「良かった、やっぱり機雷の爆発みたいに爆発は抵抗の少ない海上、空へと海水を吹っ飛ばしたんだ」

 勇者は津波も心配してみんなを岬の上に避難させて居たがほっと胸を撫で下ろす。


「え?え?どうでの?成功ですの?成功しちゃいましたの???」


「??????????グへ!ですの!?」


【結論】


 溺愛神かほこは一緒に吹っ飛んで来た湯だったクラーケンの下敷きに成りました。

 ※魚やクラーケンは勇者とウオコと漁村のみんなが死なない系女神と美味しくいただきました。


「食べ物を粗末に扱って無いって言う、言い訳オチだね♪」

 話が一件落着し勇者は軽く突っ込みを入れた。



***



「ねーねー勇者様、やっぱりあれは失敗ですの、だって屋根とかにお魚さんがぶつかって穴が空いてましたですし、わたくし押し潰されましたの!」


「良いじゃないですか、女神って死の概念が無いんでしょ♪」

 勇者は一気に肩の荷が降りたらしく清々しいまでに微笑んだ。


「勇者様!おれの船最高だろがよ!」

 ウオコの帆掛け船はその帆に風をはらませ美しい内海を進んで行く、船乗り達はまた漁に出られる喜びと波と風の心地よさを体一杯に感じ誇らしい姿をしていた。



「ええ最高ですよ、フッ、これでセクハラ女神との温泉回回避だ、ざまぁ♪」



 勇者は知らない、女神も作者もそんな面白そうなネタを棄てる筈が無いと言う事を。


 この物語のエンディングは結構先になりそうだ。

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