第4話「グランピングとバーベキュー」

「憧れだったんだよこう言うの」

 勇者[伊勢いせカイ]は満天の星空のなか細い街道沿いの大平原をキャンプ地と定めた、地平線からは全天を無限とも想える星々が覆い大地の自転がその星を滑らせて行く光景はまるで空に吸い込まれる様な感覚すら彼に与えてくれた。


「勇者様は変なところ拘りますの、町から町、村から村への旅が冒険の醍醐味なんて、でもそんなところも好きですわ❤️」

 女神[溺愛神できあいしんかほこ]はド直球に好きとか言い始めた(折角の詩的な文章も台無しの勢いだ)。


「ああそうだねー、でも僕彼女居るから好きとか言われてもねー」

 勇者はさらりと女神の言葉をかわす。


「そうですわ勇者様♪今宵はこれからの冒険について2人でじっくり話の場をもうけましょうですわ♪♪」

 女神に冒険の話をする気が無いことはその女神が用意したキャンプ機材[ベルテント]をして一目瞭然だった、真ん中に支柱のある周囲が少し立ち上がった円錐形のグランピング用ワンポールテント(直径6メートルクラス)とその内装が示していたのだ、その内装とは柔らかな間接照明に包まれた真っ白なシーツとふかふかの羽布団、2つの羽枕を要するダブベットであり、そしてその回りに撒かれた赤いバラの花びらを見ての事であった。


 良し!女神のやつは縛って外に転がして置こう。

 勇者は絶対冒険の話なんかに成らないな…と思い心の中でそう誓った。


「あっ、かほこさん、このコーヒー美味しいね♪」

 女神用意したコーヒーは勇者を唸らせたが次の女神の言葉で台無しになる。


「呪文コーヒーのお店で買って来ましたですの♪」

 某有名コーヒーフランチャイズ店のコーヒーを魔法瓶(只の市販の魔法瓶)に淹れて持ち帰ったらしい、女神は我が物顔で世界を往き来しているようだ。


「星が綺麗だ…」

 良く見たらこのコーヒーの入ったマグカップと木製の折り畳み式丸テーブルそれとセットの椅子は僕の家のやつと同じ物だ、ウッドデッキに在ったの勝手に上がり込んで持って来たな。


 僕はそれをあまりたいした事じゃないと感じてしまった、何故ならここに至るには紆余曲折があったからだ、最初に僕はこの異世界での行動指針を決めたのだがそれはぶっちゃけ世界を救うと言うベタなもので旅をしながら各地の問題を解決しつつ最終的に魔王やら悪の組織的なやつを倒すと言うものだった。


 まあ所詮はコメディファンタジー、ゆっくりのんびり冒険を楽しんでもそんな酷い事には成らないだろうと言うのが僕の考えだったがその考えは甘かった、最初の村を出る時に女神のやつが異空間を叩き割り全長263メートル、全幅38.9メートル、45口径46センチ3連装砲3門を上部甲板に備え船底部には大量のミサイルや爆弾を蓄えた兵器装のある可変翼式飛空艇[空中戦艦大和くうちゅうせんかんやまと]を冒険の足として過保護にも呼び出してくれたからだ、イヤ過保護と言うより物語の世界観をぶち壊してくれていると言った方が正しいだろう。


「あれは酷かったな…」

 あんなの持ってたら魔王の城とか46センチ砲(∞)の砲撃戦で瓦解させ兼ねんし、下部兵装リストには地下攻撃爆弾バンカーバスター(∞)との表示もあったのでダンジョンすら空爆で灰塵としかねない…(∞←無限)ってどんなチート兵器だよ!ゲームクリア後かよ!!


 今思えば女神が異空間に手を突っ込んで取り出した魔剣[魔王バスター]は可愛いものだったのだ。


「かほこさん、あの時「どこの未来ロボットだよ!」とか突っ込んでごめんね」

 勇者は遠い目をして呟いた。


「どう言う事ですの?」

 「星が綺麗だ→あれは酷かったな→かほこさんごめんね」では意図は伝わらなかった様だ。


「それより勇者様ウサギはまだですの?」

 僕達はコーヒーを飲みながら先の戦闘で倒した[暴れウサギ]の肉をメインにバーベキューを準備していた。


「もうちょっとだから待ってて、かほこさん」

 僕は炭火のバーベキューコンロでウサギやウインナー、ピーマン、エリンギ、椎茸、輪切りのトウモロコシなどを焼きながら、サーモンと野菜のホイル焼きの下ごしらえで見た家の近所にあるスーパーマーケットの食品トレイの表示に思いを馳せた。


「かほこさんはどれだけ僕の生活圏に入り込んで出来たんだ?」

 何だか家の近所を奥さんヅラしてしゃなりと歩く女神の姿が浮かび1人突っ込みをいれてみる。


「どうなさったんですの勇者様?先ほどから情緒が不安定過ぎますの、食事がお済みに成られたらお風呂でゆっくりして、早めにおやすみ下さいですの」

 この女神、普通な言葉も過保護である。


「ああ、そうだね、今のはかほこさんの言う通りだね」

 僕は早めに食事を済ませ片付けを女神に任せて風呂場へと向かった。


「これ何処から水や電気引いてんだろ?」

 そこには施設の整ったキャンプ場にある様なバストイレ入ったカマボコ型の建物があってそこは光々と明かりが灯っていた。


「僕の着替え…クローゼット開けたな…」

 ドレスルームにはしっかりと何時も僕が着ているパジャマと何時ものタオル、泡のボデーソープにコンディショナーインのシャンプーなどが一揃え置いてあった。


「考えるのはよそう…今日は疲れた…」

 僕はゆっ~く~りヒノキの広々としたお風呂に浸かりバニラのカップアイスを食べた後歯を磨いてダブルベッドに1人潜り込んだ。


「あのウサギ、洗濯機(ドラム式)程の大きさあったけど、何日分の食事だ?かほこさんが言うには異空間保存で腐らないみたいな事言ってたけど、狼は流石に食用には無理があったから埋葬したしな……」

 僕はベルテントの天幕を見つめながらゆっくりと眠りに落ちた。



「………うん ~~ん!んんっ!……ぐぬぬぬぬ!!…ふぬっ!ふぬっ!…ふぬぬん!…ふぬぬぬぬ~~~~~~ん!!…ぐぐっ!」

 お風呂場の天窓近くの外で女性のうめき声が聞こえる、その女性はしっかりとロープで縛られ草むらにころがっていた、近くには小さなドーム型テントと寝袋があったがどうやらその女性はそこから這い出し何処かへと向かっているらしかった。



「おはよう、かほこさん、良くここまでこれたね」

 朝起きた勇者はベルテントの入り口近く、落とし穴に落ちた縛られたままの女神の姿を確認したと言う。

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