第21話

「こんにちは。」

「あら、真木くん。来てくれたの。」


これ良かったら食べてください、

と真木さんが紙袋を差し出す。


中身は大きなリンゴがたくさん。

果物好きなおばあちゃんは目を輝かせて。


「どうしたのこんなに立派なリンゴ。」

「実家で作ってるんです。この時期になると毎年贈られてきて。」


おばあちゃんが真木さんにしっかりお礼をしたいと言ってあの後もう一度病室に招いてから、

真木さんはちょくちょく一緒にお見舞いに来てくれるようになった。


真木さんがリンゴの話をおばあちゃんに続けていれば、

ガラガラ、とドアが開いて。


「あ。やっぱり先客がいる。」


部屋に入ってきたチヅさんは、そう言って笑う。

私とおばあちゃんに手を振って、そして真木さんにペコッと頭を下げる。


「こんにちは。」


真木さんも穏やかに微笑んで、チヅさんに挨拶を返す。


「見てよチヅちゃん。真木くんにリンゴもらっちゃった。」

「わ!ほんとだすごい!立派ですね~」

「家にたくさんあるので良ければまた持ってきますよ。

自分だけだと食べきれる気しなくて。」


ほんとですか?とチヅさんが目を輝かせる。


真木さんが病室に来てくれるという事は、

当然チヅさんと鉢合わせすることもあるわけで。


「せっかくだからリンゴみんなで食べよう」

「あ、じゃあ私剥くね。」


おばあちゃんの言葉にシンクまでいってリンゴを向き始める。


始めて病室で鉢合わせた日以来、真木さんの態度は落ち着いたものだ。


話をする2人の姿は本当に楽しそうで、

そこにはぎこちない空気も、悲しい空気も、殺伐とした空気も何もない。本当に穏やかで。私の知っている真木さんと、私の知っているチヅさんが、話している。


おばあちゃんのベッドを囲んで、

皆でリンゴを食べる。


一番入り口側のイスに座るのが真木先輩。

おばあちゃんの真横に私が座って居なければ、

チヅさんが自然とそこに座って、真木さんと右隣りで話す。


そんな座り順も、自然と定着し始めていた。



「そろそろお暇させて頂きます。」


午後3時を回った頃、真木さんをエントランスまで送るため、私も一緒に病室を出る。

チヅさんもこの後リハビリのようで、3人で廊下を歩く。


しばらく歩いていれば、見慣れた姿があって、

向こうも私に気づいてああ、と手をふる。


「山田さん!お久しぶりです。」

「久しぶりだねえ。元気?」


体調を崩してから、おばあちゃんはまだ個人病室にいる。

そのため山田さん含め病室にいた人たちと会う機会は中々なくて。


チヅさんにも挨拶をしてから、真木さんの存在に気づいた山田さんは、

あら~、男前、と口を覆う。素直なお口だこと。


「このかちゃんとチヅちゃんのお友達?」

「あ。私の大学の先輩なんです。」

「そうなんだねえ。名前はなんて言うの?」

「・・・え?あ、すいません。もう一回。」

「お兄さんのお名前。」


山田さんが再度そう言うが、

再び真木さんは困ったように耳を傾ける。


「真木さん、っていうんですよ。」


あ、と私が気づいた時には、既にチヅさんの声がしていた。


「下の名前かと思っちゃいますよね。」

「あら~ほんとにそうね。どういう字を書くの?」

「あ、それは私も知らないかも。・・・真木さん、ってどういう漢字なんですか?」

「あ~、えっと。普通ですよ。真実の真に、植物の木です。」


山田さんが立っていたのは真木さんの左側。耳が聞こえづらい方。

真木さんの隣にいたチヅさんは、そのまま右隣りから話しかけていて。


気付けばチヅさんが挟まれるような形で会話が続いていて。

優しく微笑むチヅさんを見て、胸がきゅっとなるのだ。




病院の外に出て、

真木さんと少しだけ中庭を散歩しながら話す。


「もうすぐだね。和菓子屋さん。」


真木さんと2人でお出かけをする約束は

再来週に迫っていた。


「そうですね。楽しみだ~。」

「本当にこのかちゃん一日あいてるんだっけ?」

「はい。その日は何もないです。」


真木さんはうーん、と少し考えこんで、

そしてポンっと手を打つ。


「せっかく車で行くんだし、少し遠出しない?」

「遠出?ですか?」

「そう。具体的な場所は出てこないんだけど・・。

どこか行きたいところとかある?」


行きたいところ、か。

うーん。あ、でも。


「動物園、とか。」

「あ、いいね!」


私の言葉に真木さんは目を輝かせる。


「ライオンとか見たいな~」

「私はナマケモノが見たいです!」

「ナマケモノってどこの動物園にもいるもの?」

「・・・どうなんでしょう。」


ハハッ、と真木さんが笑う。


秋晴れの天気の良い日々が続いていて、

今日も空には雲一つ見えない。

時折吹く風が冷たいけれど、

夕日に照らされればまだ温かくて。


あんなに遠いと思っていた真木さんとこうやって2人で話して、

歩いて、出かける約束をして。本当にすごく、幸せで。


このまま知らないふりをしていればいい。

そしたら真木さんに近づけたままでいられるし、きっと一緒にいることが出来る。

知らないままでいい。追求しないままでいい。何も考えなくていい。

それで誰かが傷つくわけじゃないし、真実を追求することが正しいとは限らない。


分かっている。分かっているけど。

けれど、きっと。


私には知らないふりが続けられない事も、分かっている。

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