第20話

チヅさんと真木さんは幼馴染だった。


とはいっても出会ったのは小学生の時で、

家庭の都合でチヅさんが真木さんの学校に転校してきたのが始まりだったらしい。


「最初はほんとに男かと思ってた。」


当時の事を思い出したのか、

真木さんは懐かしむようにふっと笑う。

出会ったころのチヅさんはショートカットで、

活発でよく男子と一緒に校庭を駆け回っているような女の子だったそう。


その明るい性格と人懐っこさで、

すぐ学校にはなじんだようで。


チヅさんが引っ越してきた理由は両親の再婚だった。


母親の再婚相手にはチヅさんよりも少し年上の姉がいて、

その姉と、再婚相手の父と、チヅさんは折り合いが悪かった。


ただのクラスメイトだったチヅさんと真木さんが仲良くなったのは、公園。


当時、サッカークラブに通っていた真木さんの帰宅時間は暗くなってしまう事が多く。


防犯ブザーを握り締めて、怖々歩いている真木さんの目に、

日が暮れているのにブランコに乗っている少女が映る。

それが、チヅさんだった。


「家の中にいると邪魔だから、って笑ったんだ。」


再婚相手の父は律にあまり優しくなかった。

自分の娘である姉にばかり話しかけて、褒めて、おもちゃを買ってあげて。

律の母もそれに気づいていたはずだ。けれど、彼女は何も言わなかった。


学校ではずっと明るくよく話す律が、

家に帰ると何も話せなくなると言った。息苦しくて、言葉が出ないと。


その日がきっかけで、よく練習終わりに公園で話すようになった。

勝手にサッカーの練習を休んで律とずっと話してたこともあったな、

と真木さんは笑う。



2人とも中学生になって、

律の父と姉はついに律を無視し始めるようになった。


大丈夫、と律は笑うけど、その顔には疲れが見えて。

伸びる慎重と反比例して、細身になっていく。


律の母はそれに対しても何も言わなかったようで、

過程の中で、どんどん律は孤立していった。


何もできない自分が情けなくて、もどかしくて苦しくて。

けれど中学を卒業する少し前、律の両親が離婚することになったのだ。

どうやら律の母も母で、旦那とその娘とは上手くいっていなかったようだ。


離婚後、律と母は実家で祖父母と暮らすことになった。

律は昔から祖父母の事が大好きで、俺も会った事があった。

凄く優しくて、温かい手をしていたのが記憶に残っていて。


高校は別々の所に進学した。


真木さんはサッカーのために少し遠くの高校に進学し、

律さんは実家から通える高校。


祖父母と暮らすようになってからは律の生活は安定したようで、

元気に楽しく暮らしているみたいだった。


俺の家で家族ぐるみでご飯を食べる事もあったし、

俺が律のおばあちゃんの家に行くこともあった。

律の母も子供の頃の時の記憶とは別人のようで、

良く笑ってよく話して、温かくて、律にそっくりだった。


そのまま連絡をとりつつ、お互い大学に進学した。

中学生の頃は律がどうにかなってしまうのではないかと不安で仕方なかったけど、

そのころにはそんな心配も無くなっていた。


真木さんが怪我をした辛い時にも支えてくれ、

昔の傷は、徐々に癒えているものだと、そう思っていたのだ。


勝手に、そう思ってしまっていたのだ。


ある日、律の母から電話が来た。

彼女の声は、震えていて。


彼女は、19歳で突然の自殺未遂をした。


使われていない廃工場の屋上から飛び降りて、

植木に落ちたことから、一命は取り留めた。


律が生きている、そう聞いた時は本当に嬉しくて、

足が震えて、涙が止まらなくて。

早く会いたかった。話を聞きたかった。どうして、そんなことを。


けれど、会う事はかなわなかったのだ。


病院で目覚めた後、律さんには少しの記憶障害がみられた。

落下の衝撃からからだろう、時間と共に戻る、との医師の判断通り徐々に記憶は戻ったのだが。


そこに、真木先輩の記憶は無かった。


チヅさんは真木さんに会ってすらくれなかった。

その理由も、教えてくれなかった。

チヅさんのお母さんはごめんね、と泣きながら繰り返すばかりで。


泣いて謝るチヅさん。

消えたのは真木さんの記憶だけ。

会う事すら許してくれない。

・・・こんなの。


「俺の存在が、律を苦しめてたんだって気づいた。」


だって、そういう事でしかないだろう。

何かは分からないが、真木さんが知らず知らずのうちにチヅさんの心のつっかえになってしまっていた、そう真木さんは思った。

自分がチヅさんを苦しめていたのだと。


だから、彼も忘れる事にしたのだ。忘れる努力をしようとしたのだ。


話し終えた真木さんの手は、小さく震えていた。

その手を取ってあげたくて、でも、私にそんなこと、出来るのだろうか。


分からない。私も分からない。

チヅさんが何を考えていたのか、どうしてそのタイミングだったのか。

本当に真木さんの存在が彼女を苦しめていたのか。


分からない、分かりようがない。

だって記憶がないのだ。でも記憶がないのに、どうして真木さんと会うのを拒んだの?


掴もうと伸ばしかけた手は、真木さんに届くことは無くて、

静かに嗚咽を漏らす真木さんの傍に、ただいる事しかできなかった。

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