第22話

「少し前まであったかかったのにね~恐ろしい。」

「本当にです。」


待合室のベンチでチヅさんと一緒に自販機を眺める。

いつのまにかHOTの文字が増えて、季節の移り変わりを感じる。


「チヅさん。」

「ん?」

「一つだけ、聞いてもいいですか。」


私の方を見ないまま、いいよ、と彼女は答える。


「どうして。」

「・・・。」

「どうして、19歳だったんですか?」


私の質問が想像していたもののと違ったのだろう。

少しだけ、チヅさんが意外そうに目を開いたのが分かった。


少しの沈黙の後、

チヅさんは諦めたように薄く笑う。


「それは、初めて聞かれたなあ。・・・うーん。」


手に持っているカルピスが冷たくて、痛い。


「・・・19歳だったから。」


日に照らされたチヅさんの横顔美しい。


「それだけだよ。私がこれから先生きていくには、どうしても必要なことだったの。」


それ以外に理由はないよ。そうだけ言って、チヅさんは黙る。

チヅさんの言葉に嘘は感じなかった。何かを隠している様子もなくて。


もうこれ以上話すつもりはないのだろう。


私も何も質問せずに黙ってカルピスを啜った。

いつもより、酸味が強い気がした。




気付けば今年もあと少しになって、

少し前に終わったと思っていたテスト勉強に追われる日々。


勉強をして、レポートを書いて、次に来る冬休みを目指す。

・・・大学って以上に冬休みだけ短いのは何故?解せぬ。


テスト期間はサークルも活動していなくて、

夏未や快くん、同級生以外の人たちにはあまり会わない日々が続いていた。


ただ青柳さんや真木さんら3年生がとても忙しいというのは耳に挟んでいた。

就活準備であったり、大学院入試の勉強であったり。

やだなあ、一生大学1年生でいたい。


「留年すれば?」

「・・・泣くよ?」


なんて口にすれば夏未に軽くあしらわれてしまったので、

もう言わない事にした。涙出る。





コンコン、と白い扉をノックする。


ドアを開けばベッドが一つだけ埋まっていて、

近くには見慣れた黒いリュックサックが見える。


「・・・このかちゃん?」

「です。体調、大丈夫ですか?」


薄い仕切りの奥から弱弱しい声が聞こえてきて、

シャッという小さな音と共にカーテンが開く。

大学の保健室のベッドに、真木さんは横たわっていて。


真木さんが倒れたみたいだ、と教えてくれたのは夏未だ。

どうやら講義中に倒れてしまったようで、友人伝手に小耳にはさんだらしい。


「最近あんまり寝れてなくて。」


そう言う真木さんの顔色はまだあまりなくて、

目の下にはクマが見える。


大学院には進学しない予定だと前話した時に云っていたから、

就職活動に忙しいのだろう。


「何か飲み物要りますか?」

「もらってもいい?」

「もちろんです。ちょっと待っててくださいね。」


寝起きでかすれた声。

保健室のすぐ近くの自販機で水を購入して真木さんに手渡す。


「あのさ。」

「・・・。」

「お出かけ、日にちずらしてもいいかな?」


そう言われることは分かっていた。

忙しいのだ、仕方ない事をは分かっている。分かっているのに。

全然大丈夫ですよ、そう言ったのとは裏腹に、心臓が痛い。


水を飲みながら少しボーッとしている真木さんの目は、

いつか見たことのある暗い瞳。


何も映っていないように見えて誰かが映っていて、

その誰かを、私はもう知ってしまっている。


「・・・真木さん。」

「ん?」

「会いたいんですか?」


私の質問に一瞬真木さんの目が泳ぐ。


「別に、会いたくないよ。」


無理して口角を挙げているのが分かった。

真木さんがこの話をしたくない事は分かっている。

分かっているけど、私の口は勝手に動く。


「・・・誰に?とは聞かないんですね。」


意地が悪い事を言っているのは分かっている。

真木さんも少し眉をひそめて。


だって、だって真木さんはずるい。

私に誰かを重ねているくせに、私自身を映してはくれない。

一人で舞い上がって、落ち込んで、

心の底から感情を動かしているのは、全部でぶつかっているのは、きっと私だけだ。


「会いたいなら会いたいって言えばいいのに。」

「だから別に会いたくないって。」

「きちんと一回話してみればいいんじゃないですか?」

「話すって。別にそんなの・・・」

「上辺だけを続けてても、きっと辛いだけ、」

「だから!!!」


真木さんが出した大きい声に、ビクッと体が縮まる。


真木さんも予想以上に大きい声が出てしまったのだろう。

私の方を気にして、でもその声は震えていて。


「・・・真木さんは、真木さんはずるいです。」


自分の声も震えているのが分かった。


真木さんは何かを言いかけて、そして口をつぐむ。

そしてその顔に浮かべたのは自嘲的な笑みで。


「・・・このかちゃんに、俺の何が分かるの?」


重たい溜息と共に、そう吐き出す。

心臓がわしづかみにされたように痛い。


絶対に真木さんの前では泣きたくなくて、

涙がこぼれそうになるのを必死にこらえる。


勢いよく立ち上がって、

カバンをもってベッドから離れた。

こんなこと言うつもりは無かったのだろう、

我に返ったように私の事を呼び止めるけど、振り返らずにそのまま保健室を出る。


俯いたまま大学の廊下を早足で歩く。

ポロポロと涙がこぼれてくる。冷たくて、頬が痛い。


ずるい、真木さんはずるい。

・・・けれど、私もずるい。分かってる。


こんな自分、すごく嫌いだ。

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