第16話

履きなれない下駄と着なれない浴衣。

すぐに足が痛くなってしまって、息が切れて。


歩みを緩めて、花火が終わって帰る始める人々の波に逆らう。

ゆっくりと歩いて、歩いて、歩いて。

気付かぬうちに、立ち止まってしまっていた。


勝手に舞い上がって、勝手に落ち込んで、

逃げてきてしまった自分が凄く恥ずかしくて。

本当に、馬鹿みたい。情けない。


通りがかる人々が私を不思議そうに眺めているのが分かる。

その視線を感じて、かろうじてまた歩き始めた。

ああ、恥ずかしい、馬鹿みたい、もうほんとに、私はなんて。


「あ、七五三終わりの人、みっけ。」


突如聞こえてきた声と共に、グイッと右手が引っ張られる。

何も言わない私を不思議に思ったのか、

その人は私の顔を覗き込んで、そしてまた私の腕を引っ張る。


抵抗できずそのままついていけば、

着いたのは少し外れた場所にある公園で。


彼はそのまま私をベンチに座らせ、

足元に屈みこむ。



「っ!なになになに!」

「血い出てんの。気づいてなかった?」

「・・・ほんとだ。」


財布から当然のように絆創膏を取り出した彼は、

擦れて血が出てしまった私の足に貼ってくれる。

・・・全然気づいてなかった。


「・・・ありがとう。」

「どういたしまして。」


ほんとに小学生?なんてからかって、快くんはいつものように笑う。

なんだかすごく安心してしまって。私も笑ってしまった。


「夏未は?」

「丁度さっき駅まで送ったところ。」


そっか。そうだけ言って口をつぐむ。

快くんもそれ以上何かいう事はなくて、しばらく沈黙が続く。


おもむろに快くんが立ち上がって、人ごみに消えていく。

しばらくしてから戻ってきた彼の手に握られていたのは、たこやきで。


「はい。」

「え。」

「いいから早くして。」

「なんっ・・・」


なんでちょっとだけ怒られたのか。解せぬ。

たこやきを1つ私の口に押し込んだ快くんは、

そのまま自分もパクリとたこやきを口にする。


あっつい。あっつい、けど。


「・・・おいしい。」

「もう屋台占めるところだからって半額で売ってくれた。」

「なにそれ最高。」


そういえばこの前も夏未にこんな感じで餌付けされたな。

なんて思いながらたこやきをかみしめる。そういえば今日タコ焼きは食べてなかったなあ。


「・・・快くん。」

「ん?」

「もう一個。」

「・・・太るぞ。」

「余計なお世話だ。」


憎まれ口をたたきながらも、串にタコ焼きを指して、

私の口へと運んでくれる。・・・うん、おいしい。


8個入りのたこ焼きを食べ終わる事には、

人の数は大分少なくなっていて。屋台も解体作業が進んでいた。


空っぽになったパックを輪ゴムでまとめてから

快くんが立ち上がって、私の足元を見る。


「歩けそう?」

「うん、大丈夫。ありがとう。」


まだ少し痛いけど、歩いて帰れないほどではない。

貼ってくれた絆創膏のお陰で、擦れの痛みも緩和されている。


無言のまま快くんが私の手を掴んで、彼の肩に乗せてくれる。

有難く力を借りる事にして、ゆっくりゆっくり、家への道を歩いた。


結局そのまま快くんは私を家まで送ってくれて。

私の謝罪に彼はゆっくりと首を振る。


「またな。ゆっくり休めよ。」


なんて言って、私の頭をポンポン、と叩くから。

危ない。また涙がこぼれそうになってしまって。

深呼吸と共に涙を引っ込める。


「・・・ほんとに。」

「ん?」

「ほんとに、ありがとう。」


何だよ照れるだろ、なんて快くんはおどけた後、

軽く手を挙げて帰り道を歩いていった。





「おーい1年飲んでるかあ。」


真っ赤な顔して先輩が話しかけてくる。

同じく真っ赤な顔でビールを片手に夏未が答えて、

すぐ横から笑い声が響く。


本日はサークルの飲み会。

貸し切りの宴会スペースには1年生から4年生までが溢れかえっていて、

今日初めて見る人だってたくさんいる。

・・・大学って大きいなあ、と改めて。


「このかちゃんはー?飲んでんのー??」

「飲んでますよ~。先輩飲みすぎじゃないですか?」

「余裕余裕~。」

「お冷要ります?」

ちょうだーい、なんて言ってケラケラ笑う。


本当はソフトドリンクだけど、

馬鹿正直に答えなくていいってことも分かってきた。


未成年だけど飲んでいる人たちは大勢いるけれど、

私は何となく20歳になるまで待ちたくて。


お酒を飲まないでいても、

普段話さない人と話すことが出来たり、普段は聞けない秘密の話が聞けたり。

皆が楽しそうな飲み会の雰囲気が私は好きだ。あと居酒屋さんはご飯が美味しい。大発見。


「こ~の~か~・・・。」

「もう、飲み過ぎだって。」


へへ、と変な笑い方をしながら

私の腕に抱き着いてくる夏未。・・・なんだよ可愛いな。


時刻も0時を回って飲み会がお開きになり、

ゾロゾロと皆がお店を後にしていく。

珍しく潰れてしまった夏未の介抱のため、

少し残って夏未に水を飲ませる。


「珍しいね、夏未。連れて帰れそう?」


少し顔を赤くした快くんが、

私に抱き着く夏未をみて苦笑する。


「ほんとに。さっき連絡したら彼氏さんが車で迎えに来てくれるって。」

「それは前話してた人のこと?」

「いや。その人とは別れちゃって、ニュー彼氏。」

「・・・さすがだなほんと。」


人が減っていく中、少し離れたところでも数人が集まっていて、

誰かが潰れているのだろう。


「向こうの人は?大丈夫?」

「あー、真木さんが、珍しく。」

「・・・ほんとに珍しいね。」


真木さんの名前に動揺したことがばれないように、

心の中で深呼吸をする。


花火大会の日。

突然いなくなってしまった私を心配してくれた真木さんから

何度も電話とラインが来ていて。

結局その日は謝罪のラインだけ送って、次の日きちんと謝った。

少し体調が悪くなってしまって、なんてバレバレの嘘。


真木さんは追求することはなく、

何事もなくて良かった、と笑ってくれた。


彼氏さんの迎えで夏未が無事帰宅し、

そろそろかえろっか、なんて快くんと話していれば

まだ奥に真木さん達がいるのが見えて。


「大丈夫ですか?」

「・・・うん、ありがとう。」


声をかければ本当に珍しく真木さんの顔が真っ赤で、

そう返事はしたものの、辛そうに顔をしかめていて。


普段はしっかり量を調節している真木さんが、

ここまで酔うのは珍しい。


「もう少し休んでた方がいいな。」


そう言った青柳さんは、チラッと時計を見る。


「寮一緒なんで俺連れ帰りますよ。」

「本当?お願いしてもいい?」


そんな青柳さんの様子を見ていた快が、そう手を挙げて。

明日締め切りのレポートがあるんだよね、なんてサラっといったのは青柳さん。


「大丈夫な奴なんですか?」

「全然。出さなかったら留年。」

「え?何してるんですか?」

「このかちゃん意外と辛辣ッ」


思わず出てしまった言葉に、

別の3年生の先輩が笑った。




「悪いな。」

「全然。講義も午後からだし。」


結局真木さんを1人で快くんが連れて帰るのは難しく、

寮まで私もいっしょに送ることになった。


寮の1回にある休憩スペースに一度真木さんを横たわらせ、

私達も一度休憩する。


「ごめんね本当に。」


弱弱しい声でそう言う真木さんは、

額を抑えて横たわっている。そしてそのままスヤスヤと寝息を立てて。


「真木さんさ。」

「うん。」

「すっげえ優しいしいい人だけどさ。なんか危なっかしい所あるよなあ。」


心配になる、そう言って快は真木さんを見つめる。


・・・すごく、分かる。

いつも周りを見ていて、凄く優しくて、けれどつかみどころがなくて。

ふらっとどこかに消えてしまうんじゃないか。そんな気持ちになる。


「ちょっと俺水買ってくる。このかはなんかいる?お茶とか飲む?」

「お願いしてもいい?」


はいよ、と快くんは2階にある自販機まで、

飲み物を買いに行ってくれた。


横を見れば真木さんは額を抑えながら、スヤスヤと眠っていて。

見たこともないくらい無防備な真木さんは、まるで子供の用で。


ん、と真木さんが小さく声を上げて体を動かす。

その拍子に長椅子から落ちそうになって、慌てて支える。


「真木さん、おっちゃいますよ。」


私の言葉が聞こえているのかいないのか。

また小さくうめき声をあげて、そして、私の腕をつかむ。


「・・・どこ行ってたの。」

「どこ、って・・・。」


唐突な質問。

瞳は閉じたままだ。寝ぼけているのだろう。


寝言なんて可愛いな、なんて思っていたのもつかの間。

真木さんの目から、一筋、光るものが見えた、気がした。


どうしたんだろう、なんて思考は

私の腕を掴む真木さんの手に力が込もったことで、中断する。


「どこ行ってたの。」


「ねえ、律。」

「・・・っ・・」


そのまま私の腕を引っ張って。

彼は、誰かの名前を呼ぶ。


その声は苦しそうで、悲しそうで、辛そうで。

ああ誰なんだろう。彼にこんな顔をさせるのは。

いつも飄々としていて、色んな事を軽々と躱せる彼が、

ここまで諦められないものはなんなのだろう。


ねえ、誰なの。教えてよ。


「・・・真木さん。」


少しすればまた寝息が聞こえ始め、

私の腕から真木さんの手が離れる。


「大丈夫だよ。」


目元に残る水滴を静かに救う。


何が大丈夫なのかは分からない。分からないけど。

辛そうな真木さんを見ているのが苦しくて。

心臓が、掴まれたように痛いのだ。

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