第15話

歩く度カタ、と聞きなれない音が響いて、

なんとなく特別なことをしている気分になる。


夕方になれば少しだけ暑さが和らいで、生ぬるい風が浴衣の袖を揺らす。

遠くからセミの鳴き声が聞こえてくる。


夏祭り当日。

結局快を誘い、真木さん、快、夏未、そして私の4人で行くことになった。


正直複雑な気持ちで浴衣を着ようかどうかも迷ったが、

そこは夏未さんが絶対浴衣!と許してくれず。

・・・でも着れるのも年に数回だもんね。どうせなら着よう、なんて自分でも思って。


少しの緊張の中お祭り会場へと向かう。

会場に近づけば人の数も多くなってきて。

ああ、お祭りだ。なんて夏祭りの雰囲気を感じて気持ちがワクワクしてしまう。



「あ!このかー!」


集合場所に行けばそこにはすでに夏未と快くんの姿が。

朱色の浴衣姿の夏未は珍しく髪の毛も結っていて、

思わず見入ってしまう。


「夏未、あんたやっぱかわいいね。」

「何急に。どうもありがとう。」


謙遜しない所が全く夏未らしい。


このかも可愛いよ、なんてサラっというものだから

照れていれば、バッチリと快くんと目が合う。


「なんでしょうか。」

「・・・七五三?」

「快くん知ってる?下駄って凶器になるんだよ???」

「すいませんでした。」


さすがの謝罪の速さ。だったら最初から言うな。


「ごめん、お待たせ。」


少しすれば聞こえてきた真木さんの声。

振り向けばそこにいた彼は、私服姿ではなくて。


「わ!真木さんに似合ってます!!」

「ちょっと、浴衣で来るなら行ってくださいよ~。おれぼっちじゃないすか。」

「違うんだよ、ばあちゃんが着てけってうるさくて。」


目を輝かせる夏未と、

そう言って口をとがらせる快くん。


私は何も言えないまま、

真木さんの浴衣姿に目を奪われてしまって。


・・・ほんと、ずるい。

少し恥ずかしそうに下を向く真木さんだけど、

夏未と私の浴衣姿に気づけば、似合ってるね、なんてサラっと口に出す。

それだけで私の心臓はドキドキだったけれど、それを隠して快くんをひじでつつく。


「ほら快くん、こういう所ちゃんと見習いなよ、」

「いーやー、だってこんなに千歳飴が似合いそうだとさあ、」

「なに喧嘩うってる?」

「売ってないって。カルシウム足りてないんじゃない?牛乳飲んでる?」

「私が牛乳嫌いなの知ってて言ってるよね??」

「え~~全然知らなかった~~ごめ~~ん」


どこのjkだよ、とツッコミたくような話方に呆れて笑えば、

仲良しだなあ、と真木さんが笑う。



色々な気持ちはあるけれど、でもせっかく来たんだし。

たくさん食べて楽しまなきゃね!




「もうすぐだね、花火。」

「ほ、ほんとですね。」


石段に腰かけて、空を見つめる真木さん。

その横にいるのは、なぜか私だけ。


どうしてこうなった。


歩き回って屋台も満喫しつくした頃、

のどが渇いたという事で自販機を探しに行った夏未と快くん。

・・・嫌な予感は、してたんだけど。


『はぐれた事にするからね。異論は認めぬ。頑張り給え。』


そのすぐ後に夏未から来たメール。

いやまずどういう口調だよ。


「夏未ちゃんと快くん迷っちゃったみたいだね。」


真木さんにもメールを送ったのだろう。

少し心配そうな顔をして真木さんが辺りをキョロキョロする。


「花火もそろそろ始まっちゃうし、とりあえず花火は別々に見ましょうって来てるけど・・・どうする?」

「あー。・・・いやでも折角4人で来たなら4人で見たい、ですよねえ?」


この前の誤魔化されたときの気持ちをもう味わいたくなくて、怖くて、

ヘラっと笑いながら逃げてしまった。

私の言葉に真木さんはうーん、と考えこんで。


「人も多いしなあ・・・。これから合流するのも時間かかりそうだし。」


始まっているアナウンスに耳を傾けて、

真木さんは私の方を振り向いて、そして少し照れたようにのように笑う。


「このまま見ちゃおっか。」

「っ・・・見ます!!」


あ、もちろんこのかちゃんが嫌じゃ無ければだけど、そう真木さんが付け加えている間に

食い気味に返事をしてしまった。恥ずかしい。

真木さんは一瞬驚いたような顔をしたけど、すぐにまた笑って。


「じゃ、行こう。」


そこから2人で見やすい場所を探し、

辿りついたのは瓦沿いの石段。

少し外れた場所だからか、人は少なくて。


少し離れて石段に腰かけて、2人で空を見上げる。

心臓がバクバクで、隣にまで聞こえてしまいそう。

何となく泣きそうな気持になって、少し、苦しい。


小さく息を吐きだした次の瞬間、大きな音と共に光が宙に浮かんだ。

上がっていく光は空全体に広がって、そしてパラパラと音を立てて消えていく。

しばらくの間、2人とも黙って花火を見つめていた。

・・・綺麗、だなあ。


でもやっぱり。


「切ないなあ。」


最後の一発が打ちあがった後。

散らばって消えていく光を見ながら、ポロリと口からこぼれた。


それまで黙って花火を見つめていた真木さんは、

急に驚いたようにこちらを向いて。


「・・・同じ事言うんだね。」


そう言って、息を吐いて笑った。

その顔は悲しそうで、心臓がきゅっと縮まる。


誰とですか?

合宿の時に私に似ていると言った人と、同じ人ですか?


なんて、聞けなかった。


気付いていた、こんなの、気づかないはずがない。

真木さんの瞳には誰かが映っている。

私はきっと知らない誰かの事を、ずっとずっと浮かべている。


認めてしまったら苦しくなって。

真木さんの中にきっと私がが入りこむ隙はないのだ。

彼の目に私が映る事はないんだ。これまでも、これからも。


消えた花火の切なさと、自分のちっぽけさと。


「っ、このかちゃん?」

「すいません!」


耐えられなくて、気づけばその場から逃げ出していた。


急に立ち上がった私を呼び止める真木さん。

振り返ることもせず、その場をかけ出した。

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