第13話
夏休みに入ってしまえば、大学に行く機会はほとんどなくなる。
・・・はずだったのだが。
「はい、お疲れ様でした。」
担当教員である川原先生が、そう言ってにっこり笑う。
ふう、と息がこぼれて、
大学に入って初めてのテスト。
余裕だと思っていた科目のテストで見事やらかし、
単位をもらうために救済レポートに取り組む羽目になったのだ(自業自得)。
人の少なくなったキャンパスに通いつめ、
なんとか本日、提出を終えた。
これからはちゃんと勉強するんだよ、なんて笑った先生。
しかしその目は笑って居なくて怖い。はーい、と返事をして、
そそくさ研究室を後にする。
大学の先生ってつかみどころのない先生が多い過ぎませんか。
時刻はお昼を回った頃で、
大学でご飯を食べてしまおう、なんて思って。
キャンパス内の売店でサンドイッチとお茶を買って、
中庭の隅っこの日陰に腰かける。
・・・今日も暑いなあ。
少し遠くのグラウンドから声がして、
そっかサークルだけじゃなくて部活もあるんだよな、なんて今更のように思って。
「あれ、サークルの子。」
不意に声がして顔を挙げれば、
そこにいたのはリュックを背負った青柳さんで。
「あ、こんにちは。」
「えーっとね、ちょっと待てよ。」
そう言ってうーん、と急に考え込む青柳さん。
なんだろう?と首をかしげた居れば、
ポン、と手を叩いて。
「このかちゃんでしょ、名前。」
「あ、そうです。」
「よっしゃ。」
そう言って笑った青柳さんは、
いつもよりずっと幼く見えて。
サークル長であるため私は一方的に知っているだけで、
実際ちゃんと話したことはほとんど無い。
短髪の黒髪に、身長は男の人の中でも大きいと思う。
体はガッチリしていて、高校時代は野球部だったと言っていた。
少し、緊張する。
そんな私の気持ちを知ってか知らずか、
青柳さんは私の方へと歩み寄ってきて。
「休みなのになんで学校?」
「えーっと。テストでやらかしまして。」
「うっそ、以外。誰の講義?」
「川原先生です。」
「あー、あの人か。目が笑ってない人ね。」
「やっぱ思いますよね!!」
思わず勢いよく同意してしまった。
そんな私に青柳さんは一瞬驚いて、でもすぐに笑って同意してくれる。
しばらくそのまま話していれば、
青柳さんはとても気さくで話しやすくて。
「ていうか、名前覚えてくださってたんですね。」
「ああ。真木がよく話してるから。」
突然出てきたその名前に、心臓が跳ねる。
それを悟られたくなくて、そうなんですね、と相槌を打つ。
よく話す、って。何を話すんだろう。気になるけど聞けるわけがない。
青柳さんは何かを察しているのか、私が話し出すのを待っているようで。
「真木さん、って。」
「うん。」
「彼女とか、いたことあるんですか。」
・・・ああ。結局聞いてしまった。
今彼女がいない、というのは聞いた事があったが、私はそれしか知らない。
食堂で一緒にいた綺麗な先輩を思い出す。
胸がきゅっと縮んて下唇を噛めば、青柳さんはうーんと唸って。
「一回もいたことないって言ってたな。」
「・・・え、本当ですか?」
「少なくとも大学に入ってからは本当だよ。見たことない。」
意外過ぎる言葉に驚いていれば青柳さんは笑う。
「このかちゃんて分かりやすよね。」
「・・・よく言われます。」
「あのルックスだし、いい奴だし、モテるんだけど。
誰にでも優しいんだよ、アイツ。」
ああ、分かる。
人を良く見ていて、気遣ってくれて、優しい言葉をかけてくれて。
でもその笑顔は、誰に対しても同じ。
私が好きなあのクシャッとした笑顔は、誰だって見ることが出来る。
「女子と2人でご飯とかも頑なにいかねえんだよあいつ。
いつも一定の距離間保ってるっていうか。」
モテるのにずるいよな、なんて青柳さんが口を尖らす。
その姿が可愛くて、イメージとのギャップニ思わず笑ってしまって。
「青柳さんもモテるじゃないですか。」
「ごめん言わせたな。」
「いやいや本当ですって。友達もかっこいいって言ってましたもん。」
「またまた~」
そう言って青柳さんは笑う。
近寄りがたいと思っていたイメージはいい意味で崩れて、
勝手に怖いと思ってしまっていたことを心の中で謝罪する。
「ま、またなんかあったら聞いてよ。サークルの事でも、授業の事でも。」
「ありがとうございます。」
「もちろん真木の事でもね。」
「・・・ヨロシクオネガイシマス。」
じゃあまた、とさわやかに手を振って私に背を向ける。
白いTシャツに黒い大きめのリュックがあんなに似合う人、
私はこれから先見つける事が出来ない気がする。
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