第10話
「ばあちゃーん。これお土産。」
「あんたのばあちゃんじゃないから。」
「わ、このプリン美味しそう!食っていい?」
「何しに来たのよほんと。」
私のツッコミなんて聞こえていないのか、
ベッドの前の椅子に腰かけて、快はプリンを食べ始める。
おばあちゃんは「快くんよく来たね~」なんて嬉しそうに笑っていて。
高校生の時、本当にたまたま病院で快と遭遇したことがある。
私はお見舞いで彼は自分の怪我の治療だったのだが、
その時におばあちゃんと快は顔見知りになって。こうやって今でもお見舞いに来てくれることがあるのだ。
それまで普通に会話する程度のクラスメイトだった快と仲良くなったのは、
おばあちゃんの影響もあったりする。
「ばあちゃん体調はどう?」
「いい感じよ~。この前は病院の夏祭りにも参加しちゃった。」
「へー!何があったの?」
「なんだっけね、たくさんあったけど久しぶりにヨーヨーすくいなんかしちゃった。何十年ぶりだったかねえ。」
なんて楽しそうに話をする2人。
いやさ、いいんだよ、いいんだけどさ別に。
「なんだよこのか。そうやってすぐ拗ねるなよ。」
「拗ねてないし別に。」
「ヤキモチやくなって。」
「やいてない!」
口をとがらせる私に気づいたのだろう。快はニヤニヤとからかってきて。
イーッと威嚇をすれば、おばあちゃんが私にもプリンを渡して。
「ほらこのか。一緒に食べよう。」
「・・・食べる。」
大好きなおばあちゃんに言われたらそりゃ食べるに決まってる。
大人しく快の隣に腰かければ、犬かよ、と彼は笑って。
「本当にこのかはばあちゃんの事好きだよな。」
「当たり前じゃん。」
「まあ俺も好きだけど。」
「なんでそこで張り合ってくんのよ。ていうかあんたのばあちゃんじゃない!」
ギャーギャーと言い争う私たちを、
おばあちゃんはニコニコと見つめる。
3人でプリンを食べた後、しばらく談笑をして
快と共に病室を後にする。
これから予定があるという快と別れて廊下を歩いていれば、
見慣れたうしろ姿を見つけた。
あ、と思った時には駆けだしていて、
いや病院の廊下は走っちゃいけないから
早歩きなんだけど。
「わっ!!」
ソッと近づいて肩に手を置けば、少しだけ色の抜けた黒髪が揺れる。
驚いて振り返った彼女は、
私を確認してもう、と頬を膨らませる。
「びっくりしたじゃない!」
「びっくりさせたかったんだもん。」
「変な声出ちゃった~はずかしい~~」
なんて言って髪を触りながら恥ずかしそうにチヅさんは笑う。
その仕草は女子の私から見ても可愛くて、
この人は今まで何人の男の人を虜にしてきたのだろうか。
「驚かせちゃったお詫びに今日は私がジュースをおごりましょう。」
「許して進ぜよう。今日は炭酸の気分。」
「いいですねえ。私もそんな気分!」
なんて話しながらチヅさんの車椅子を押す。
「今日はリハビリ終わりですか?」
「そう。めっっちゃくちゃしごかれた。」
「あちゃー・・・。」
なんて言いながらチヅさんは笑うけど、
その顔には隠せない疲労があって。
リハビリの大変さ、厳しさは分かっているつもりだ。
おばあちゃんを見ていてもそうだし、
私自身も中学生の頃に足を怪我して、リハビリに取り組んだことがある。
身体的負担もそうだし、今までは自分の思い通りに動かせていたものが動かせなくなって、
自分の体なのに思うようにいかなくて、悔しくて、苦しくて。
片足だけでもくるしかったのに、
チヅさんの苦労は計り知れない。
「花火大会は行くの?」
「まだ何も考えてなかったです。」
いつもの場所でジュースを飲みながら、
話題は来月の花火大会へ。
私達が住んでいる街にはお盆のころに割と大きめの花火大会があって、
去年は部活の仲いい子と言ったっけな。
毎年欠かさずに行っている花火大会だけど、
その目的はその雰囲気を味わいたいだけな気がする。
沢山の人と、屋台と、夏の匂いと。
花火自体は、あんまりなあ。
「花火って、なんか切なくなる。」
ポツリ、と呟いた言葉に、
チヅさんが少し驚いたように顔を挙げて。
「すごい、時が過ぎるっていうのを感じさせられるんです。あれだけ大きくて、明るくて、でも終わってしまったら何も残らなくて。」
見ている間は感動するのに、
終わった後に何とも言えない気持ちを感じるのだ。
どうかしましたか、と問えばチヅさんは表情を緩めて。
「いやなんか。・・・前から少し思ってたけど、私とこのかちゃん似てるのかもね。」
「・・・私チヅさんみたいに綺麗じゃない。」
「いや外見じゃなくて。ていうか私綺麗じゃないし。ていうかこのかちゃん可愛いし!!!」
何言ってるのよ!と私の言葉にチヅさんは怒ったように頬を膨らます。
このかちゃんは本当にかわいい、そうチヅさんはもう一度繰り返してくれて、
なんかすごく照れてしまって。
「私も、花火は悲しくなっちゃうんだよねえ。」
理由はちょっと違うんだけど、と言ってチヅさんは微笑む。
「彼氏さんと別れちゃった場所とか?」
「私彼氏いたことないのよ。」
「え!?嘘だ!こんなにきれいで優しいのに!」
「どうもありがとう。でも本当なの。」
ペロッとチヅさんはおどけて舌を出す。
世の中の男の人は何をしているんだろう。
いや逆にハイスペックすぎて声をかけれないのか?
「じゃあ、好きな人は?」
いつか聞かれた質問を今度は聞き返せば、
チヅさんが一瞬、苦しそうに顔をゆがめた、気がした。
「そうねえ。」
次の瞬間はいつもの穏やかな笑みを浮かべたチヅさん。
けどその瞳には、何かが映っているように思えた。
「すごく大切な人は、いたかなあ。」
いたかなあ。なんて、過去形。
何も言えずに頷けば、チヅさんは微笑んで。
「花火のね、広がってから光が消えていく瞬間がすごく切なくなるの。」
その言葉に去年見た花火を思い出す。
火種が上がって、広がって、バラバラになって、そして消えていく。
「消えた瞬間にまた次の花火が上がって、みんな喜んで、でもまたバラバラになって消えて。また新しい花火が出てきて、消えちゃったものなんてすぐ忘れちゃって。なんか、すごく・・・、当たり前の事なのにね。変だよね。」
少し上を見上げながらそう口ごもるチヅさんに、大きく首を振る。
分かる。上手くは説明できないけど、でもその切なさが、分かる。
でもそれってきっと。私達が感じる切なさはきっと。
「忘れたくないからですよね。」
「え?」
「忘れたくないから、きっと切なくなるんです。その時間が大切だから、愛しいから、
消えて欲しくないから。」
人間は絶対に忘れてしまう。時が解決してくれるなんてよく言うけど、それは本当だ。
どんなに辛い事も、どんなにうれしい事も、
ずっとずっと鮮明に覚えている事は出来ないのだ。
でもそれはきっと、悪いことじゃ無くて。
「忘れてしまうから今を大切にしたいと思うし、写真を撮るし、日記を書く。忘れた方が、言いことだってある。」
辛い記憶をずっと抱えて生きていくなんて辛すぎる。
忘れてしまう事にはいい事も悪い事もあって、でもきっと、それが人間の生きる術だ。
「全部抱えてなんて、生きていけないです。」
そして、なによりも。
覚えておきたい、
忘れたくない。
その気持ち自体がとても愛しい。
自然に起こった沈黙。
しばらくの間、お互い何も話さずに、夕日に照らされる町を見つめる。
「そろそろ帰りましょうか。」
「そうね。」
お互いそう言って私が椅子から立ち上がれば、
チヅさんは私の裾を引っ張る。
「このかちゃんはすごいなあ。」
「何がですか。」
「全部がさ。」
「私からしたらチヅさんの方がすごいです。ハイスペックすぎて目が潰れます。」
「なにそれ。」
私の言葉に彼女がふわっと笑う。
少しだけ色の抜けた彼女の紙は、夕日に照らされるととても綺麗だ。
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