第9話
「あれ。社長出勤?」
その日は午後からの講義で欠伸をしながら歩いていれば、
後ろから誰かに声をかけられる。
振り向けばそこにいたのは真木さんで。
「真木さんこそ。講義は午後からですか?」
「いや、今日は講義は無いんだけど。ゼミの先生の所に行かなきゃでさ。」
そう言って真木さんはため息をつく。
3年生の夏。インターンシップに参加したり、ゼミの課題に取り組んだり。
段々忙しくなっているようで。
来年、再来年の事を想像して少し憂鬱になる。
嫌そうな顔をしてしまっていたのだろう、
不意に真木さんの指が私の眉間をなぞる。
「お姉さん、皴寄ってますけど。」
「・・・寄せてるんです。」
な訳あるか、と心の中で突っ込んで、
真木さんも何その言い訳、と笑う。
そのままキャンパスまで一緒に歩いて、
講堂の前で別れた。
しばらく振り返らないまま歩いてから、
一度足を止め、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこにはもう真木さんの姿は見えなくて、少し安心する反面なぜか残念な気持ちにもなって。
・・・なんだこれ。
触れた人差し指に、ドキドキしてしまったのは秘密です。
眠い、非常に眠い。
広い講堂での講義はもはや無法地帯。
真面目に聞いている人もいれば、スマホをいじったり、居眠りしたり、
別の課題に追われたり。様々だ。
集中していない事に気づいても教授は何も言わない。
ただ自分の言いたい事を話して、ツラツラと黒板に文字を書きこむ。
大学の授業なんてこんなものだ。騒ぎさえしなければ、期末レポートだけ提出すれば単位はくれる。
「このか、今日のサークル行く?」
「行く予定。夏未は?」
小声で聞いてくる夏未にそう答えれば、
彼女も片手でマルのサインを出す。
今日はサークルの日。週一の楽しみ。
授業を聞くのもそこそこに、
今日のサークル活動へ思いをはせるのであった。
「このか、はい、あーん。」
夏未がグリーンピースをスプーンにためて、
私の口へと押し込んでくる。別に嫌いじゃないからいいんだけど、いいんだけどさ。
「っ・・・多い多い!」
さすがに量が多いんだって。
仕方なく咀嚼するけど、さすがに盛りだくさんのグリーンピースは美味しくない。
オレンジジュースで流し込む私を見て、先輩たちが笑う。
サークルの後、ご飯を食べようと数人でファミレスに来ていた。
アフターという形でご飯に行くのは珍しい事ではなく、
サークルと同じく週一の楽しみだ。
「夏未ちゃんグリーンピース駄目なんだね。」
「そうなんですよ。豆全般が苦手で。」
「あー、ちょっとわかる」
真木さんが目を瞑って頷く。
グットッパで別れたテーブルは、
何と嬉しい事に真木さんと一緒で。
他にも数人の先輩、同級生と盛り上がりながら
注文したたらこスパゲッティを平らげていく。うん、おいしい。
気付けば時間は深夜0時に近づきつつあって、
出てきてしまった欠伸を噛み殺す。
徐々に人が減っていった店内は、大分静かになっていて。
そろそろ帰るかあ、なんて先輩たちの言葉と共にテーブルを立ち上がった。
そのまま外に出て、車の中でまた少し会話に花が咲く。
・・・なんか、大学生っぽいなあ。
なんて思ったら少しにやにやしてしまって、
夏未に気持ち悪いと一蹴されてしまった。
サークルの話、バイトの話、大学の話。
家まで送ってくれるという先輩たちの好意に甘えて、
車に揺られながら会話を楽しむ。
心地よさに眠くなってしまったのか、
気付けば話しているのは真木さん、夏未、私、そして運転している
先輩の4人だけになっていた。
会話が少し途切れた後、
助手席の真木さんが後ろを振り返る。
「・・・ねえ、19歳ってどんな気持ち?」
不意に真木さんの口から出たのはそんな質問。
唐突な質問に2人で顔を見合わせる。
大学1年生の私と夏未は現在19歳。
19歳だけど、どんな気持ち、って。
「・・・難しいですね、その質問。」
うーん、と夏未が考え込む。
同じく私も腕組をして、考え込んでしまう。
どんな気持ち、かあ。考えたこともなかったな。
「あ、ごめん急に。抽象的すぎるね。」
そういって真木さんは気にしないで、と笑う。
そのまま話は別の方向にそれて、誰と誰が付き合ってる、だれだれがかっこいい、かわいいだの。
夏未は本当にそういう事に詳しい。歩くSNSの称号を与えたい。
話しに参加しつつも、さっきの真木さんの質問が頭の中に残っていた。
質問自体もそうだけど、その時の、真木さんの表情が。
よく見せる困った笑顔の、その裏の。暗いものがなにか、見えた気がしたのだ。
19歳、かあ。
私は今、どんな気持ちなんだろう。何を考えて生活しているんだろう。
昼前に起きて、講義を聞いたり聞かなかったり、たまにバイトをして、課題に追われて、
友達と話したり、お出かけしたり、自炊を頑張ってみたり、
将来の事なんて正直、全然決まってないなあ。
なんて考えに行きついてしまって急に怖くなって、思考をシャットダウンした。
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