第8話
「あら、このかちゃん。」
ガラガラ、と病室のドアを開ければ、
最初に声をかけてくれたのは山田さん。
「山田さん、こんにちは。」
挨拶をすれば、今日も暑いわねえ、なんて山田さんはうちわを使いながらため息をつく。
本当に、今日は暑い。
おばあちゃんが入院している病室は集団病室で、
他にも何人かの患者さんがいる。
山田さんもその一人で、年齢はおばあちゃんと同じか少し若いくらい。
いつも何かと私の事を気にかけてくれるのだ。
山田さんと少し話をして病室の奥に進めば、
ベットに座るのは、私の大好きな人。
「このか、今日も来てくれたの。」
おばあちゃんは私を見つけて、
シワシワの顔を更にシワシワにして笑う。私の大好きな笑顔。
そこには先客がいて。
「あ!チヅさん!久しぶり!」
「このかちゃーん。久しぶりね!」
私を見つけ笑顔で手を握ってくれるその人は、
車椅子に座っていて。
「今日がリハビリの日だったからってお菓子持ってきてくれたのよ~。」
おばあちゃんはそう言って嬉しそうに紙袋を掲げる。
それは私もおばあちゃんも大好きな駅前の和菓子屋さんの紙袋で。
「このかちゃんと千代子さんで食べてね。」
なんて言ってチヅさんは優しく笑う。
私より少し年上のチヅさんは、私の友達で、そしておばあちゃんの友達でもある。
最初にチヅさんと出会ったのは1年ほど前。
リハビリテーションにおばあちゃんを迎えに行ったとき、
いつもは同い年くらいの人たちと一緒に話しているのに、
その日は若い女の人と話をしていて。
珍しい、と思って声をかければ、
私の方を向いた彼女。
その顔はとても綺麗で、そして彼女はふわっと笑って。
『初めまして。千代子さんのお孫さん?』
その笑顔が柔らかくて、優しくて。
その瞬間から私はチヅさんのファンである。
その後その日は3人でお昼ご飯を食べて、色々な話をした。
どうやら耳が聞こえない事で少し困っていた時に、
チヅさんが助けてくれたようで。
彼女は高校生の時に事故で足を悪くし、車椅子生活を送っているそう。
今はリハビリのために定期的に病院に通っているらしい。
「じゃあおばあちゃん。私そろそろ行くね。」
「あ、じゃあ私もそろそろお暇しようかな。」
私の言葉と共に時計を見たチヅさんが、
そういって車椅子のロックを外す。
「はいよ。ありがとね、勉強頑張ってね。チヅちゃんも、ありがとうね。」
また来るね、とおばあちゃんに手を振って、
チヅさんと共に病室を後にした。
病室を出る時にも山田さんは暑い暑い、とベッドにだれていて思わず笑ってしまえば、
「や~もう恥ずかしい。見ないで。」とおどけながら顔を隠した。何可愛い。
「暑いね~。」
「本当にです。」
病院の廊下を通りながら、チヅさんがパタパタと首元を仰ぐ。
山田さんからさっきもらったうちわをチヅさんに手渡して、
車椅子を後ろから押せば、彼女は少し申し訳なさそうにこちらを振り向く。
「ごめんね、ありがとう。」
「何がですか」
そう言えばチヅさんはもう、という様に笑って。
「大学はどう?忙しい?」
「全然です。暇すぎちゃうくらい。」
飲食が可能なスペースに移動して、
イスに座ってカルピスを飲む。
・・・最高。暑い日のカルピスは至高。
同じくゴクゴク、と炭酸ジュースをのどに流し込むチヅさん。
ぷは~、と2人で同時に息を吐きだす。
「このかちゃん、彼氏はいないんだっけ?」
「いないんです。」
そのまましばらくお互いの近況報告なんかをする。
こうやってチヅさんと話す事は珍しくなくて。
「じゃあ、気になってる人とかは?」
「いっ・・・ないです!」
「絶対いる言い方だねうん。」
急にチヅさんにそう聞かれて、
パッと頭に真木さんが思い浮かんでしまった。
一人で動揺してしまった、いけないいけない。
チヅさんはニヤニヤと笑って、私の袖をつつく。
「え~。どんな人なの~?」
「だからいないですって。」
「またまた~」
なんて言ってチヅさんがからかうから、
更に恥ずかしくなってしまって。
そんな私を見て彼女はカワイイ、と笑う。
「同級生?それとも先輩?」
「・・・っ、先輩、です。」
こういう時のチヅさんには勝てない。
観念して白状すれば、チヅさんはあら、と頬に手を当てて。
「先輩ってさ、もう存在がずるいよね。」
「本当にそれです。フィルターかかります。」
「うわー、分かるわあ。」
うんうん、と目をつぶって頷く。
先輩って本当にずるい、もう響きがかっこいいもの(え?)。
その後も他愛のない話を続けていれば、
気付けば大分時間が経ってしまっていた。
すっかりからっぽになった紙コップを捨てて、
カバンを手に立ち上がる。
「じゃあ、またね。」
そう言って手を振ってくれるチヅさんに私も手を振りかえす。
綺麗で、優しくて。けれどサバサバしている所もあって。
なんでも話すことができるチヅさんは、まるでお姉ちゃんのような存在なのだ。
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