長い一夜
「みんな大丈夫か!?」
おれは小春達に駆け寄ると無事を確認する。
「は、はい。ぼくはただ立っていただけなんで大丈夫です」
「あたしも平気ー」
「俺様がこんな弱ぇーのに負けるわけないっての。しっかし、旦那の考えた『おとり作戦』大成功だったな」
そう。おれのもうひとつのアイディアはおとりを使い、犯行の瞬間を取り押さえるというものであった。
牙城が若い女の子を狙うということはわかっていたので、ハーレムメンバーの中でその条件に一番近い小春(ホントは男だが)を家の前に立たせておき、襲ってきたところを戦闘力の高い虎徹と愛姫で捕らえるという作戦だった。そして、見事に牙城は引っかかってくれたというわけだ。
「よし。それじゃあ、小春はすぐに警察に連絡してくれ」
「わ、わかりました!」
作戦を遂行してくれた3人が怪我もなく元気であることがわかると、今度は婆さんとフランに付き添われてここまでやってきた麗美の方へと向き直った。
「麗美のほうは大丈夫か?」
「大丈夫……。でも、やっぱり、怖い」
牙城はすでに虎徹によってうつ伏せにされ右腕を捻りあげられている状態であったが、それでも麗美はその場でうずくまってしまった。
当然だ。自分を殺した相手が近くにいるんだ。恐怖を感じないほうが無理ってもんだろう。
「……レイミ、ツラいなら少し離れる?」
「ありがとう、フランちゃん。でも、大丈夫。わたしはあの男がちゃんと逮捕されるのを見届けなきゃいけないから」
「うむ。立派じゃぞ麗美」
麗美は婆さんとフランに任せておいて問題ないだろう。おれはようやく地面に顔を押しつけられている牙城へと視線を落とした。
「牙城京介だな?」
「……」
「日曜の切り裂き魔はお前だな?」
「だったらなんだ? ていうか、お前達はなんなんだよ……? さっきこの大女がハーレムとか抜かしていたが、お前がそのリーダーってわけか?」
「リーダー? うーん、まあ、そうなんのかな?」
「ははは、そりゃいい。じゃあ、俺達は似たもの同士ってわけじゃないか。だからよ、この大女に俺の上からどくように言ってくれよ」
「このやろぉ! 旦那とてめぇのどこが似たもの同士だってんだぁ!?」
虎徹は声を荒らげると牙城の右腕をさらに捻りあげた。
ぎりぎりという歯ぎしりと共に牙城の顔は苦痛にゆがんだ。
「虎徹、それ以上強くするのはやめとけ。……ただ、おれもお前の言っていることが理解できない。おれとお前、どこが似てるっていうんだ?」
おれは、虎徹に制止を促しながらも牙城に尋ねた。
「だってよ、ハーレムなんて作ってるってことは、お前も女を見下してるってことだろ? 馬鹿な女共を支配したいってことだろ!? だったら俺と同じなんだよ! 俺も自分の欲を低俗な女にぶつけたかっただけなんだからよ!」
この男に殺してやりたいくらいの怒りを感じている。軽蔑だってしている。でも、いまはそれ以上に憐れみの気持ちが強くなっていた。
「……お前、かわいそうな奴だな」
「あ?」
「お前は知らないんだな、人に愛されるってことを。だから、他人を見下すんだろ? おれを愛してくれない奴らが悪い、おれを愛してくれないこの世界が悪いって思うんだろ?」
「違う」
「愛してくれない奴らが悪いって思ってるくせに、そのじつ人に愛されたくってしょうがないんだろ?」
「違う!」
「でもな、これだけは覚えておけ。人を愛することができない人間は人から愛される資格なんかないんだよ。もちろんその逆もしかりだが」
「ふ、ふざけんなぁ! 俺に説教かますな! 低脳のくせに! 馬鹿な女集めてイキがってるだけのくせに! お前なんか! お前なんかぁ!」
牙城は目を血走らせながら虎徹にとられていない左腕を自分のパーカーのポケットに突っ込んだ。
「旦那ぁ! 避けろ!」
そう虎徹が叫ぶのと同時に牙城がおれに向かってなにかを投げつけた。
すぐにナイフだとわかった。というのも、飛んでくるそのナイフがスローモーションに見えたのだ。
だが、体が動かない。刃がこちらに向かって少しずつ近づいてくるのを確認できているのに、体は固まってしまったかのようぴくりとも動かなかった。
聞いたことがある。人は死ぬ間際、時間の流れが遅く感じるようになると。これはきっとそれなのだろう。
つまり、おれは死ぬんだ。
おれは人生の最後を覚悟した。だが、そのゆっくり進むナイフとおれの間に割って入る人物がいた。――婆さんだ。
「うっ」
短いうめき声と共に時間の流れが正常に戻る。
そして、おれの前に立った婆さんが人形のようにどさりと地面に崩れ落ちた。
「婆さん!」
おれは倒れた婆さんに駆け寄ると体を抱きかかえた。
「おい! しっかりしろ、婆さん!」
「お、おぉ……、光一、無事……か?」
ナイフは婆さんの胸に深々と突き刺さっていた。それなのに婆さんは息も絶え絶えでおれの心配をする。
そんな姿を見て、おれの目からは自然と涙がこぼれていた。
「なんで! なんで、おれなんか庇ったんだよ!」
「なにを……泣いておる。わしは……不老不死の……天女じゃぞ。これくらい……なんでもない」
「わかったから、しゃべるな! 傷口が開いちまうって!」
「心配性……じゃな、光一は。それじゃあ、少しだけ休ませてもらうことにするか……の」
そう言って婆さんはすっと目を閉じた。その顔はどこか安らかにも見えた。
「婆さん……、う、嘘だろ?」
「い、いやあぁぁ!!」
突如、麗美の金切り声が辺りに響いた。
「わ、わたしのせいだ! わたしのせいでキラお婆ちゃんが!」
「落ち着け麗美!」
「キラお婆ちゃんが光一くんを庇わなくっても、わたしがしっかりしてたらポルターガイストでナイフなんか止めることができたのに!」
「……レイミ、悪くない」
「フランちゃんはあいつを尾行をしてくれた! 光一くんは作戦を立ててくれた! 小春ちゃんは危険を承知でおとりになってくれた! 虎徹さんや愛姫さんはあいつと戦ってくれた! キラお婆ちゃんは光一くんを命がけで守った!」
麗美の目が虚ろになっていく。
「それなのに! わたしはなんにもしてない! ただ怖くて震えていただけ! わたしのせいで! わたしのせいで!」
「悠木ぃ! 自分を責めるのは後回しにしろ!」
「みんなを巻き込んだ! わたしがやらなきゃいけないのに! あいつを! わたしが! あああぁぁあぁ!」
麗美は狂ったように叫んだ。
と、一番最初に虎徹が牙城から手刀で払い落としたナイフがふわりと宙に浮かびあがる。
「え? な、なんだ!? ナイフがひとりでに浮かびあがったぞ!?」
麗美の姿も見えず、ポルターガイストの能力も知らない牙城は、その光景に驚きを隠せないようだった。だが、いまは牙城のことなんかを気にしている場合ではない。
「やめろ! 麗美!」
「わたしが決着をつけなきゃいけないんだ!」
麗美におれの声は届かなかった。浮かび上がったナイフは牙城の顔面に矛先を向けると一直線で飛んでいった。
腕の中に婆さんを抱えているおれはどうあがいてもナイフの速度に間に合いそうになかった。フランはなんとかなだめようと麗美のそばにいるし、小春はいま警察に電話している。虎徹は牙城を押さえ込んでいるからナイフを防ぐまではできない。
このままでは麗美が人を殺してしまう。麗美は牙城に殺されたのだから、ある意味麗美にはその権利があるのかもしれない。それでも、おれは麗美に人殺しという名の重荷を背負ってほしくはなかった。だけど、その願いももう叶わないというのか?
「ひぃー!」
牙城の情けない悲鳴が聞こえた直後、ザクリとナイフが突き刺さる音がし、真っ赤な鮮血が路上にしたたり落ちた。――だが、その血は牙城のものではなかった。
それは愛姫の血だった。愛姫が牙城の顔に刺さる寸前のナイフの刃を右手で握りしめていたのだ。
「愛姫! 平気か!?」
「コウちゃん、心配してくれてありがとう。でも、このくらい、へーきよ」
おれに無事をアピールすると、愛姫の視線は麗美へと向けられてた。
「ダメよー、麗美ちゃん。こんな奴、殺す価値ないわー。それに、あなたはあたしからコウちゃんを守るんでしょ? だったら、あなたは純粋でなきゃ。あたしやこいつみたいになっちゃダメよー」
そう言うと何事もなかったようににっこりと笑う。だがその額にはびっしりと油汗が浮かんでいた。
「愛姫さん!」
麗美の目にはいつの間にか色が戻っていた。
「わたし! ごめんなさい! ごめんなさい……」
「いいの。いいのよ。これは麗美ちゃんの心の傷。少しでもあたしが負担できるなら、それはあたしにとって嬉しいことなんだからー」
「でも、わたし、わたし……」
「麗美!」
うろたえている麗美におれは大声で問うた。
「おれ達はなんだ!?」
「え? ……ハーレムの仲間」
「そうだ! それも、どこか孤独を抱えていた人間ばかり集まったハーレムだ! だから、血のつながった形だけの家族なんかよりも、よっぽど絆は強いはずだろ!?」
「う、うん」
「だったら、つらかったら頼れよ! おれ達は仲間のためなら傷のひとつやふたつくらい一緒に負ってやるからよ! ひとりで責任感じるな! お前にはおれ達がついてるんだから!」
「光一くん……。ありがとう、みんな、ホントにありがとう……」
そう言って麗美は泣き崩れた。
よかった。愛姫のおかげで麗美は立ち直れるだろう。あとは婆さんさえこんなことにならなかったら、万々歳だったっていうのに……。
「まったく! さっきからなんなんじゃ! 耳元で叫びまくりおって! うるさくって眠れんじゃろうが!」
「どぅえぇ!?」
なんと腕の中で倒れていた婆さんがぱちりと目を覚まし、おれに文句をつけてきたのだ。これには、おれも、ほかのメンバー達も驚きで目が点になっていた。
「ば、婆さん! あんた、死んだんじゃなかったのか!?」
「な!? 人を勝手に殺すでない! 少し休ませてもらうって言うたじゃろうが!」
「いやいやいや! だって、ナイフが胸に刺さったんだぞ? 逆になんで生きてんだよ!?」
「なに言っておるんじゃ! わしはずっと不老不死の天女じゃと言い続けておったろうが! それ以外の説明など必要ないじゃろ」
「は? じゃあ、まさか、あんた、ホントに天女なのか……?」
「無論じゃ。まあ、さすがに心臓を再生させるのは少し時間がかかったようじゃがの」
そう言うと婆さんは自分の胸に刺さったナイフを平然と抜いてみせる。そこから血は一滴も垂れることはなかった。
「なんだよ! そういうことは最初に言えよ! 無駄に心配しちまったじゃねーか……」
「だから、最初から言ってたじゃろうが! それなのに信じないのが――って、光一、なんでまだ泣いておるんじゃ?」
婆さんの言うとおり、おれは未だに泣き続けていた。止めようと思っても、目から自然と涙があふれていた。
「おいおい、わしはもう心配ないと言っておるじゃろ?」
「バカ野郎……。これは心配で泣いてんじゃねーよ。あんたが死ななくて嬉しくて泣いてるに決まってるだろうが……」
「まったく……。光一は泣き虫じゃな……」
婆さんは泣き続けるおれの頭をよしよしとなでる。そのしわくちゃの手は暖かくて、ずっと昔にほんの少しだけ感じた母親の手のように思えた。
「キラお婆ちゃーん! よかったー!」
「キラリ、フランもよしよしして……」
おれの様子を見た麗美とフランも婆さんの胸元へと飛び込んでいった。
「なんじゃなんじゃ。今日はみんなずいぶん甘えん坊なんじゃな。困った子達じゃ」
口ではそう言いながらも婆さんの顔はどこか嬉しそうだった。
「なんだ……? なにがどうなってるんだよ……?」
虎徹にぶん殴られ、麗美のポルターガイストを体感し、仕舞いにはナイフが刺さったはずの婆さんがピンピンしているのを目の当たりにした牙城は、ただただ呆然としていた。
そんな中サイレンの音が遠くで聞こえてきた。小春が呼んだパトカーのものだろう。
長かった一夜はこうして幕を閉じた。
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