買い出し。そして響く絶叫


 愛姫は無職(居酒屋のバイトをしていたらしいが、なんでもそこの店長に言い寄られ、そのお返しにナイフを突きつけたらクビになったらしい)ということなので、昼は婆さんやフランと屋敷にいながらアルバイトを探すことになった。

 相変わらず虎徹とは仲が悪く、顔を合わすたびに喧嘩(端から見れば殺し合いだが……)ばかりしている。しかも、愛姫のナイフさばきはなかなかのもので、あの虎徹相手になかなかいい勝負をしていた。とはいえ、相手は百戦錬磨の喧嘩番長。結局、いつも最後は、経験の差、地力の差で、虎徹が愛姫を押さえ込む形で喧嘩は終了していた。

 おれとしては同じハーレムメンバーなのだから仲良くしてほしいと思っている。ただ、ふたりの様子を見てると、もしかしたらこれは愛姫と虎徹だけに通ずる独自のコミュニケーションなのかもしれないとも思えてきていた。というのも、愛姫は全力で攻撃をできるのでどこかうれしそうだし、虎徹も虎徹でおれを守るという目的を果たすことで毎日が充実しているようにもみえるのだ。


 ほかのメンバー以上に一癖ある愛姫も加わり屋敷も前よりだいぶにぎやかになった。そして小春がお泊まりできる土曜日の今日、もはや恒例となった新規メンバーの歓迎会をおこなうことになった。

 そんなわけで、うちのハーレムの料理上手ツートップ(ひとりは味付けだけだが……)である麗美と婆さん、そして荷物持ちのおれに外を出歩くのが大好きになったフランの計4人で材料の買い出しに行っていた。


「おおぉ……。すごいいっぱい人がいる……」


 大型スーパーを目の前にしてフランは驚きを隠せないようだ。


「フランちゃんはこんなに大勢の人を見るの初めてだもんね」


「みんな、ここでなにをする?」


「ここは買い物をする場所だよっ!」


「買い物……とは?」


「えーっと……、そう訊かれると答えるの難しいな」


 麗美は思案しながら空中を一回転する。


「んー、お金を出してぇ、そんでー、商品をもらうところだよ」


「お金……とは?」


「ぐっ! お、お金とは、えーっと……」


「商品……とは?」


「こ、光一くんっ! パス!」


 そう叫ぶと麗美は地面へと潜ってしまった。


「おいっ! 説明放棄するなっての!」


 くそっ! おれだってこういうの説明するの苦手だっていうのに。でも、期待を込めた目でこっちを見るフランを無視するわけにもいかないし……。麗美め、呪うぞ!


「あー、商品ってのはあれだ。今回の場合でいえば料理の材料だ。人参とかピーマンとか、そういういろんなものをまとめて商品っていうんだ」


「……お金とは?」


「お金っていうのはだな、なんつうか、その商品の代わりになるものって言えばいいのかな。だから、おれ達は商品をもらう代わりにその商品と同じ価値のお金を差し出さなきゃいけないんだ。ほら、これがそのお金だ」


 おれはポケットから500円玉を取り出しフランに握らせた。


「……うーん?」


 どうやらピンときていないようだ。本当はフランを店の中に連れて、実際の会計を見せてやるのが一番わかりやすいとは思うんだが、いかんせんこの格好では無理だ。フルフェイスヘルメットにバイクスーツなんて、強盗に間違えられて警察を呼ばれかねない。

 おれがどうしたものかと思い悩んでいると、不意におれが四苦八苦しながら説明するのをおかしそうに聞いてた婆さんがフランに話しかけた。


「フランや、甘いジュースを飲みたくはないかの?」


「ジュース? 飲みたいけど、フラン水筒持ってない。キラリは?」


「わしも持っておらんよ」


「じゃあ我慢する……」


「でもの、フランが持ってるそのお金があればいつでもジュースが飲めるんじゃよ」


「おおぉ……。これ水筒だったのか……」


 どうも変な解釈をしたフランは手にした500円玉を感心した面もちでしげしげと眺めている。


「違う違う、そうじゃないんじゃ。フランや、そのお金をここに入れてごらん」


 婆さんが指さしたのは自動販売機だった。


 これはナイバ! これなら店内に入らなくても実際に買い物ができる。これ以上にフランにわかりやすく説明できるものはないだろう。


「これをこの中に入れる?」


 フランはどこかおっかなびっくりした様子で婆さんの指示に従い、500円玉を自販機に投入し、そしてリンゴジュースのボタンを押した。


 ガコンという音とともに350ミリリットルのペットボトルのリンゴジュースが出てくる。フランはそれを取り出すと「おおぉ……」と今日何度か目の驚きの声を漏らした。


「どうじゃフラン。これが買い物というものじゃ」


「買い物、すごい……!」


「そうっ! 買い物ってすごいんだよっ! これでスタモンチップスとかも買えちゃうからねっ!」


 いつの間にか地面から浮上していた麗美が得意げな顔で胸を張る。


「いや、お前説明放棄したくせになんでそんなドヤ顔できるんだよ」


「なに言ってんのさっ! わたしは光一くんの説明力を試していたのだよ。でも、すぐにキラお婆ちゃんに頼っちゃうなんてガッカリもいいとこだ……。光一くんの説明力はヤ○チャ並みだよ」


「一応言っておくが、ヤ○チャさんは一般人より抜群に強いからな。不幸なのは彼の周りに一般人がいなかったことだから」


「はいはい、それヤ○チャの負け惜しみ、略してヤム惜しみだから。ていうか、せめてクリリ――」


 麗美の言葉が途切れた。その顔は真っ青(幽霊だから元々少し青白いのだが……)で、なにやらおれの後方を凝視している。


 どうしたものかとおれは後ろを振り返った。大型スーパーの前なので、そこにはたくさんの人であふれているわけだが、その中で気になるものは……。

 ひとりの男がおれの視界に入る。

 年齢はおれと同じくらいだろうか。黒いパーカーに黒いカーゴパンツ、そして黒いショルダーバックと全身黒ずくめの男だ。そして、その男の頬には大きな傷があった。


 ああ、そういうことか。あの男の人の頬の傷ががまるでヤ○チャみたいだってことだな。たしかにタイムリーすぎて驚いて言葉を失うのも無理は――


「――い、いやあぁぁっ!!」


 納得しかけたおれの思考を否定するかのように、いきなり麗美が悲鳴をあげた。


「お、おい! いきなり叫んでどうしたんだよ!?」


「いやぁっ! あああ、来ないでっ! いやだあぁっ!」


「これ、麗美! なにがあったんじゃ?」


「レイミ……平気?」


「怖いっ! 怖いよっ! いやだっ! 来ないで!」


 婆さんやフランもそのただならぬ様子に心配して近寄るも、麗美は耳をふさぎ、頭を抱え、まるでこの世界を拒絶するかのようにうずくまっていた。


「麗美、しっかりしろって!」


 突然の出来事に頭がまわらない。落ち着かせようと、肩を揺すろうとしたところで、ようやく麗美には触れることができないんだと気づくほどにおれは動揺していた。


 いったいなにがあったというんだ?

 麗美がこんなに取り乱すなんてふつうじゃない。でも、おれはどうすればいいんだ? 麗美になんとかして事情を聞きたいが、これじゃあどうしようもない。


 せめてもの救いだったのは、周りにいる人達には麗美の姿も、この耳をつんざく悲鳴も聞こえてはいないことだった。だから、おれはただ待った。麗美が落ち着くのを。ただただずっと。

 こうして待つことしかできない自分が歯がゆい。おれのハーレムであるはずなのに、そのメンバーが嘆き悲しんでいるときに、肩を抱いてやることすらできないなんて。


 己の無力さを感じ、号泣する麗美の横でおれは一筋の涙を流していた。

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