愛と罪の証
自室に戻って寝ようと思ったが……まったく眠れねえ! ベッドに入って何時間も経っているってのに一睡もできねえ!
というのも、先ほどから2連チャンでゲロを吐いてるため、横になって目をつむっても自分の口から漏れるキツい臭いが、おれの眠りを妨害するのだ。
やべぇな。このレベルだと歯磨きしたくらいじゃ臭いがとれないかもしれない。となると……風呂に浸かるしかないか。
おれは部屋を出て一階の浴場へと向かう。
時間は深夜。もうみんな寝ているだろうから(幽霊の麗美はどうかはわからんが)安心してゆっくりと湯船に浸かれるだろう。しかし、あの浴場を使うのも数年振りだったというのに、まさか今日一日で2回も入ることになるとはな……。
おれはそんなことを考えながら脱衣所の扉を開けた。
「え」
「あ」
こんな時間だからだれもいないと思っていたが、そこには先客がいた。
「コ、コウちゃん……」
愛姫だ。
しかも、まずいことに愛姫もちょうど服を脱ぎ終わったところだったようで、素っ裸の状態であった。つまり、愛姫のあの豊満なおっぱいが露わとなっているわけだ。
「い……いやー! み、見ないでっ!」
「あ、いや、ご、ご、ごめん!」
おれがテンパりながら謝ると、愛姫は壁に背中をくっつけてこちらに向き直る。
え? ふつうは胸やら股やらを隠すだろうに、なんで愛姫は隠さなきゃいけないところを全部さらけ出してんだ?
おれも脱衣所の扉をしめればいいのに、愛姫の予想外の行動に戸惑ってしまい、その場から一歩も動けずにいた。
「……見た?」
愛姫は青ざめた表情で尋ねる。
見たっていうか、いま現在モロ見えなんだが……。
そう言おうとしたところで、愛姫の体に異常を感じた。
肩のあたりが変に赤黒い。目を凝らしてその箇所を凝視すると、怪我をしているように見えた。
「愛姫、お前、肩のところ――」
おれが指摘すると愛姫は自分の肩をさっと手で隠す。愛姫としては見られたくないのだろうが、あんな状態を目の当たりにして、おれも見て見ぬ振りなんてできなかった。
「大丈夫か? 怪我してるんじゃないのか?」
「心配……してくれるのね」
「そんなの当たり前だろ。愛姫はおれの考えを受け入れてハーレムに入ってくれた仲間なんだから」
「……ふふっ」
おれの言葉に愛姫はおかしそうに笑う。
「あたしからしたら受け入れてくれたのはコウちゃんのほうなのに……。あたし、コウちゃんのハーレムに入れてもらって本当によかったわ」
笑みをみせてくれた愛姫におれも少しだけ安心した。とはいえ、いまは愛姫の肩の怪我のほうが気がかりだった。
愛姫はおれの考えを察したようで、その顔は決心した面持ちに変わっていた。
「……そんなコウちゃんにこれ以上心配はかけられないわよね。いいわ。コウちゃんには見せてあげる。あたしの秘密」
愛姫はそう言うと、こちらに背中を向けるとおもむろに自分の長い髪をかきあげた。
「あ……」
おれは思わず声を失う。
愛姫の肩から腰のあたりまでの間に10円玉くらいの大きさの赤黒い斑点が無数に広がっていたのだ。
「気持ち悪いでしょ?」
愛姫は自嘲気味に笑う。
「これは全部ママがつけたタバコの痕なの。10年経った今もまったく消えないのよね……」
見ているだけでつらくなるほど、愛姫の背中は痛々しかった。
「これを見られたくなかったから一緒に風呂には入れないっていったんだな……」
「うん。あたしの背中を見た人はみんな逃げ出していったから。大好きな人には特に見せたくなかった」
もしかしたら、愛姫は少年院を出た直後は人を殺すことが愛情表現だとは思ってはなかったんじゃないだろうか。ふつうに人を好きになって、その人に自分のすべて捧げようとしたところで、その背中を見た相手が逃げ出してしまった。それによって愛姫の愛情が完全に狂ってしまった。もちろん、これはおれの想像でしかないのだが……。
と、おれはあること思い出してはっとした。
「愛姫、もしかしたらその背中を治せるかもしれないぞ!」
「え?」
「以前、おれは虎徹と決闘してぼろぼろに負けたことがあんだけど、そのとき婆さんが持っていた薬を使ったらあっという間に全快したんだよ。貴重な薬とか言っていたけど、あれさえ使えば愛姫の背中だって、きっと」
「んーん、ダメよー」
愛姫は力なく首を横に振る。
「これはママの愛の証。そして、あたしの罪の証でもあるの。だから、あたしはこの背中で一生を過ごすと決めてるんだ」
罪。そんな風に思うということは、やはり愛姫は母親を殺してしまったことをどこかで後悔しているのだろう。
おれは愛姫の背中のやけどの痕を心底憎く感じた。そして、改めて愛姫のことを救ってやりたいと思った。
「コウちゃん、あたしの背中はこんなに気持ち悪いけど、それでもあたしをハーレムに置いといてくれる?」
「そんなこと訊くなよ。おれが背中の古傷くらいで追い出したりするわけないだろ」
「うん……。それからもうひとつお願いがあるんだけど、この背中のことはみんなには内緒にしてくれない? みんな、気持ち悪いなんて言わないのはわかってるけど、やっぱり、あたし、怖いから……」
「……わかった」
「ありがとう」
本当はおれにだって見せたくなかったのだろう。愛姫はこちらに向き直って笑って見せるが、その笑顔はどこか無理をしているようにもみえた。
「さ、話はこれでおしまいー」
愛姫はわざとらしい明るい声を出す。
「コウちゃーん! いつまであたしの裸を見てるのかなー。はやく出て行かないと殺しちゃうぞ♪」
「ご、ごめん!」
愛姫が裸だったのをすっかり忘れていたおれは慌てて脱衣所を後にする。そして、ゲロ臭い口のまま自室に戻るのであった。
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