ハーレム風呂あがり
風呂から出たおれ達がにリビングに向かうと、そこにはソファーに座ってくつろいでいる愛姫の姿があった。
湯上がりのおれ達の姿を見て愛姫は感心した様子でうなずいた。
「へえ、やっぱりハーレムだけあって、みんなでお風呂に入るのねー。家に帰ってなかったら猛夫ちゃんも一緒に入るのかしら?」
「猛夫……? ああ、小春のことか。……ていうか、いつもこうして一緒に風呂に入ってるわけじゃないからな。今日、たまたまこうなっちゃっただけだから」
「そもそもなぁ。てめぇが襲ってくるかもしれねぇから、護衛のためにみんなで入ってたに決まってんだろうが」
虎徹はそう言って舌打ちをする。
「ああ、あたしを警戒してってことだったのー。だとしたら、コウちゃんに悪いことしちゃったわねー。デカブツなんかとお風呂に入らなきゃならなくなっちゃったんだものー。こんな暑苦しいのと一緒じゃ疲れもとれないでしょうよ」
「あ? なんだてめぇ、喧嘩売ってんのかぁ? それなら容赦しねぇぞ」
「いやだわー。あたし、好きな人以外は殺さない主義なの。ま、でも、コウちゃんを殺す邪魔をするっていうのなら容赦はしないけどー」
「はっ! 上等だ、返り討ちにしてやらぁ」
一触即発。愛姫は胸の谷間からナイフを取り出し(なんでそんなところに!?)、虎徹のほうは握り拳を固めてファイティングポーズをとる。
ヤバい! 喧嘩を止めなくては! ……とはいえ、おれなんかがこのふたりを止められるわけがないじゃないか! なんといっても片方は最強の番長で、もう片方はおれの命を狙っている殺人姫なのだから。
ただ、そんな危険なふたりの間に割って入る人物がいた。
婆さんだ。
「ふぉっふぉっふぉ。おふたりさんや、喧嘩もいいが、お茶が入ったから飲んではいかがじゃ? フランがみんなのために淹れたんじゃよな?」
「うん。フラン、キラリに教わってお茶淹れた。……コテツとアキも飲む」
おお、ナイスババア! 略してナイバ! おそらく険悪な雰囲気になったのを察し、婆さんはフランにお茶を淹れさせたのだろう。フランはこのハーレムの妹的存在だからな。そんなフランの淹れたお茶を喧嘩しながら飲むわけにはいかないってわけだ。
「わぁ、フランちゃんありがとー。すっごくおいしいわ」
「ったく、今野にゃかなわねぇな」
婆さんの思惑通り、ふたりとも矛を収め、みんなでゆったりとしたティータイムの時間となる。
だが、それもつかの間でしかなかった。
突然、麗美が不満そうな顔で声をあげたのだ。
「うーん、やっぱり納得いかないっ!」
「なんだよ? 麗美もお茶飲みたいのか? でもな、幽霊、お茶飲めない。これ霊界の常識な」
「ちっがーう! そんなことじゃなくって、愛姫さんのことっ!」
「な、なんだよ、愛姫のことって」
まさか、やっぱりハーレムを抜けてほしいとか言う気だろうか? もしそうならおれの気持ちを理解してもらえなかったということになり、少し悲しい。
「だってさ、お風呂に入ってるときって人が一番無防備になってる時間じゃん! たぶん、人を殺すならだれだってお風呂に入ってるときを狙うよ。それなのに、愛姫さん襲ってこないんだもん。そんなの納得できないよっ!」
え、そこぉ? なんか麗美の言うことを身構えてた分、肩すかし感がすごいんだが。
「でも、フランは水がいっぱいはイヤだから、お風呂イヤ」
「いや、まあ、フランちゃんはそうかもだけど、わたしだったら絶対お風呂の途中を狙うなぁ。愛姫さんはもうちょっと真面目に光一くんを殺しにかからなきゃダメだよ。わたしはせっかくワクテカしながら待ってたのに無駄になっちゃったじゃん!」
「お、お前なぁ……。その発言聞いたら麗美はおれに危険な目に合ってほしいのか、ほしくないのかよくわからなくなってきたぞ……」
「イヤだなー、光一くんったら。言ったでしょ? わたしが光一くんを守るって。だから、光一くんが危険な目に合うなんてことは絶対にないから大丈夫だって! ……で、どうなの? 愛姫さん。どうしてお風呂のときを狙ってこなかったの? もしかして、フランちゃんと同じで水嫌いだったりするの?」
「ふふふ、麗美ちゃんはおもしろい子ねー」
愛姫はおかしそうにくすくすと笑う。
「まあ、理由としてはフランちゃんと似てるかしらねー。ただ水が苦手なわけじゃなくって、あたしの場合は人前で肌を露出するのが苦手なのよねー」
意外だった。愛姫の服装は、きちんと隠れてこそはいるが、ワイシャツはタイトで胸元のボタンは3つほど開いて谷間がでているし、スカートも膝丈くらいまでしかなく、その下は生足が伸びているのだ。なので、肌を露出したくないという理由はいささか不自然にも感じた。
婆さんも同じ違和感を覚えたようですぐに異を唱えた。
「肌を露出するのが嫌いという割には胸元がはだけている気がするがのう」
「イヤだわ、これが限度ってことですよー。一緒にお風呂となるとあたしの全部を見られちゃうわけでしょ? それは、ちょっと恥ずかしいしー」
ま、それもそうか。べつにおれだってハーレムに入ったから一緒に風呂に入れという気もないし。つーか、そんなことされたらおれの方がのぼせて風呂場で倒れちまうかもしれないしな。
「そんなわけだから、お風呂ではコウちゃんを殺せないの。ごめんねー。でも、そのほかの場所ではいつだってコウちゃんの狙ってるから、よ・ろ・し・く」
愛姫がそうウインクしながら言ったかと思うと、その袖口からシュッとなにかがおれの方向へと飛んできて――目の前で止まった。ナイフだった。
「ふっふーん。愛姫さん、甘いよっ! 飛び道具はわたしのポルターガイストで防いじゃうんだからっ!」
「うーん……。やっぱり、麗美ちゃんはなかなかあなどれないわねー」
感心した様子で愛姫はにっこりと微笑んだ。
「お、おれとしてはもうちょっと余裕を持って防いでほしいぞ……」
「守ってもらっておいて文句を言わないっ! と・こ・ろ・で、光一くん! さっき愛姫さんが一緒にお風呂は入れないって聞いて残念そうな顔したでしょーっ!」
「し、してないっての!」
いや、まあ、まったくしてないって言ったら嘘になるかもしれないが……。なにせ、服の上からでもわかるボンキュッボンの抜群スタイルだ。多少なりとも期待してしまうのが男の
「フランも一緒にお風呂ムリ。……コウイチ残念?」
「いやいや、フランまでも勘違いするなって! おれはべつにみんなと一緒に風呂に入りたいわけじゃないからな!? 本当はひとりでゆっくりのんびりとくつろぎたいんだぞ!?」
「安心しろ旦那ぁ! 俺様はいつだって旦那と一緒に風呂に入ってやっからよぉ!」
「虎徹! お前だって女の子なんだから少しは恥じらいってものを持てっての!」
「そうだよ、光一くんの言うとおりっ! みんな女性なんだから、光一くんの前でそんなにポンポン裸になるべきじゃないよっ! ……そういうわけで、裸になりようがない幽霊のわたしがお風呂で光一くんのことをのぞく――じゃなかった。光一くんのことを守ってあげるよっ!」
「本音がダダ漏れじゃねーか! ていうか、お前、風呂以外の場所でものぞいたりしてるんじゃないだろうな!?」
「えっ!? い、い、いやだなー、光一くんったらー。わたしが、こ、光一くんの寝言とかを調べて記録したりしてるわけないじゃないっ!」
急に小春並みにどもるとか、麗美は嘘が下手すぎる! もしかしたら、本棚に隠してあるお宝DVDや寝る前のムフフなお楽しみタイムなんかものぞかれているかもしれない! ああ、もう……。おれのプライベートな空間は完璧に死んだわ……。
そんなことを思いつつも、おれはこの個性豊かなハーレムメンバーとのこうしたたわいない会話が心地よいものになっていたのも事実だった。
「ほれほれ、全員落ちつくんじゃ」
婆さんがパンパンと手をたたく。
先ほど虎徹と愛姫のいざこざを収めたのと同様にこの場をまとめようとしているのだろう。普段は妄言全開の困ったババアだが、こういうときは本当に頼りになる。
「まったく……。風呂のひとつやふたつでモメるなんて情けないぞ。ま、とりあえず、光一とお風呂に入る権利はわしのものということにしておこう。なにせ100088歳とこの中で一番の年長者じゃからの。年功序列というやつじゃ」
「って、あんたもか! 少しでも尊敬しかけた自分が恥ずかしいわ! ていうか、100000歳って閣下か! つーか、このツッコミしすぎて、もう閣下の情報ググらなきゃわかんねーよ! とりあえず、婆さんは頼むから一緒に入らないでくれ……」
「なんじゃ? さっきわしの裸体を見て、興奮してのぼせて倒れてしまったことを恥ずかしく思うとるのか?」
「ちげーよ! ババアの裸を見てだれが興奮するってんだよ!」
ああ、そんなこといったらイヤでも先ほどの悪夢が脳裏に浮かんじまう。あれはまさに干からびた大根――
「――オロロロロ」
「おー。コウイチの得意技が出た」
不覚にも再び嘔吐してしまったおれに対し、フランはやはり感嘆の声をあげる。
その後、ゲロまみれで土下座したかいもあり、おれが風呂に入っている間はだれも入ってはいけないというルールが決まったのであった。
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