ハーレム風呂


 その後、婆さんとフランにも愛姫のハーレム加入のことを説明した、

 フランは特に気にすることもなくすんなりと愛姫を受け入れてくれたが、愛姫の特殊な愛情表現を聞いた婆さんは渋い顔をした。それでも、一応ほかのハーレムメンバーが了承しているので、婆さんも強く否定することはなかった。


 そんなわけで、おれ達のピクニックは愛姫という殺人姫をメンバーに迎えることで終了することとなった。通いハーレムの小春は自分の家に帰ってしまったが、それ以外の面々は無事屋敷へと戻っていた(帰り道、愛姫に何度かナイフで突かれそうになったが、その度に虎徹や麗美が守ってくれた)。


 こんなに遠出したのは久しぶりだったのでさすがに疲れた。しかも、愛姫というまた一段と濃いメンバーも加入したため、常に気を張って精神的にもどっと疲れた気がする。

 こんなときは風呂に入るに限る。あっつい湯船にゆっくり浸かって心身共にリラックスさせるのだ。

 とはいえ、自分の部屋にはシャワーブースこそあれど浴槽はない。ということで、おれはじつに数年振りに1階にある浴場を使うことにした。


 おれ自身が1階の浴場を使用するのは久しぶりであったが、風呂好きの婆さんとトレーニングを欠かさない虎徹は毎日のようにここを利用していた。しわくちゃ婆さんと筋肉番長のふたりであるが、さすがにはち合わせてしまったら気まずい。おれはだれもいないことをしっかり確認してから浴場へと足を踏み入れた。

 おそらく婆さんが準備していたのだろう。すでに浴槽には湯が張られていた。おれは体を洗ってから念願の湯船へと浸かる。


「かぁーっ! 生き返るなぁ!」


 あまり高くないとはいえ、山登りをして体はそれなりに疲労していたのだろう。ひとりだというのについついそんな言葉が口から出た。


「えっ!? 生き返るってホント!?」


「ああ、ほんと、ほんと……」


 ……ん? いまの声は――


「もうっ! 生き返るなんて嘘じゃん! わたし死んだままだよっ!」


 そう言いながら湯船からぬっと姿を現したのは麗美だ。


「ぶぉっ! なにやってんだ、お前!」


「あ、やべ、見つかっちゃった。テへペロッ!」


「テへペロじゃねーよ! お前、幽霊だから風呂なんか入らなくていいんんだろ? つうことは、のぞきか!? おれの裸を見たかったのか!?」


 女の子と一緒にお風呂なんて夢の体験ともいえるかもしれないが、麗美の場合幽霊なので、裸になっているわけでもなく、服装はいつものセーラー服のままだ。これでは、おれがただただ裸体をさらしているだけじゃないか。――まあ、そういうプレイもありっちゃありだが……。


「ちょっと! 人をのぞき犯呼ばわりしないでくれるっ!? わたしは光一くんのことを守ってあげようと、こうして身を潜めていたんだよっ!」


「なんだよ、守るって?」


「なに言ってんのさ!? 愛姫さんからに決まってるでしょうが。お風呂なんて一番無防備になるところなんだから、ちゃんと見張ってなきゃ!」


「いや、まあ、そうかもしれんが。でも、愛姫だって風呂場までは襲ってこないんじゃないか?」


「まったく! 光一くんは命を狙われているのにのんきすぎるよっ! もっと危機感を持たなきゃダメだって」


 麗美は憮然とした表情でおれの隣で湯に浸かる(ものに触れることができないから、正確には浸かって見えるようにおれの隣で浮遊しているだけだが……)。

 あ、結局一緒に入るんだ……。まあ、麗美さえよければおれとしては構わないんだがな。

 しばらくふたり並んで風呂に入っていたのだが、不意に麗美がいつもとは違う真面目なトーンで話し始める。


「……わたし、やっぱり不安だよ、愛姫さんのこと。光一くんは心が広いからどんな人だって受け入れるのはわかるよ。でも、光一くんが傷ついたら、わたしを含めた周りの人も傷つくんだよ。わたしも死んでからいろんな人がわたしにお供え物をしていくのを見たけど、みんな泣いてた。自分が死んだこともショックだったけど、それ以上にわたしが死んだことでこんなにも大勢の人を悲しませてしまったっていうことがなによりもつらかった。だから――こんなこといまさら言うなって話かもしれないけど、やっぱり愛姫さんにはハーレムを抜けてもらうべきじゃないかって思う……」


「麗美……」


 いつも明るい麗美に、これほどまで悩ませてしまったことにおれは心苦しく感じた。

 麗美達がおれのことを大切に思ってくれているのと同じように、おれだって麗美達のことを大切に思っている。だから、愛姫からおれを守ることでほかのハーレムメンバーが傷つくのは避けたいことだ。それなら、麗美の言うとおり愛姫にハーレムを抜けてもらうというのが一番の方法なのだろう。でも――


「おれは愛姫に自分を見たんだ」


「自分?」


「そう、自分さ。おれも愛姫も親からの正しい愛を受けずに育ったから、まともな人の愛し方を知らない。だから、人とは違う方向に愛情が傾いてしまった。おれはそんな愛姫を救いたいんだ。人を傷つけたり、自分が傷ついたりするのは愛なんかじゃないって知ってほしいんだ。……って、ちょっとカッコつけちまったが、ハーレムも世間からしたらまともなんかじゃないんだけどな。ま、人を殺すよりかはマシってことだ」


「光一くん……」


 麗美はおれの顔を見返すと、にこりと笑った。


「わかったよ。もう愛姫さんには抜けてもらおうなんて言わない。わたしも光一くんの意見に賛成だもんっ! 愛姫さんがいなくなるよりか、愛姫さんの考え方が変わってくれるほうがずっといいもんねっ!」


「ごめんな。おれのわがままのせいで、みんなに心配かけてさ」


「もうっ! この話はもう終わりだってば! わたしも光一くんの考えに納得したんだからさ。ま、というわけで、これからはどんな場所だろうと四六時中光一くんを守ってあげるからねっ!」


「え……? さすがに風呂やトイレはひとりにしてほしい――」


「旦那ぁ! 無事か!?」


 おれの願いを断ち切るかのように虎徹の大声で風呂場に飛び込んでくる。もちろん、風呂場なので衣服は着ていない。


「ぞぉ!? 虎徹、お前なにやってんだ!?」


 筋肉の塊とはいえ虎徹は年頃の女の子だ。あられもないその姿を見てはいけないと思い、おれは反射的に目を隠した。


「旦那こそなにやってんだ!? あの女が旦那のこと狙ってやがるんだぞ? 風呂に入るってぇんなら俺様も付き合うっての!」


「いやいや、風呂くらいひとりで入らせてくれって――」


「光一! 生きとるか!?」


 今度は婆さんによっておれの言葉は遮られる。もちろん風呂場なので婆さんも裸だ……。


「のぉー! ババア! あんたは頼むから服を着てく……オロロロロ」


「おー……、コウイチの口からなんか出てきた」


 水が苦手なフラン(大量の水と混ざると固形状態を保てなくなるため)は脱衣所からおれが嘔吐する様子を見て、なぜか目を輝かせていたのだった。

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