吊り橋の上の女
弁当を食べ終えたおれ達はそこらを駆け回ったり、その様子を眺めたりと各自好きなように過ごしていた。
「あ、あの、千影先輩」
おれが草原に仰向けになって昼寝をしていると、小春が声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「ここの小山、ひ、人があまり来ないってことでぼくが探してきたじゃないですか……」
「ああ、そうだったな。しかし、ここって本当に人がいないよな。いいところ探してくれて本当にありがとな、小春」
「い、いえいえ、そんなことはいいんです。……で、ぼく、こ、ここに人があまりこない理由って言ってないですよね?」
「そういえば聞いてないな。こんなにのどかで登りやすいところなのに、なんで人気ないんだ?」
「じ、じつはここ……じ、自殺の名所なんです」
「は?」
「すぐそこにある、つ、吊り橋から飛び降りる人がすごい多くって……」
「ああ、なるほど。だからこんなに静かなんだな……って、お前、そんなところをピクニックの場所に選んだのかよ!?」
「え? え? ご、ご、ごめんなさい! 千影先輩がなるべく人がいないところをということで、ここを選んだんですが……だ、ダメでしたか?」
小春は、なんで怒られたのかよくわかっていないようでテンパった様子で頭をさげた。
たしかに人がいないところという指定はしたが……。まさかこんなところで小春の真面目すぎる性格の弊害がでてくるとはな。
とはいえ、そのことを知るまでは十分に楽しめていたわけだ。ここで小春を責めるのもかわいそうではある。
「……ま、もういいよ。ただ、ほかのメンバーにはそのことは内緒な」
「わ、わかりました」
「で、なんでこのタイミングでおれにそんなこと言ったんだ?」
「あ! その、じ、じつは……」
小春はもじもじしながらもおれの後方を指さす。
「その例の吊り橋に女の人が立っているんです」
おれは小春の指さした方を振り向く。
たしかにそこには、思っていた以上に丈夫そうなワイヤーで吊された橋があり、その真ん中に金髪の女の人が立っていた。遠目だから顔まではよく見えないが、ワイシャツに膝丈ほどのスカートといった服装で、登りやすい小山だとはいえこの場にはふさわしくない格好だといえた。
「本当だ。たしかに、こんなところにひとりで、しかもあんな格好なんて妙だな」
「そ、そうですよね」
「もしかして、もしかするかもな。ちょっと声をかけてきたほうがいいかもしれないな」
「で、でも! ひょっとしたら、ゆ、ゆ、幽霊っていう可能性もあるかもしれないじゃないですか! ほら、ここ自殺の名所だから……。だ、だから下手に近づいたら呪われちゃうかもしれないですよ!」
小春が青ざめた表情で言う。
もしかしたらだが、自殺の名所を捜し当てたあたり、怖いもの見たさというか、小春はこういったオカルト系の話が結構好きだったりするのかもしれないな。
「あのなぁ、すごく身近に幽霊がいるっていうのに、しかもおれはそいつにもう呪われちまってるっていうのに、いまさらそこに怖がるか?」
「で、でも……」
「なになに? 幽霊がどうしたってー?」
小春が言いよどんでいると、噂のすごく身近の幽霊が地面から顔を出した。
「お前、変なところから出てくるのやめろって。ビビるだろうが」
「そうは言うけど光一くん結構耐性ついたよねー。いままでだったら『ぴゃあ!』とか言いながら後ろにひっくり返ってたもん。わたしのおかげで心臓も強くなったんじゃない?」
「なんでちょっとつまらそうな顔で言うんだよ……」
相変わらず幽霊という割にはふざけている様子の麗美に、おれはため息を返す。
「ていうか、そんなことよりも、麗美ならわかるんじゃないのか? あの人がここで自殺した幽霊かどうか」
おれは吊り橋の上の女の人を指さし尋ねた。
「ん? あの人が自殺した幽霊かって? ……そんなわけないじゃんっ! あの人足あるんだから。幽霊、足ない。これ霊界の常識だよっ」
麗美は「ちっちっちっ」と舌を鳴らしながら得意げに指を振る。
「ていうか、意外に思うかもしれないけど、自殺者ってあんまり幽霊にならないんだよねー」
「そ、そうなんですか? で、でも、自殺する人って恨みとかを持って、し、死んでしまおうと考えるんだから、幽霊になりやすいと思うんですけど」
珍しく小春が異を立てた。隠れ幽霊好き(?)としては、あの女の人が是が非でも幽霊であってほしいということなのだろうか。
「もちろん、自殺者の全部が全部きちんと成仏するわけじゃないよ。小春ちゃんの言うとおり怨霊になるケースもあるにはある。でもね、自殺する人ってこの世界がいやになって命を絶つわけ。そんな人が幽霊になってまでこの世に残っておこうって思う? 幽霊になる人ってのはこの世に未練や執着がある人、あるいは自分が死んだことを理解していないっていう人のほうが割合としては多いかな」
「な、なるほど」
小春は納得したようで深くうなづく。
そんな中。おれの心は密かにざわついていた。
麗美の言ったことが本当なら、それは麗美自身にも当てはまるということではないだろうか。つまり、麗美もこの世になんらかの未練があり幽霊になった……。
「繰り返しになるけど自殺者でも幽霊になる場合もあるよ。ただ、その場合は特定の人への極端に強い恨みとか怨念とかで霊体になるから、死んだ場所に縛られるような地縛霊になる可能性は極めて低いはず。自殺者で地縛霊になるとしたら、その自殺した場所に相当な思い入れがあるとか、それくらいだろうね」
「つまり、そういった点からもあの女の人がここで自殺した幽霊である可能性はないってことだな?」
「そいうことー」
麗美の未練のことも気になってはいたが、それよりもいまは優先しなければならないことがあった。
もちろんそれは橋の上の女の人のことだ。幽霊でないということは、彼女は山登りにはふさわしくない格好で、自殺の名所までやってきたわけである。そうなると目的はひとつしかないように思えた。
「だったら、急いであの女の人に話を聞きに行ったほうがよさそうだな」
「ぼ、ぼくも行きます!」
「へ? なになに? どゆこと?」
おれと小春は女の人に話を聞くために駆けだしていた。状況がわかっていない麗美は、戸惑いながらもおれ達の後を追って吊り橋へと向かうのだった。
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