お弁当選手権
「おぉ……」
フランは辺りに広がった一面の草原を見て驚きの声を漏らす。
おれ達は予定通りみんなでピクニックに来ていた。結局、虎徹の名案はなんだったのかというと、ライダースーツを着てフルフェイスヘルメットをかぶるというものだった。
この格好でバイクに乗らず歩いているのは少し奇妙にも見えるだろうが、実際なかなか理にかなっている。フランはスライムのため服が滲んでしまうので基本的に衣類を着ることができない。なので普段は衣服を含めて変身しているのだが、このライダースーツなら全身を隠せるうえに、水気もはじくので、フランも牛尾みるくの状態のままで外を出歩くことができるのだ。
フランのために、この近くにある人があまりこない小山を小春が探してきてそこに登ったのだが、フランも初めてもらった自分の服ということでこのライダースーツにヘルメットをたいそう気に入り、おれ達以外だれもいない山頂でもそれらを着用したまま過ごしていた。
「さ、フランちゃん走ろうぜっ!」
麗美が先陣をきって青空を飛ぶ。その後を続くようにフランも走り出した。
おれ達が暮らしている屋敷は広いとはいえ、走り回るのには適していない。つまりフランにとっては初めての外の世界で、初めてのかけっこになる。そんな初めてを噛みしめるかのように、フランは思いっきり野を駆け回っていた。
ギャップ萌えというやつか、ライダースーツで全力で走り回る姿は思っていたよりも可愛らしく、おれはほっこりとした気持ちでその様子を眺めていた。
「しかしナイスアイディアありがとな、虎徹。あの格好なら、フランもそのままの姿で外に出歩けるもんな」
「ま、ヘルメットつけたままだから、コンビニなんかにそのまま入っちまったら警察呼ばれちまうだろうけどなぁ」
「そうはいっても、あんなにはしゃいでいるフランを見たのも初めてだし、やっぱり虎徹には感謝だよ」
「わしからも礼を言わせてくれ。フランのためにここまで考え準備もしてくれたこと本当に感謝しておる」
「やめろってぇ。そんなん言われなれてないから、こそばゆいってぇの!」
おれと婆さんの感謝の言葉に虎徹は恥ずかしそうに笑った。
「ほれほれ! 悠木に今野ぉ! 遊ぶのは構わねぇが、俺様は腹ぁ減ってんだ。先に飯にしようぜぇ!」
「おお、そうね! お弁当選手権をするんだったね!」
「もう走らない……?」
「走るさ! でもその前にご飯を食べるよ。そしたら、元気が出て、もっといっぱい走れるようになるから」
物足りなそうなフランに麗美は優しく諭すように言った。その言葉にフランも納得したようで「わかた」とうなずく。
そんなわけで小春が敷いてくれたレジャーシートの上にみんなで腰をおろす。そして、各々が作ってきた弁当を取り出した。
「じゃ、トップバッター、悠木麗美いきます!」
最初に弁当のふたを開けたのは麗美だ。
「お弁当の定番を詰め込んでみたよ!」
中身は、ある意味定番になった暗黒半球体。
ひとくち食べてみると、相変わらず見た目の割にめちゃくちゃうまい。なにを作ったつもりかはわからないが、メープルの香りとふわふわのパンケーキの味が口いっぱいに広がった。
「うん、相変わらずいい味付けだ」
「ホント!?」
「
ただ、弁当としてはもっと、なんつうか、華やかさがほしいところだな」
「えー。いつもよりも彩りを考えて作ったんだけどなー。光一くん、厳しすぎだよっ!」
やんわりと見た目の批判をしてみたが、麗美にしてみればいつも以上に気を遣ったらしい。……って、嘘だろ!? つうか、彩りってものは2色以上あって初めて成立するものじゃねーの!? これ黒単色の闇デッキじゃねーか!
まあ、ある意味フランよりも子供っぽい麗美にそんな酷いセリフを吐けるはずもなく、おれは苦笑いをしてその場をやり過ごすわけだが……。
「……えー、次はだれだ?」
「じゃあ、わしが行こうかの」
婆さんが持っていた重箱の蓋を開けた。
「おお!」
おれは思わず感嘆の声をあげる。
重箱は二重になっており、上の段にはきんぴらごぼう、菜の花のおひたし、サバの塩焼きなど和食の総菜が並んでいる。下の段にはご飯が入っているわけだが、右からさくらでんぶに鳥そぼろに炒り卵と、ご飯の上にかかっており、いわゆる三色弁当になっていた。
もちろん、味もよい。ただ――
「婆さんにはいつも学校に持ってく弁当作ってもらってるからな。もちろん、いつもよりは豪華だけど、普段のグレードアップ版って感じで意外性はないよな」
「なんと!? 普段弁当を作ってやっとるのが裏目にでたというのか?」
「つうか、今回の弁当選手権はここからが本番だろ?」
麗美と婆さんの料理はいままでに何度も食ったことがある。でも、他の3人の料理は初めてなわけだ。おれとしては今回のピクニックで新規のメンバーがそれぞれどんな料理をつくるのかが一番の楽しみだったりした。
「じゃ、じゃあ、次はぼくのを……」
小春がおそるおそるといった感じでタッパーを差し出す。
おっ。一番の有望株からきたか。なんせこのハーレムメンバーの中で一番女子力が高そうなのが小春だからな(男だけど)。
おれは期待を胸にタッパーを受け取ると、そのふたをそっと開けた。
「え?」
出てきたのは早朝の駅のホームにぶちまけられていそうな、ぐちゃぐちゃの物体だった。
「なにこれ?」
「か、カレーライスです」
ああ、カレーか。なるほど、言われてみれば確かにスパイシーな香りがするな――
「――って、ふつう弁当にカレーはないだろ!?」
「え! そうなんですか!? ご、ごめんなさい、ぼく、お弁当なんて作るの初めてで、唯一作れる料理がカレーだったもので……」
「……まあ、味さえ良ければとりあえずいいんだけどな」
おそらく小春も麗美パターンなのだろう。見た目はアレだが、食べてみると驚くほどにうまいというやつだ。
おれはそんなことを思いながら、スプーンですくったカレーをひとくち頬張る。
「……」
……コメントに困る程度にまずい。カレーは水っぽくてぱしゃぱしゃだし、それとは反対にご飯は固すぎる。漂うスパイシーな香りとは対照的に味付けも薄い。
とはいえ、吐き出してしまうほど酷いものでもない。これがとびっきりにまずかったら大げさにリアクションだってできるが、地味にまずいもんだからどう反応すればいいかわかんねぇ……。
「ど、どうですか?」
不安と期待が入り交じった表情で尋ねる小春。
その顔はきゅんきゅんしてしまうが、残念ながら料理への加点にはならないんだよなぁ。
「ああ、うん。そうだな。……次回がんばろ」
その一言で察したようで、小春は「はうぅ……」と頭を抱えていた。
「そいじゃ、次は俺様だな」
次は虎徹か。『番長』と『弁当づくり』というワードがおれにはどうしても結びつかない。そのため期待値はかなり低い。とはいえ、弁当選手権の話を持ちかけた張本人でもあるし、ある程度の自信はあるのかもしれない。
おれは虎徹に渡されたドカベンをおそるおそるあけてみる。
「お?」
中身は拳3つ分はありそうなドデカいおにぎりに、唐揚げ、ハンバーグ、焼きそばが、これまた大量に敷き詰められていた。
なんともワイルドな弁当だったが、麗美や小春の弁当を見た後だったので見た目のポイントは必然的に高くなる。そして肝心要の味は――
「――うまい!」
「だろぉ?」
「ああ。全部味付けが濃いめで、がっつり食えて、おれくらいの歳の男子には最高の弁当だな」
「ふっふっふっ。これで優勝は俺様のもんだなぁ」
「ただし、おかずが茶色一色ってのは減点だな。野菜が1ミクロンも入ってないのもいかがなものかと。栄養バランスガッタガタだぞ」
「なにぃ!? 食事はうまいもんをたらふく喰うってのが一番じゃねぇかよぉ!」
おれの評価に虎徹は納得いかないようで、ぷーっと頬を膨らます。厳つい顔がより厳つくなった気がした。
「……さて、最後はフランなわけだが、まだフランは料理とか作れないよな?」
「……フランも料理作った。キラリに教わって。だからコウイチ、食べる……」
おれの問いかけにフランはぶんぶん首を横に振ってランチボックスを取り出す。
「マジか!?」
弁当を作ってきたというだけでも驚きなのに、フランから渡されたランチボックスを開けて、おれは更なる驚きの声をあげてしまう。
「おお! こりゃすげぇ!」
中身はサンドウィッチだった。形は無骨で具材も所々はみ出ている。だが、この世に誕生して間もないフランが初めての料理をおれに振る舞ってくれたという事実がなによりも嬉しかった。
「……おいしい?」
おれがそのひとつを口に入れると、フランがヘルメットのシールドをあげて尋ねた。
「ああ、めちゃくちゃうまいぞ!」
「おぉ……。じゃあ、フラン優勝?」
「んー。そうだなぁ。よし、今日はフランの優勝だな!」
正直な話、味はふつう(サンドウィッチで特別うまくもまずくもできないような気もするが)だったが、今日のピクニックはフランにとって初体験だったわけで、おれとしてはその初めてをいい思い出として残してやりたかった。
そんな想いをみんなわかっていたようで、ほかのハーレムメンバーから異議がでることはなかった。
「……おぉ。フラン優勝」
フランは嬉しさを噛みしめるようにつぶやく。
その様子を見て、今日このピクニックを決行して本当によかったと思った。
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