おっぱい論争
フランがハーレムメンバーに加入し何日か経った。
初の人外のメンバー(幽霊を人外というのか微妙なとこだが)で感情表現も乏しいところもあるのでうまくやっていけるか不安もあったが、ほかのメンバーとも馴染んでいるようだ。見た目は相変わらず牛尾みるくのままなのだが、やはり言動が幼いので妹的なポジションでみんなに甘やかされている。
とくに婆さんは学生であるほかのメンバーよりもフランと接する時間が長いので、本当の孫のようにかわいがっていた。
「よしよし。フランや、飴をやろう」
「わー、キラリありがとう」
フランは飴を受け取ると、そのまま手から体内へと取り入れた。
初めて見たときは驚いたが、これももう見慣れた光景だ。スライムなので、べつに口から食べ物を摂取する必要はないそうだ。しかも、どういう原理かは不明だが、体内に取り入るとどんなものでも溶かしてしまうので石でも鋼でも食べられるらしい(それでも固いものは溶かすのに時間がかかるようだが)。とはいえ、味覚も備わっているようで基本的には甘いものが好物らしい。
言葉を話したり、ものを溶かして吸収しちゃう時点でもはやスライムとは別次元の個体といえるのだろうが、それでもスライムの名残はあるようで、多くの水やレモン水などをかけると個体の状態を保てずドロドロになってしまうし、逆に塩を大量にかけると水分が抜け出て固まってしまうようだ。
「わぁ、小春ちゃん、そのチュニック超かわいいねー。黒のボトムとよく合ってるよ」
「そ、そうですか……? 悠木先輩にそう言ってもらえると、な、なんか自信ついちゃいます」
麗美と小春は歳も近いということもあり仲がいい。ファッションやテレビドラマなんかの話が多く、今時の女子高生そのものだ(ひとりは幽霊でひとりは男だが)。
「ふん! ふん!」
虎徹は部屋の片隅で熱心に腕立て伏せをしている。これ以上鍛えてどうするんだとツッコんだこともあるが、虎徹は「これでも女だから鍛錬を怠るとすぐに筋肉が萎んじまうんだ」と恥ずかしそうに笑っていた。
広いリビングで各々が好きなように過ごしているのを眺めて、おれはひとつ重大なことに気づいた。
「おれ、わかったぞ!」
突然大声をあげたおれに視線が集まる。
「なになに? 急に大きな声だしてー。わたし、びっくりしてショック死するかと思ったじゃんっ!」
「おれ、ずっとみんなを見ていて気づいたんだよ」
「? コウイチはずっとフランのこと見てる? でもガッコウのときコウイチいない……」
「いや、ずっとって四六時中っていう意味じゃなくって、今日この部屋に入ってからってことな」
「で? 旦那はなにに気づいたってぇんだ?」
「ああ。気づいたのは、このハーレムに足りないものだ!」
「た、足りないものですか……」
小春がごくり唾を飲む。
「そうだ。その足りないものとは――」
十分なタメをつくってから、おれは言った。
「おっぱいだ!」
「……」
おれの堂々とした宣言を聞いてメンバーはしーんと静まりかえる。
「あれ、どうした?」
「なんていうかさ」
麗美がため息をつきながらも言葉を続ける。
「光一くん、ベッド下のエロエロパラダイスがバレて以降吹っ切れちゃった?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「そもそもこのメンツのどこにおっぱいがないっていうのさ!」
「お、おっぱい……。ぼ、ぼくは論外ですよね……」
「小春ちゃん、なに言ってんの! 小春ちゃんは大事なつるぺた要員でしょうが!」
落ち込んでいる小春に対して、麗美があまりフォローになっていないフォローをする。
ていうか「おっぱいが足りない」と言われているのに、小春以外はあまりダメージがないようにみえる。それどころか、どこか自信ありげにもみえるのは気のせいだろうか。
特に麗美は自信満々といった感じで小振りな胸を誇らしげに突き出してきた。
「ま、このメンバーでおっぱい要員といえばわたしだよね。大きさは、まあ、なんていうか、ぼちぼちだけど、いまの時代巨乳よりも美乳だかんねっ!」
「いや、時代が美乳かどうかは知らんが、まず麗美はさわれないし。それじゃおっぱい要員とは言い難いだろ。おっぱい要員ってのはラッキースケベでパイタッチとかあってこそのおっぱい要員なんだよ!」
「ぶはっ!」
マインドにクリティカルヒットしたようで麗美はうめき声をあげながら地面下に潜っていく。
「ならば俺様だな! なんたって俺様の胸囲は100センチオーバーだからなぁ! グラビアアイドルでもここまで胸がでかいのもなかなかいねぇだろ!」
「虎徹! お前のは筋肉だろ! おっぱいは脂肪と夢の塊なんだよ!」
「ぐっ!」
こちらもクリティカルヒット! おれのパンチ喰らっても倒れなかったくせに、たったひとことでがっくりと膝をつきやがった。
「フランは巨乳……」
次に前に出たのはフランだ。
「さらに巨乳にもなれる」
そう言うと自分の体を胸に集め、元々大きいおっぱいをさらに膨らませた。
「たしかにフランはこのハーレムの中で一番の巨乳だ。……だが、おっぱいってのはべとべとのぐにょぐにょじゃなくって、ふわふわのぽよぽよなんだよ(実際にさわったことないからホントのところは知らんが)!」
「あーれー」
フランは棒読みでそう言うとドロドロと自らのかたちを崩していく。
たぶんフランの場合はクリティカルヒットしたというよりは、麗美と虎徹のまねをしているだけだろうな。
「さて残りはわしじゃな……」
婆さんが我がラスボスだと言わんばかりにゆっくりと前に出る。
「いや、なんでババアがそんなに自信満々なんだよ!」
「なんでって、そりゃあ、この中ではトップとアンダーの差が一番あるのはたぶんわしじゃよ?」
「それ、胸が干からびた大根みたいになってるからなだけだろ! ……って、想像したら吐き気が――」
今度はおれのマインドにクリティカルヒットしてしまったようだ。おれは胃のむかつきを抑えるようにうずくまった。
と、それを見たフランが元の牛尾みるくのかたちに戻って嬉しそうに手をたたく。
「おー。コウイチもやられた。これで、キラリの優勝?」
「いや、これそういう勝負じゃないから……」
おれも立ち上がると無邪気なフランの頭をぺちゃぺちゃとたたいてやる。
「まあ、そんなわけだから、今度のメンバーはおっぱい枠を狙っていこうと思ってるわけだ」
おれがそう言うと地下に潜っていた麗美が不服そうな表情で浮上してきた。
「でもさあ、こうしてハーレムが集まってるのって、わたしのおかげなんだから光一くんの希望通りにはいかないと思うよ」
「あ」
ここまで順調にハーレムメンバーを増やしてきていたので忘れていた。ここまでうまくいっているのも麗美の呪いのおかげだったのだ。
「メンバーに関してどんな人が集まるかは運しだいってことだよ。そもそも、光一くん自分のハーレムに入ってくれるならどんな子でもいいって言ってたじゃん」
「まあ、確かに……」
麗美の言葉で改めて気づかされた。おれは少し欲が出てしまったのかもしれない。おれの目的は、あくまでもおれのことを好きだと言ってくれる人達のハーレムをつくるということだ。けして、おれが好きな人を集めることではないんだ。
「ま、それはそれとしてさ、光一くんっ。さっき小春ちゃんとも話してたんだけど、明日さ、みんなでピクニックに行かない?」
おれが少し落ち込んだのを察してか、話を変えるように麗美が明るい声で尋ねてきた。
「ピクニック?」
「そう。明日は祭日で学校も休みだし、天気だっていいっていうし、どっかの小山でもみんなで登ろうよ」
「ちょっと待つんじゃ。ぴくにくとやらに行くのはかまわんのじゃがフランはどうするのじゃ? フランはこのままの姿では外に出ることはできんぞ」
「あ、そっか……」
「もちろん、フランは形態を好きに変えることができるから、水筒の中にでも入っていてもらうことはできるし、ドロドロの状態でこっそり地を這えば案外誰にも気づかれないのかもしれん。ただ、わしとしてはみんなで出かけるなら、フランもこの姿のまま連れて行ってやりたいんじゃ。フランにだけ不自由な思いをさせたくないんじゃ……」
婆さんの言う通りだ。おれも、みんなで出かけるならフランとはこのままの姿で一緒に歩きたいと思っている。ただ、現実的にそれはむずかしい。おれもフランがハーレムに加入してから頭を悩ましていたがこれといった策をまだ思いつくことはなかった。
こうなってはしかたない。
「残念だがピクニックは中止――」
「ふっふっふ」
と、急に笑ったのは虎徹だ。
「どうした虎徹? いまは笑い所じゃなかったぞ。ていうか、どっちかというとシリアスな所だぞ。見誤ったか? それとも唐突な思い出し笑いか?」
「いやさぁ、俺様、じつはちょいと名案を思いついちまってさ。明日のピクニック決行しようじゃねぇか」
「けど、フランが――」
「名案を思いついたって言ったろぉ? 大丈夫、大船に乗ったつもりでいてくれや。今野よぉ、明日はめいっぱい外で走り回ろうな?」
「ん? ……ん」
未だにこの屋敷の中しか世界を知らないフランはピンときていない様子だったが、虎徹の言葉にこくりとうなづいた。
「お、そうだ! ピクニックっつったら弁当だよな。明日はみんなでひとつずつ弁当作らねぇか? で、旦那が審査員になって、どれが一番うまかったかを判定してもらうってのはどうだ?」
「おお! 虎徹さん、それいいね! それじゃ、明日はみんなでピクニックして、そこでお弁当選手権だね!」
虎徹の言う名案がなにかはわからなかったが、おれとしてもハーレムメンバー全員で出かけるのは初めてのことだったので、明日のことがとたんに楽しみになっていた。
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