命の責任


「おおっ!! フランちゃんって自由自在に変身できるの!? すっごーい、わたしにも変身してみてよっ!」


「わかた」


 こくりとうなづくと、フランは体をうねうねと動かし、麗美の姿へと変化していた(もちろん、宙に浮くことまではできないようであったが……)。


「おーっ!」


 お気楽な麗美は昨日とは違うフランの様子にもすぐに順応しており、フランにあれやこれやと変身させて楽しんでいた。

 そんな二人(?)は置いといてそれ以外のメンバーはこれからどうするかを話し合うことにした。


「想定外じゃな……」


 一晩ですっかり変わってしまったフランの状態を見て、婆さんは頭を抱えていた。


「スライムじゃから体型を変えられるのは、まあ想定したことじゃが、まさかここまで知能が発達するとはのう……。しかもたった一晩で」


「俺様が思うに天使の婆さんが無生物生命化エキスつぅのを全部ぶちまけちまったのが原因じゃねぇの?」


「え、ああ、まあ、その可能性もなくはないが……」


 その可能性しかないと思うんだが……。


「しっかし、どうすっよぉ? 今野はここで一緒に暮らすことになんの?」


「まあ、空き部屋はまだあるからそうしようと思ってる。……虎徹はなんか不満か?」


「いやいや、旦那がそれでいいっつぅなら不満なんかねぇんだけど。たださ、そうなるとこれから大変になるんじゃねぇかなって思ってさ」


「どういうことだ?」


「だってよぉ、ペットとして屋敷で飼うっていうんだったら、旦那のお袋さんに気づかれなければいいだけの話だったけど、こうして知能が発達した状態で生活するとなると、今野だって外に出たいとか思ったりするんじゃねぇの?」


「まあ、そうかもな」


「それで今野が他の人間に見つかったらどうなるよ? スライムが動いてるだけでも驚きだっつぅのに、人の言葉をしゃべるんだぜぇ? すげぇ騒ぎになっちまうんじゃねぇかと俺様は思うんだが」


「うっ、確かに」


 虎徹の言うとおりだ。麗美は人には見えないから外に出てもなんの問題もないが、フランとは堂々と出歩くことはむずかしいかもしれない。そんなこと考えもせずに一緒に暮らすと簡単に言ってしまったことが恥ずかしく思えてきた。


「……わしとしては元のスライムに戻してやるほうがあの子のためになるのではと思うとる。解除液というのがあるから、そいつをかければすぐに無生物に戻すことができる」


「いや、でも……」


「光一が躊躇う気持ちはわかる。しかしの、しゃべってるところを見てみるとフランの知能は幼子おさなごくらいのものじゃ。そんな子に一生この屋敷から一歩も出るなというほうがこくではないか?」


 婆さんの言っていることはもっともだ。だが、こちらの都合で勝手に命を宿らせて、こちらの都合で勝手にその命を散らせていいものなのだろうか。


「そんなのぼくは反対です!」


 いままで黙っていた小春が声をあげた。珍しく怒っているようだ。


「小春……」


「フランちゃんはいま生きてるんです! それをなかったことにするんですか!? そんなの絶対にダメです! それに千影先輩は気づいていないんですか? フランちゃんは悠木先輩のこと見えてるんですよ? それってハーレムメンバーの証じゃないんですか? 先輩、ぼくに言ってくれましたよね? ハーレムメンバーが傷つくことは自分の夢が傷つくことだって! あれは嘘だったんですか!?」


 小春が一度もどもることなく一気にまくし立てた。


 おれはまだ小春との付き合いは短い。でも、ひとつだけ言えるのは、小春は自分のことを強く主張することはほとんどないが、他人のことになるといくらでも勇気を振り絞って立ち向かうことのできる子だということだ。


「ははは」


 おれは笑っていた。


 嬉しかった。こうして小春がおれのハーレムの真理を理解していてくれたということが。

 ただ、突然笑い出したおれに3人とも少し驚いた顔をしていた。


「ああ、すまんすまん。たださ、小春の言うとおりだと思ってさ。おれはなにを迷ってたんだろうな」


「じゃあ――」


「ああ。解除液ってのは絶対に使わない」


「あ、ありがとうございます!」


「ばか。お礼を言うのはこっちのほうだろうが。……てなわけで、フランをハーレムメンバーとして迎え入れようと思うがかまわないか?」


 おれは虎徹と婆さんに尋ねる。


「さっきも言ったろぉ? 俺様は不満なんてねぇ。旦那の意見に従うだけさ。つぅか、旦那ならそう言うだろうと思ってたしなぁ」


「わしも、光一がそう言ってくれるなら異論はない。……じゃが、いますぐとは言わんが、なにか考えてやってはくれぬか。あの子――フランが外に出て遊べるための方法を」


「ああ、もちろんだ」


 婆さんも本気でフランのこと心配しているんだよな。自分の薬のせい(しかも分量を間違えたせい)でフランを生みだしたわけだから、そういう意味では婆さんはフランの母親的存在なわけだ。おれが迷いなんか見せたばかりに、そんな母親的な存在に自分の子供の命をなかったことにする提案をさせてしまったんだ。

 自分の罪を噛みしめながらおれは麗美に変身を見せているフランに声をかけた。


「おーい、フラン! ちょっとこっちに来てくれないか?」


「コウイチ、なに?」


 麗美の要望でスタモンチップスのレアアースドラゴンの姿になっていたフランは、変身を解くと元(?)の牛尾みるくの姿へと戻った。


「フラン、おれはお前はここに住んでもらいたいと思ってるんだが、ひとつだけ訊きたいことがあるんだ。フランはおれのこと好きか?」


 そう。これだけは訊いておかねばならなかった。ハーレム加入条件はおれのことを好きということだけなのだから。


「……」


 フランは無言でうなづいた。


「よし、ならばなんの問題もない! 今野フラン。お前はたったいまから、おれのハーレムメンバー第5号だ!」


「……」


「……恥ずかしいからなんか反応してくれ」


「……わー」


 フランはちょっと考えてから両手をあげて驚きの言葉を棒読みしてくれた。

 見た目はグラビアアイドルなので成長しきった体であるが、その姿で子供のような無邪気な行動をとられると……ああ、なんていうか、ほっこりする。


「ねえ、光一くん。フランちゃんがハーレムに加入してくれたことはすっごく嬉しいんだけど、わたしひとつ気になってることがあるんだ」


 いつもならハーレム加入が決定すると誰よりも騒ぎ立てる麗美がなにやら神妙な面持ちをしている。べつに幽霊だからとか関係なく、なにやら不吉だ。


「どうしたんだよ」


「さっきからフランちゃんにいろんなものに変身してもらってたんだけど、なぜか一回一回この牛尾みるくの体に戻るんだよね。つまりベースがこの体なんだろうけど、なんで牛尾みるく? って思ってさ」


 ギクリ。


「言われてみれば確かにそうじゃの。フランが誕生したときにこのアイドルがテレビに映ってはいたが、それ以外に接点があるわけじゃないからの」


 ギクリ。


「んなもん目の前の本人に訊きゃいいだろぉよ。今野、おめぇはなんでその体を気に入ってるんだ?」


 ギクリギクリ。


「それはコウイチのベッドの――」


「うわあぁ!」


 おれは慌ててフランの口を押さえる――が、さすがスライムというべきか、フランは自分の腹のあたりに口を出現させて続きをしゃべり始めた。


「コウイチのベッドの下にこの体に関する本がいっぱいあったから」


 ああ、バカ。おれの好みもろバレじゃないか……。


 その後、当然のことながら、おれのベッドの下のお宝はメンバー達に没収されてしまったのだった……。

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