ネーミングセンス


 虎徹は同じ学生という立場の小春とは違い、おれの屋敷の3階に住んでもらうことになった。なんでも、虎徹は親に勘当されているらしく、今まで一人暮らしだったそうだ。


 そんな中、通いハーレムの小春がお泊まりできる土曜日がやってきた。


 その日に新規加入メンバーのふたりの歓迎会をすることになり、麗美が張り切って料理を作り、案の定暗黒半球体が食堂のテーブルに並んだ。小春と虎徹のふたりは最初はおっかなびっくりな様子で箸をのばしていたが、一口食べるとおれや婆さんと同じ反応で麗美の味付けの腕を褒めちぎっていた。

 そして歓迎会が終わると、場所をリビングへ移し、婆さんが淹れた緑茶を飲みながら、みんなでテレビを観ながらのんびりすることになった。


 しっかし、ろくな番組がやってないな。ニュースは世間を騒がせている日曜の切り裂き魔の特集をしてるが興味ないし、ドラマは母親がでる可能性があるから見たくない。

 おれは無難なところでバラエティー番組にチャンネルを合わせていた。


「ほ、本当に悠木先輩が作った料理おいしかったです。ごちそうさまでした」


 ソファーに腰掛けると、小春は改めて麗美にお礼を言う。


「いやだなぁ、小春ちゃん! 悠木先輩だなんて呼ばれたらなんか照れちゃうよ。学校も違うんだから、麗美でいいよっ」


「え、で、でも、年上の方を呼び捨てなんて、ぼ、ぼくにはできないです……」


「えーっ、でもわたし幽霊だから歳とらないし、来年は小春ちゃんとタメになるんだよ?」


「そ、そうなんですか?」


「そうだよぉ。小春ちゃんも光一くんと同じで幽霊のことなんも知らないんだなあ。幽霊、歳とらない。これ、霊界の常識だよっ」


「す、すいません……。もっと勉強しておきます」


「いやいや、小春が謝るとこじゃないって。今のは麗美の持ちネタだからテキトーに聞き流せばOKだから」


 小春が本当に申し訳なさそうな顔になったので、おれが慌ててフォローに入る。

 小春は少し天然というか、真面目すぎるところがあるな。もちろん、そこが小春のいいところでもあるが、これから一緒に過ごす時間が多くなるのだから、もう少し砕けた感じでもいいように思う。


「ちょっと! そんな言い方したら、わたしが霊能力を売りにしてるお笑い芸人みたいじゃないっ! ……いや、ちょっと待てよ。霊界芸人、これは売れるかもっ……! 虎徹さん、すぐにTV局に電話を!」


 麗美は相変わらずというか、子供っぽい。この無邪気さは本当に地縛霊なのかと疑うレベルだ。まあ、そんな性格だからこそ、このハーレムのムードメーカー的な存在になりつつあるのだが。


「ちょい待てよ、悠木ぃ。俺様が思うに、おめぇはテレビに映ることができないんじゃねぇのか?」


「せやった! わいとしたことが迂闊やってん!」


 妙な関西弁を口にしながら頭を抱える麗美。


 虎徹は風貌や番長(正確には助番か)という肩書きの割には、一番の常識人なのかもしれないな。このメンバーの中では辛口なツッコミ役といったところか。基本的にボケ側の人間が多いこのハーレムでは貴重な人材といえるだろう。


「それなら、わしが天女芸人としてデビューを果たすというのはどうじゃ? 人気爆発間違いなしじゃ!」


 虎徹がツッコミ側に分類されるなら、婆さんは語るまでもなくボケ側だろう。とはいえ、日常的な炊事や洗濯の家事全般はほとんど婆さんがやってくれている(さすがに毎日暗黒半球体を見るのは精神的にキツい)ので、料理や掃除が苦手なおれにとっては本当にありがたい存在だったりする。


「ふぉっふぉっふぉ。これでわしも有名人の仲間入りじゃ。今から天女芸人として天女漫談の練習でもしておくかのぅ」


「天使の婆さんよぉ、そんなことしたら、芸人としてではなく医学的にボケていると思われるんじゃねぇか?」


「ぶっ!」

 虎徹の冷静かつ辛辣なツッコミがはいり、おれは思わず吹き出してしまう。そして、それにつられるように麗美、小春、虎徹、仕舞いにはツッコまれた婆さん自身も笑っていた。

 こうして仲間と笑い合うことが、こんなにも楽しいものだと初めて知ったような気がした。


「しっかし、あれだな。何週間か前までおれはこの屋敷にひとりで住んでいたわけだけど、やっぱりこうして大勢で暮らすほうが何倍も楽しいよな」


 おれは、笑いすぎで目頭に溜まった涙を指でこすりながら言う。


「ふむ、たしかに。わしも天女という立場から、だれかと生活をともにするなんて100000年生きてきて初めてだったのじゃが、いざこうして暮らしてみると、なかなかいいものだと気づかされたわい」


「わたしも。死んでからずっとひとりだったからさ、こうしてみんなと話せるようになって本当に幸せだよ」


「ぼ、ぼくもです。ぼくは学校で友達なんかいなかったから、こ、こうしてみんなでおしゃべりしたり、笑ったりするのって初めてで……だからすごく楽しいです」


「俺様もだ。親に勘当されてからっつぅもの、ひとりになり正直どうすればいいかわからなかった。だからワルのトップに立てば自然と仲間が集まると思って喧嘩ばかりしてた。そこに旦那が現れ、俺様の目を覚まさせてくれたっつぅわけだ」


 そうか。かたちは違えどみんな『ひとり』だったんだ。だからこそ、このハーレムは居心地のいいものになったのかもしれない。


「おれ、このハーレムをつくってホントよかったと思ってる。改めてお礼を言わせてくれ。みんな、ありがとな」


「なーに言ってんのさ。これからだってどんどんメンバーを増やしていこうよっ!」


「ああ、そうだな!」


 そうだ。おれのハーレムの夢はまだまだこんなもんじゃない!


「ち、ちなみに、千影先輩はどんな子にハーレムに入ってほしいっていう希望みたいなのはあるんですか?」


「まあ、おれに好意を持ってくれてて、ハーレムに理解さえあればいいけど……」


 ふとテレビに映ってる番組が視界に入った。

 いまをときめく人気巨乳グラビアアイドルの牛尾うしおみるくがダックスフンドと戯れていた。どうやら芸能人の飼っているペットを紹介する番組のようだ。


「ほう。こういったボインが光一の好みと……」


「そ、そうなんですか……?」


 小春が少しショックを受けた様子で尋ねる。

 ほかの面々もおれの返答が気になるようで興味深げな視線をこちらに向けていた。


「違う違う違う!」


 いや、正確には違うわけではない。牛尾みるくは童顔巨乳で個人的には一番好きな芸能人(というより、おれはあまりテレビを見ないので若い女の子の芸能人を彼女くらいしか知らないのだが……)だし、おれのベッドの下には彼女のDVDは山ほどある。だが、おれがその画面に見入ってたのは別の理由だ。


「おれさ、動物が好きなんだ。小さい頃から愛情に飢えてたからさ、ペットを飼いたくてしかたなかった」


「ん? じゃあこっそり飼えばよかったじゃねぇか。こんなでかい屋敷なら動物なんて何十匹だって飼えちまうだろ?」


 虎徹がリビングの大きさを確認するかのように首をぐるりと回す。


「それがさ、うちの母親が大の動物嫌いなんだよ。おれのことすべてほったらかしのくせに、動物を飼うことだけは絶対に許してくれないんだ」


「でもさ、光一くんのお母さんって一年に一回くらいしか帰ってこないんでしょ? だったら、こっそり飼っちゃえばいいじゃん」


「だめだめ。あの人は、どんなに隠しても、どんなに痕跡を消しても、どうしてだかわからんが動物がこの家に入ったらすぐに気づくんだよ。まあ、それくらい動物嫌いってことなんだろうが……」


「ふうむ」


 婆さんが腕組みをしてなにやら考え込んでいる。


「どうしたんだよ、婆さん?」


「いや、光一の母親は動物が屋敷に入ったら、すぐに気づくわけじゃろ?」


「ああ」


「なら、動物でないもの、もっとはっきり言えば無生物を飼えばよかったのではないか?」


「は?」


 突然なに言ってんだ、このババア。


「それじゃなんだ? おれはそこら辺に落ちている石っころでも拾って大事に育ててればよかったってことか?」


「いや、石じゃ動きも単調でつまらんじゃろう」


 婆さんはそう言うと、腰にぶらさげていた巾着袋に手を突っ込みまさぐり始めた。


「うーん、どこじゃったか……。おっ、あったあった。ほれ、これなんかどうじゃ?」


 婆さんがおれに手渡したのは、どこか懐かしさを感じる手のひらに乗るほどの小さい緑のポリバケツだった。

 おれは確信に近いものを覚えながら、そのポリバケツのふたをそっと開けて中を覗いてみる。


「やっぱり。これ、スライムじゃねーか!」


 そう。中身は誰しもが子供のころに遊んだ(まあ、どうやって遊べばいいのか未だによくわからないが……)ことのある、あのスライムだった。こんなものを巾着袋に常備していること自体おかしな話だが、いまこの流れでおれに渡すことは意味不明としかいいようがない。


「こんなんペットにしてもつまんねーだろ! おれは動いたり、鳴いたりするものを飼いたいんだよ!」

「落ち着くんじゃ、光一」


 婆さんは再び巾着袋をまさぐると、今度は奇妙なピンク色の液体が入った小瓶を取り出した。


「こういうときに天女七つ道具のひとつ、無生物生命化エキスを使うのじゃ!」


「無生物生命化エキス?」


「これはその名の通り、無生物に生命を与えるミラクルな液体なんじゃ。こうやって一滴たらせば――」


 婆さんはそう言いながらふたを開けると、ポリバケツの上で小瓶を逆さにした。と、小瓶の中のピンクの液体がどばどばと流れ出て、すべてポリバケツの中へとこぼれ落ちていってしまった。


「あ」


「……なんちゃらエキス、全部入っちゃったけど大丈夫なの?」


 麗美が心配そうに尋ねる。


「無論じゃ! ねらい通りに決まっておろう!」


「嘘つけ! 絶対失敗しただろ! いま『あ』とかつぶやいたのばっちり聞こえたぞ!」


「あー。でもきっと大丈夫じゃ。ほれ見てみい」


 え? おれの手の中のポリバケツがカタカタと動いていないか?

 おれはおそるおそる視線を下に向ける。それと同時におれの顔面になにかが飛び込んできた。


 べちゃ。


「きゃー!!」


 小春の悲鳴がリビングに響く。


「千影先輩! 大丈夫ですか!?」


「ああ、大丈夫だ。急にスライムが飛び出してきただけだから……」


 おれが張り付いたスライムを拭おうと手の甲を顔に近づけると、それを避けるかのようにスライムがおれの後頭部に移動した。


「ん?」


 一瞬、その出来事が理解できなかった。


 冷静に考えて、スライムは無生物なわけで、そんなものが勝手に動いたりするわけがない。でも、現にこのスライムは、重力を無視しておれの頭頂部へとぬるぬると移動している。


「どぅえーっ!」


 今度はおれの悲鳴がリビングに響く。


「ババア! いったいどういうことなんだよ、これは!?」


「いや、だから、さっき説明したじゃろ! 無生物に生命を与える液体じゃと」


 なんと! ババアの100000年ジョークと同じたぐいのものかと思っていたが、どうやらこれは本物らしい。科学の進歩ってすげー!

 おれが驚いている間も、誕生したばかりの生命体スライムはおれの体を探るようにうねうねと動き回っている。


 なんだろう。犬や猫ではないが、これはこれで……ありだ!


「婆さん! これ、めちゃくちゃかわいいじゃねーか! これならきっとうちの母親にも気づかれないだろうし、ホントいいもんプレゼントしてくれてありがとな!」


「ふぉっふぉっふぉ。大事に育ててやるんじゃぞ」


「ああ、もちろんだ」


 ようやく手の中に収まったスライムをおれは優しく撫でる。顔も鳴き声もなにもないが、そのスライムはどこか嬉しそうに見えた。


「ねえねえ、光一くん。この子に名前をつけてあげようよ」


「そ、それ、いいですね。千影先輩、ぜ、是非かわいい名前をつけてあげてください」


 最初こそ悲鳴をあげた小春も、うにうにと動く緑の半固形の生命体に馴れたようで、つんつんとスライムを指でつつきながら麗美の提案に賛成した。


「うーん、そうだな」


 これはなかなか責任重大だぞ。変な名前をつけたらみんなから引かれそうだし、かといって安直な名前ではセンスを疑われる。

 スライムだから、それにちなんだ名前のほうがいいだろう。スラ坊。スラ吉。スランクリン。――ダメだ。こんなの安直の極みじゃねーか。

 もっとよく考えるんだ。スライム。スライム。スライム。スライム。ん? スライム。スライム。今仏。――これだ!


「――フラン。フランって名前にしよう」


「おお、かわいいっ!」


「はい、すてきなお名前です」


 おれの考えた名前に麗美と小春は拍手をする。よし、なかなか好評のようだ。


「そして苗字が今野こんの。今野フランでどうだ?」


「は?」


「え?」


 ぴたりと拍手がやむ。


「いやー、いい名前だろ? スライムって、スラだけ縦に並べて、イムを横に並べると、漢字の今と仏に見えるんだよな。だから苗字が今野で、名前は仏といえばフランスってことでフランにしたわけ」


 おれの力説を聞き終えた麗美はぽつりとつぶやく。


「なんつーか、ふつうペットに苗字とかつけなくない? やっぱり光一くんのセンスって0だね……」


「え……」


 なんか一生懸命考えたのに、みんなから引かれ、センス0の烙印を押される結果になっちまった。

 地味に傷ついたが、結局ほかに案を出すこともできず、スライムの名前は今野フランに決定したのだった。

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