漢の娘
目を覚ますと自室のベッドにいた。
「光一くん?」
麗美の声が聞こえおれはゆっくりと半身を起こす。辺りを見回すと、20畳以上あるおれの部屋にハーレムメンバーの麗美、婆さん、小春の3人に、なんとあの極堂までもがいた。
「光一くーん! よかったぁ! 心配したんだからねっ!」
おれの胸へと麗美が飛び込んでくる。だが、触れることができないので、もちろんおれの体をすり抜けてベッドの下まで突き抜けていく。
「ちょい! 貫通してるっての! これ、
「あー、めんごめんご。でも、わたし達が心配してたのは本当なんだからねっ!」
麗美は謝りつつ、テヘペロ顔でおれの腹から出てくる。……こいつ、絶対に反省してないな。まあ、それでも心配をかけたというのは事実か。麗美や小春は泣きはらしたように目が赤いし、おそらく婆さんもおれがここに運ばれてから、ずっと付き添ってくれていたのだろう。
「ホント心配かけて悪かったな」
「いいよいいよ。光一くんが無事だったんだから、ねっ、小春ちゃん?」
「は、はい!」
「そういや、小春は怪我とかしてないのか?」
あの極堂の前に立ち向かっていったのだ。おれにとってそのことが気がかりだった。
「は、はい、ぼくは全然大丈夫です。でも、でも、ぼくのせいで千影先輩がこんな目に合うなんて……」
「あー、もう泣くな、泣くな! 今朝も言ったろ? おれは自分の夢が傷つかないように行動しただけなんだよ」
「は、はい!」
ぐはっ! 果たし合い後のきゅんきゅんは沁みるからやめれ!
「そうそう、朗報が2つあるんだよ! 光一くんあの決闘でボコボコにされたじゃん? いま体とか痛い?」
「そりゃ痛いに――」
麗美の問いかけに、おれは自分の体を確認するようにまさぐる。――あれ? 全然痛くないぞ? 鼻血とか出てたし、ゲロまで吐きそうになってたはずなのに、ひとつも痛む場所がない。
「ふぉっふぉっふぉ。まったく痛くないじゃろ?」
婆さんがドヤ顔で尋ねてくる。
「ああ、あんなに殴られたのに顔も腫れてないっぽいし、どこも痛くない……。婆さん、これはいったいどういうことだ?」
「実はな、お前さんのために天女の7つ道具のひとつでもある、天界秘伝の薬草をあたえてやったのじゃよ。これは大変に貴重な薬草じゃから、わしに感謝するんじゃよ」
「ヘーソレハスゴイデスネ」
「なんで急に片言なるんじゃ!?」
「婆さんって昔薬剤師かなんかだったのか?」
「いや、だから、わしは現役の天女じゃと言っておるじゃろうが!」
「ヘーソレハ――以下略」
「スゴイデスネくらい略すでない!」
「まあ、キラお婆ちゃん落ち着いて」
珍しくツッコミ役にまわった婆さんを麗美がなだめる。
「これがひとつ目の朗報。で、ふたつ目の朗報っていうのは――」
「すまねぇぇ!!」
流れをぶった斬って土下座をしたのは今までずっと居心地悪そうに黙っていた極堂だ。
「話は全部小春に聞かせてもらったぁ。なんでもあのバカ犬トリオが小春をいじめていたところを旦那が助けたっつう話じゃねぇか! 俺様は奴らから旦那に急に喧嘩を売られ惨敗したとしか聞かされていなかったんだ!」
誠意のつもりだろう。話している途中、極堂は何度も頭を床につくまで下げた。ただ、あまりにも勢いがいいので地面にヘッドバッドしているようにしか見えない。正直、床底が抜けそうなのでやめてほしい。
「俺様は猛烈に反省している! 謝ってすむような問題じゃねぇのは百も承知だ。だから、あのバカ犬トリオにはきっついお灸をすえておいた」
「なんだ、お前はあいつらがやったことを知らなかったのか? それなら、お前が反省するようなことはないって」
「いや、それじゃ俺様の気がすまねぇ。つぅわけで、俺様は旦那の力になりたいと思っている」
「ち、ちから?」
「おう。旦那、あんたハーレムを作っているんだってな?」
「え、まあ……」
ん? この流れって……まさかな?
「俺様もそのハーレムに入れてはくれねぇか!? 近頃の野郎共は軟弱なのが多くって辟易していたが、旦那に会ってあんたの男気にやられちまったぜぇ。俺様は今までいくつもの喧嘩をしてきたが、他人のために、しかもあそこまで立ち向かってきたのは旦那が初めてだったからなぁ」
「そう、これがふたつ目の朗報だよ。光一くん!」
麗美はにっこりと笑ってみせる。
「虎徹さん、わたしのことが見えるんだって!」
まさかだったー!
「い……いやいやいやいや! お前、ハーレムの意味わかってる!?」
おれの定義のハーレムはひとりの男に対して複数の女が集まることだ。いや、まあ、小春という例外があったりもしたが、それでもガチムチを入れるのはさすがに抵抗があるぞ。
「わかってるってぇの」
極堂はあっさりうなずく。
「だったら――」
「おそらくだが、旦那は勘違いしている。俺様、見た目や格好はこんなんだけどよぉ、正真正銘の女だぞ」
「うぇ?」
この男――いや
「……俺様が思うに旦那は他人を守るために自分を犠牲にしやすい性分だろぉ? べつにそれはいいことだ。俺様だってそんな旦那に惚れたわけだしな。だけどよぉ、旦那のことは誰が守る? 自分でも言うのもなんけど、俺様は強い。この拳を旦那を守るために使わせてもらえねぇか?」
極堂はおれの瞳を真っ直ぐに見つめる。
ドキリとした。先ほど殴り合った時のギラギラ光る獣のような目はそこにはない。その目は紛れもなく純粋なる女の子の目……に見えなくもなかった。
「わかった。極堂――いや、これからは名前で虎徹と呼ばせてもらうぞ。虎徹、お前はたった今からおれのハーレムの一員だ!」
「おーっ! これで4人目! 順調にハーレムが増えますなあ」
麗美は音の出ない拍手をする。
「でもでも、虎徹さん。光一くんを守るって言っていたけど、わたしだって光一くんのこと守ってみせるんだからねっ!」
「ぼ、ぼくも! 体は小さいし、ち、力もないけど、千影先輩がピンチのときには、ぜ、絶対に守ってみせます!」
「ふぉっふぉっふぉ。ええの、ええのぉ。それじゃあ、わしも光一に危機が迫ったときは守ってみせようぞ。超絶天女パワーでの」
「つーか、さすがに婆さんに守ってもらうほど、おれは貧弱じゃないっての!」
おれは婆さんにツッコミをいれつつ、次々と出てきた千影光一を守ってやる発言になんとも言えぬこそばゆさを感じていた。
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