ラブレター(果たし状)


 ハーレムに入ることにはなったが、さすがに実家暮らしの小春に移り住んでもらうことはできなかったので、放課後や週末だけこの屋敷に来てもらう、通いハーレムという形で収まることになった。

 せっかく同じ高校に通っているということで、朝も一緒に通学することになり、おれは右隣に麗美、左隣に小春と横並びで学校へと向かっていた。


「光一くん! 両手に花とはまさにこのことだね」


 両手に花か……。片方は幽霊で、片方は男だけどな。


「で、でも、ホントにぼくなんかが、ハーレムに入ってもいいんですか? ぼく、が、学校でもハブかれてるから、ぼくみたいなのが入ったら、千影先輩だっておかしな目でみられるかも……」


「違う違う。小春は全然わかってないな」


 相変わらず自分を卑下する小春におれはかぶりを振ってみせる。


「おれ自身が小春にハーレムに入ってほしいと思ったんだ。だから、小春をハーレムに入れたことで周りから変な目で見られようがおれはなにも気にしない。だから小春も堂々とおれのハーレムの一員でいてくれ」


「は、はい!」


 おれの言葉に小春は潤んだ瞳でうれしそうにうなづいた。


 ……か、かわいい。くそっ、おれはそういった性的趣向はないはずだ。なのに、小春の仕草にきゅんきゅんしてしまうぅ!


「ていうか、小春ちゃんがいるから云々関係なしにハーレムを作るとか言っちゃってる時点で光一くんは学校中で変な目で見られまくってるもんねっ!」


「なっ! せっかくカッコ良くキメたのに台無しになるようなこと言うなっての!」


 麗美にツッコミを入れると小春がくすくすと笑う。


 よかった。小春がちゃんと笑ったのを初めて見れた。昨日、あんなことがあったから、心に相当な傷を負っているはずだが、麗美のおかげで少しは紛らわすことができただろう。


「とりあえず」


 おれは話を変えるようにコホンと咳払いをひとつする。


「昨日みたいにあの不良どもにカラまれたらすぐにおれに言えよ。どこにいようがすぐに飛んでいってやるからさ」


「で、でも……千影先輩にこれ以上迷惑を――」


「あー、もう! お前はやっぱりわかってないな」


 おれは小春の言葉を遮る。


「ハーレムはおれの夢だったんだ。で、小春はおれのハーレムに入ってくれた。つまり、小春が傷つくってことはイコールおれの夢が傷つくことなんだよ。だから迷惑だなんてとんでもない。おれは自分の夢が傷つかないために小春を守りたいんだ」


「は、はい!」


 ああ! だから、それきゅんきゅんするからやめれ! 

 自分の性癖が一線を越えないように頭の中のきゅんきゅんを追っ払っている間に、おれ達は学校までたどり着いていた。学年が別の小春とは放課後また一緒に帰ることを約束すると昇降口で別れ、おれは麗美と共に自分の下駄箱へと足を向ける。


「ん?」


 靴を脱いで上履きを取りだそうとしたところで、おれは異変に気づいた。

 上履きの上になにやら白い封筒が置かれていたのだ。


「こ、これはっ!」


 声をあげたのは麗美だ。


「恋文! 英語でいうとこのラヴレタァーってやつじゃないですかっ!?」


「いまどき恋文っていう奴いないだろ……。そして、無理してネイティブっぽく言わなくていいぞ」


「む、無理なんかしてないっての! ほら、わたしっておフラァンス育ちだからさっ! ついつい本場の英語がでちゃうんだよねぇ」


「いや、フランス育ちとか知らんし、そもそもフランスの公用語はフランス語だろ」


「もうっ! そんなことはどうでもいいザンス! いいから早くその恋文を確認するっ!」


 恋文とか言ってる時点でフランス育ちってのも怪しいが、麗美の言うとおり今はこの手紙のほうが大事だ。


 おれは今までそこそこはモテてきたほうではあるので、こうして下駄箱にラブレターをもらったこともあるにはある。それでも、こうして手紙を取り出すときはドキドキしてしまう。今や告白の手段は多岐にわたり電話やメールで告白なんてこともできるが、やっぱり下駄箱のラブレターほど思春期男子のハートにくるものはないだろう。

 さぁて、こんな古典的で奥ゆかしい方法でおれに告白してきた子はいったい誰だろな?

 おれは期待に胸を膨らませて白い封筒を手に取る。


 ――果たし状。


 封筒の表には墨で荒々しくそう書かれていた。


「ふぇ?」


 予想外すぎる文字に自分でも気持ち悪いと感じるくらい間抜けな声がでる。


 だって、おれは決闘をするほどの世紀末に生きているわけでもないし、だれかに恨まれるような人生を歩んできていないつもりだ。――いや、恨まれる可能性はひとつだけあるじゃないか。

 おれは思いついた可能性を確かめるために封筒の中の手紙を取り出して読み上げた。


「放課後、校舎裏にて待つ――」


「うわぁーお。放課後の校舎裏にふたりの男女。告白の定番シチュエーションじゃないですか。まさに青春情事ってやつ?」


 未だにラヴレタァーだと勘違いしているようで、麗美は顔を両手で覆っていやんいやんと首を振っている。


「――極堂虎徹」


「ん?」


 差出人の名前を伝えてやると、麗美はしばらくフリーズしてから悲鳴に似た声をあげた。


「ご、ご、ご、極堂虎徹って、昨日の3人組が言っていたこの学校の番長っ!?」


「ああ、そうだ」


 麗美もことの重大さに気づいたようだ。おそらく極堂は、おれが子分を痛めつけたことを知り、こうして果たし状を送ってきたのだろう。


「麗美。このことは小春には絶対に伝えるなよ」


「うん。それはいいんだけどさ……」


 麗美はゴクリと生唾を飲み込む。


「まさか番長から告白されるなんて驚きだね……」


 うん、麗美はアホの子。これ間違いない。

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