男の娘


「ほ、本当にありがとうございます……」


 真新しい白いTシャツにチェックのスカートをはいた小春は、屋敷のリビングに入ると恥ずかしそうにお礼を言葉を口にする。

 というのも、小春は電車通学をしているとのことで、さすがにおれのだぼだぼ服で帰すのはかわいそうだということになり、近場の店で洋服を適当に見繕って買ってやり、屋敷で着替えさせたのだ。


「ああ、気にしなくっていいって。なんか嫌味な言い方になっちゃうかもしれないが、おれんち金持ちだから、こんくらい安いもんさ。ま、とりあえずかけなよ」


 おれ自身も腰掛けながら向かいのソファーを指さす。ちなみに麗美はにっこにこの笑顔でおれの隣に浮遊し、婆さんは小春を興味深げに見つめながら勝手に屋敷に持ち込んだ安楽椅子に腰掛けている。


「は、はあ……」


 ハーレム男に幽霊娘にババアという異色の組み合わせに戸惑っているのか、小春は曖昧にうなずきつつおれの斜め向かいの席につく。


「そ、それで、その、は、ハーレムっていうのにぼくが入っても構わないんですか?」


「入っても構わないっていうか、小春はハーレムと聞いて抵抗とかないのか?」


 小春の乗り気の姿勢におれは驚きを隠せなかった。ハーレムと聞いたら大抵の女の子は嫌悪感を露わにするので、こうもすんなり受け入れられることなんてなかったからな。


「え、あの、いや、なんというか、千影先輩には助けていただいたわけですし……」


「そうか……。でも、おれが小春を助けたとかそんなことは考えなくていいんだぞ。お前自身がハーレムなんて嫌だと思ったら断ってくれて全然構わない」


「ちょっ、ちょっと光一くん! せっかく加入してくれるって言ってるのに、なんで断る方向で話を進めようとしているの!?」


 麗美があわてた様子で口を挟んだ。


「いや、おれが断るっていうことはしないっての。婆さんを見ればわかるだろ、おれは基本的に来るもの拒まずなスタイルだって。ただ、おれはおれのことが好きだっていう子にハーレムを理解したうえで入ってほしいんだ。助けてもらったから仕方なくとか――」


「い、いえ! 助けてもらったからというのは、も、もちろんですが、ぼくは、千影先輩のことを、す、す、す、す、好きになってしまったので、このハーレムに入りたいと思ったんです」


 小春の顔は真っ赤になっている。そんな姿を見ていると、なんだか告白を受けたこっちまでも恥ずかしくなってしまう。


「ふぉっふぉっふぉ。小春はうぶでかわいらしいのぉ。100000年生きてきたが、これほどまでに純真な子は初めて見たわい」


「100000年って閣下か!? 悪魔なのに昼の情報番組のコメンテーターとかやっちゃうのか!?」


 婆さんに恒例のツッコみをしつつ、小春に視線を戻す。


「ま、ハーレムを理解してくれるってなら大歓迎さ。よろしくな小春!」


「は、はい。でもでも、ほ、本当にぼくなんかが入っちゃっても……」


「いいに決まってるじゃん! 光一くん自身が『来るもの拒まず』って言ってるんだからさっ! これからよろしくね、小春ちゃん!」


 麗美の言うとおりだ。ていうか、幽霊少女に天女ババァと加入してきているんだ。今後どういう人間が来たっておれが断るわけないだろう。


「あ、あの、でも……」


 しかし、残念ハーレムの呪いをかけられたはずだが、小春に他人と変わったところなんて見あたらないな。体が透けて空中を浮遊してるわけでもなく、100000年ギャグを連発するわけでもない。多少言葉がどもる癖があるようだが、そんなの気にするもんでもなんでもないしな。


「ぼ、ぼく、男なんですけど! ……それでも、だ、大丈夫なんですか?」


「……え?」


 おれは驚きのあまり聞き返す。麗美も婆さんも予想外のカミングアウトに目を白黒させている。


「え、でも、小春って名前……?」


「あ、あれは苗字なんです。ほ、本名は……こ、小春猛夫たけおっていいます」


「猛夫……」


 目の前の少女(♂)のものとは思えないほど勇ましい名前だ。


「や、やっぱりダメですよね。ぼくなんかがハーレムに入っちゃ迷惑ですよね。す、すいませんでした」


 おれは戸惑っていた。

 おれとしてはハーレムの定義はひとりの男に対し、複数の女が一緒に暮らし生活をするというもの。小春はいわゆる男の娘というものに分類されるのだろう。ということはこの定義からはずれるということになるのか? いや、でも外見は完全に女の子だし……。


「ほ、ホントすいません。ぼく帰りますね……」


 居たたまれなくなったのだろう。小春がサッと席を立つ。


「ちょい、待て」


 考えはまとまっていなかった。それでもおれは自然と小春の手をつかんで引き止めていた。


 男のものとは思えないほどか細い小春の手が震えているのがわかった。

 当然だ。自分のありのままをさらけだすってことは相当勇気がいることなのだから。


 おれだってそうだ。今でこそ開き直って「ハーレムを作る!」と公言しちゃいるが、最初は口にするのも恥ずかしかった。おれは人と違う考え方を持っていて、それは他人からしたら気持ち悪いと感じてしまうものなんだと、自分の考えや欲求を恥じていた。

 きっといまの小春もそうなんだろう。自分の格好や趣向を恥じている。もしかしたら、言葉のどもりもその自信のなさからきているのかもしれない。


 それなのに。それなのに、だ。小春は自分の性別をカミングアウトしてくれた。おそらく、黙っていればすんなりとハーレムに入れたはずなのに、わざわざおれに本当のことを教えてくれたんだ。それはおれを信頼してくれた証拠、おれを好きだって言ってくれたことに嘘偽りがないという証拠じゃないか。


 だったらおれの答えなんかひとつしかない。


「小春。改めて歓迎するぞ、おれのハーレムにな」


 おれがそう言った途端、周りがわっと沸く。


「さっすが光一くん! そう言ってくれると思ってた!」


「うむうむ。さすがにこの天女を射止めただけのことはあるの。あっぱれな男気じゃ!」


 そして、当の小春は静かに涙を流していた。きっと自分の存在を認められたことが嬉しいのだろう。

 なんだか、初めて麗美がハーレムに入ってくれた日のことを思い出す。あの時のおれも自分の考えを初めて認めてくれる子が現れて胸が弾んだものだ。


 幽霊娘に天女婆、そして緊張しいの男の娘。異色のハーレムではあるが、おれはこのハーレムを作ってよかったと心から思っていた。

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