三人目
婆さんがおれのハーレムに加入して数日経った。
その間、当たり前だが学校があった。そして、これまた当たり前だが婆さんを麗美みたいに学校に連れて行くわけには行かない。つまり、おれは出会って幾日も経っていない婆さんを自分の屋敷に残して出かけていたわけだ。
ふつうならそんなことはできないだろう。でも、ハーレムに入ったということはお互いに絶対の信頼をすることだとおれは思っている。だからこそ、おれは婆さんだけを屋敷に残すことになんの抵抗もなかった。
そして、今日もおれはいつも通り学校へと足を運び、テキトーに授業を受けていた。
「しっかしさぁ」
本日すべての授業が終わり、帰りのHRをしている最中、隣で浮遊している麗美がおれに声をかけてきた。
「何日かこうして一緒に学校通ってて思ったんだけど、光一くんって友達いないの?」
さすがにこの時間に声を出して答えるわけにいかないので、おれはノートに返事を書く。
――うっせぇ。ちょい前まではふつうに友達もいたし、女の子だって気軽におれに話しかけてくれてたんだよ。でも、ある授業で将来の夢――つまりハーレムのことを熱弁したことを機にみんなおれを避けるようになっちまたんだ。
「うわぁ……」
――だから、何度も言っているけど、ハーレム第一号のはずのお前がどん引きするなっての!
「……ま、友達がいなくなっちゃったのはしょうがないにしても、だからって休み時間に寝たふりするのはやめたほうがいいと思うよ。見ていて悲しくなる」
――おれを見て勝手に悲しくなんなよ! そもそも寝たふりじゃないからな! 本当に眠かったんだよ! この窓際の席だと日差しが暖かくて眠くなっちまうんだって。そもそもお前だって知ってるだろ? 昨日は婆さんの話に付き合ってやって、寝たのは結局夜中の3時過ぎだぞ!
「まあ、確かにキラお婆ちゃんは昔話が始まるとすっごく長くなるからね……」
――だろ? ていうか、昔話じゃなくって与太話な。婆さんの話に出てくる登場人物も孫悟空やら桃太郎やらで、実際の人物名なんか出てきたことないし、そもそも自分自身が天女なんて妄言吐いてんだからな。
「でもさぁ、キラお婆ちゃんって案外ホントに天女だったりするんじゃない?」
――なんだよ? 麗美まで感化されちゃったのか?
「いやぁ、そういうわけじゃないけど……。でも、キラお婆ちゃんの怪我が短時間で治っていたのは事実じゃん?」
――あれはきっと思っていた以上に怪我が浅かっただけだろ。
「そうかなぁ……」
麗美は納得がいかないようで口をへの字に曲げている。
――ま、なんにしろ、次にハーレムに入ってくれる子は天女とか言いださなければいいな。
「いやぁ、残念ハーレムだからそんなに期待はしないほうがいいよ。……てか、光一くんはいつまで教室いるの? とっくに帰りのHR終わってるよ」
「え!?」
おれは思わず声をあげて周りを確認する。
教室にはおれ達以外だれもいなかった。
「なんだよ、HR終わってるの気づいていたんなら先に言ってくれよ」
おれは麗美に文句をつけながらも、帰る準備に取りかかる。
と、なんの気なしに外を見やると、見過ごせない光景が目に入った。
この教室の窓からは校舎の裏手が見下ろせるようになっているのだが、そこにひとりの女子生徒を囲むように数人の男子生徒が立ちはだかり、あろうことか無理矢理服を脱がせようとしていたのだ。
「なにやってんだあいつら! 麗美、あの子を助けに行くぞ!」
「う、うん!」
おれ達はすぐさま教室を後にすると急いで現場まで向った。
乱暴されていたのは小柄で線の細いショートカット女の子だった。全体的に幼い容姿で小学生と言われても信じてしまいそうな顔立ちだ。
女の子は男のひとりに羽交い締めにされており、ブレザーはすでに脱がされ、Yシャツのボタンも引きちぎられてつるぺたな胸元が露わになっていた。
「いやっ…… や、やめてください……」
女の子は涙ながら必死で抵抗しているようだが、複数の男たち相手ではなんの効果もないようだ。
これは許す許さないとかの次元の話じゃない。犯罪行為じゃないか!
おれは怒りに身を任せ男子生徒達を怒鳴りつけていた。
「なぁにやってんだ、お前ら!」
「あ? なんだよ? これは保健体育の自習なんだよ。関係ない奴はすっこんでろよ!」
男子生徒のひとりがおれを睨みつける。見るからにヤンキーしてますっていう感じの金髪野郎だ。
「お前、俺らがだれだかわかってんのか?」
そう言いながら女の子を羽交い締めにしていたドレッドヘアの鼻ピアスがおれに詰め寄る。
「俺らはあの
「極堂虎徹……」
たしかこの学校の番長である上級生の名前だ。百戦錬磨の豪傑で、この界隈の不良共を一手に仕切っているという話を聞いたことがある。
だがそんなことは関係ない。番長だろうが組長だろうが、あからさまに自分より弱い相手を、しかも複数人で襲うなんて性根が腐ってるとしか思えなかった。
おれの怒りは頂点に達していた。こいつらは絶対に許せない!
「デュフフフ、この学校の番長でもある極堂さんの名前を聞いて怖じ気付いちゃったのかなぁ? しかも拙者達は狂犬トリオとしてこの辺じゃ名を馳せてるでござるよ」
襲っていた男子生徒の最後のひとりは、小太りで、メガネをかけ、長髪で、額にはバンダナを巻いている一昔前のオタクのテンプレみたいな奴だった。なんとなく場違いな気もしたが一緒になって女の子を襲っていたのだから容赦する必要はないだろう。
とはいえ3対1。うまく立ち回らなければあっという間に負けてしまう。
おれは思考を巡らせてから、一番近くにいたドレッドヘアを指さしながらこう言った。
「あのさぁ、番長だとかその子分だとか、そんなことどうでもいいけど、お前、なんで頭の上にそんな大量の陰毛のっけてんの?」
「なっ!? てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!」
よし! 挑発にのってきた。とりあえずこれで1対1の構図になる。
「しかも鼻に銀色の鼻くそついてんぞ」
「ぶっ殺す!」
おれの度重なる挑発にドレッドヘアは怒りをむき出しにし、大きく振りかぶって殴りかかってきた。
それに対しおれは脇を締め素早くファイティングポーズを構えると、右ストレートを打ち抜いた。
「がふっ!」
見事にカウンターで決まり、ドレッドヘアは後ろにぐるんと豪快に倒れる。
どうだ! おれは女の子にモテるために日頃から体は鍛えているんだ。狂犬だかなんだか知らんが、ちんけな不良とタイマンで負けたりはしないはず。
「この野郎!」
ドレッドヘアが倒れるとともに今度は金髪野郎がおれに向かって突進してきた。その後ろにはオタク風も続いている。
まずい。2対1の状況。タックルを決められ倒された瞬間、おれの負けが決定するようなものだ。
だが、腹へと突っ込んできた金髪野郎のタックルは思った以上に腰がはいっておらず、おれはなんとかその場で踏みとどまることができた。そして、その状態のまま、おれは右膝を金髪野郎の顔面にぶち込んだ。
「ごっぱぁ」
奇妙な声を漏らしながら金髪野郎は崩れ落ちた。
よし! 後はあのオタク風の奴だけだ! これなら勝てる!
だが、オタク風は拳を振り上げすぐ目の前まで迫っていた。しかも、こちらはノビてる金髪野郎が足にまとわりついておりまともに動けない。
万事休す、か。
そう思った瞬間、オタク風の顔面にどこからともなく飛んできた空き缶が直撃し「ぶひぃ」という声とともにオタク風はひっくり返った。
「光一くん、大丈夫!?」
麗美が心配そうにおれの元へと駆け寄る。
「ああ、麗美がポルターガイストで助けてくれたから、なんとかな」
「よかったぁ」
麗美は安心した表情で涙で濡れた目をこする。
「もうっ、無茶ばっかりしないでよね!」
「悪い悪い。でも、あの子をほっとけないだろ?」
そう言うと、おれは片隅で身を縮めてる女の子に近づく。
怖かったのだろう。女の子の体はカタカタと小刻みに震えていた。
「怪我はないか?」
「……は、はい」
「そっか、でも服がぼろぼろだよな……」
羽織っているYシャツのボタンは全部ちぎれてしまっていたし、地面に落ちているブレザーは狂犬達に踏まれて汚れてしまっている。
「しょうがねぇか」
おれは自分のYシャツとブレザーを脱ぐと女の子に差し出す。
「ほら、とりあえずこれ着な。まあ、多少臭うかもしれないがそれは勘弁な」
「え? で、でも……」
上半身裸になったおれに戸惑いを隠せない様子の女の子。
「あー、いいんだって! おれの家は学校から近いし。いや、逆にお前が嫌だっていうんなら無理に着なくてもいいんだが」
「い、いえ! 嫌だなんて、そ、そんな……」
女の子は納得してくれたようで、おれの服を受け取る。そして、物陰のほうで着替えてもらった。
「ほ、本当になにからなにまでありがとうございます」
着替え終わった女の子は改めてお礼の言葉を述べる。
体格が全然違うからYシャツもブレザーもぶかぶかだった。――だが、それがいい! ただ、襲われた直後の女の子をそんな目で見ることに罪悪感を覚えたおれは、努めて冷静な口調で尋ねる。
「お前、名前は?」
「……あ、あの、ぼく、こ、
おお、ぼくっ子。これは高ポイントだ。ただ、未だに緊張しているようで頬が赤い。まあ、あんなことがあった直後なんだ、それも当然か。
「おれは2年の千影光一。お前はえっと1年生でいいのか?」
おれは言葉遣いが丁寧なほうではないから、威圧しないようにと、なるべく優しく問いかける。
「は、はい」
「とりあえず、またこいつらにちょっかい出されたらすぐにおれに言えよ。ぶっ飛ばしてやるからさ」
「あ、ありがとうございます。……そ、その、ところで、後ろの方は……?」
小春はおずおずとおれの後方に浮遊している麗美を指さして尋ねる。
「え、もしかして、お前、こいつのこと見えるのか!?」
「え、あ、はい……」
どぎまぎした様子だったが小春は肯定した。
ていうことは、つまり!
おれは確認をとるように麗美の方を見やる。
すると、麗美は嬉しそうな表情でこう言った。
「うん! ハーレムの3人目を発見だよ!」
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