おバカ?
「歓迎会はいいんじゃが……、これはなんじゃ?」
婆さんは戸惑った表情を浮かべて目の前の物体を見つめている。
それもそのはず、婆さんの前のテーブルに置かれてるのは例の暗黒半球体、しかもその数は今朝の比ではない。ひとめ見た限りでは晩餐風景というより、異世界の怪物が攻めてきたようにすら見える。
「炊き込みご飯に金目鯛の煮付け、きんぴらごぼうに筑前煮。キラお婆ちゃんが好きだって言っていた和食でまとめてみましたー!」
「和食……!?」
婆さんは目をぱちくりさせている。
わかる! わかるぞ、婆さん! こんなものを見せられて冷静でいられるほうが無理ってもんだよな。
「婆さん、驚くのはわかるがまあ食ってみろって」
「いや、しかし、これは……」
「さ、キラお婆ちゃん、どうぞ召し上がれ!」
「うっ……」
麗美の子犬のような期待の眼差しを受け、婆さんは断るに断れなくなってしまったようだ。仕方なしといった様子で、おそるおそる一番近くにある暗黒半球体に箸をのばした。
――パキッ、ボリボリ。
口の中に入ると、まるで煎餅でも食っているかのような租借音がこちらまで聞こえてくる。婆さんは苦虫を噛み潰したような顔で顎を上下させていたが、すぐに驚きの表情へと一変した。
「な、なんと。これはすごい美味ではないか!」
「ホント!? よかったぁ」
「ああ、ひと噛みした瞬間は食えたもんではないと思ったが、噛めば噛むほど濃厚なエキスが口の中で弾け、どんどん味わいが深くなっていく、まるで深海遺跡のような料理じゃの!」
「いやだなぁ。キラお婆ちゃん、誉めすぎだって。それ、ただの炊き込みご飯だよー」
「た、炊き込みご飯……」
「婆さん、笑顔がひきつってんぞ」
「いや、まあ、炊き込みご飯かはわからんが、こんな美味いモンは100000年生きてきて初めてかもしれんな」
100000年って……また言ってやがる。だがもうツッコまないぞ! ツッコんでやるもんか!
「100000万年って、あんたは閣下か!? 白塗りのメイクでもすんのか!? 我が輩とか言っちゃうのか!?」
あー、やっぱダメだ。こんなあからさまなボケされちゃ、ツッコミ体質でなくてもツッコんじゃうっての。
「まったく。光一は未だにわしのことを疑っておるのか?」
「いやだって100000年だぜ!? そんなん地球もまだない時代に生まれてたってことだろ!? そんなのありえないじゃんか」
「いや光一くん、100000年前なら余裕で地球はあるから」
「……え?」
あ、地球さんって意外と長生きなんですね。いや、うん。知ってたよ、もちろん。
「光一はもしかして、おバカな子なのかの?」
「ち、ちげーよ! いまのはちょっと、婆さんがアホなこと言うから間違えちゃっただけだっての!」
「大丈夫だよ、光一くん。おバカでも生きてはいけるから……」
「やめて! そんな憐れんだ目でおれを見ないで!」
おれは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
「と、とにかく! 100000歳なんて話、信じられるわけないだろ!」
「うーむ、どうしたら信じてもらえるのじゃ?」
「なんか証拠ないのかよ?」
「証拠と言われても、わしは着の身着のまま生きてきたかからのー」
「なんでもいいんだよ。ほら、100000年も生きていたなら、恐竜のひとつやふたつ見たことあるんだろ? その卵とかさ、そういうの保管してないのかよ」
「いや光一くん、とても言いにくいのだけど、100000年前には恐竜はとっくに絶滅してるよ」
「……え?」
あ、恐竜さんって意外と早死にしてたんですね。いや、うん。知ってたよ、もちろん。
「光一はもしかしなくても、おバカな子じゃな」
仮定から確定に変わった!?
「大丈夫だよ、光一くん。おバカでも臓器とか売れば、なんとか生きてはいけるから……」
それ、もう大丈夫じゃねーよ!
脳内ではツッコミを返すものの、自分でもさすがにこれはヤバいと思ったおれは「もうちょっと勉強頑張ります……」とつぶやくのであった。
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